「多様な働き方や役職定年などで休日が増えることもありますが、それが不安につながって浮気をする人もいます」と語るのは、探偵の山村佳子さん。横浜のリッツ探偵事務所の代表だ。
2025年4月から、60歳の定年をおいている企業にも、65歳まで雇用確保が義務付けされる。これは65歳までの定年延長ではなく、人生100年時代に、65歳まで働き続ける場を与えるというもので、若者に役職がきちんとまわるように「役職定年制」を置く企業もある。
その「役職定年制」で50代で役職を外れ、仕事がスローワークになっていくと、バリバリ仕事をしていた人が突然の変化に戸惑うこともあるかもしれない。
今回山村さんのところの相談に来た23歳の優生さん(仮名)は、忙しくしていた母が役職定年制で時間ができ、そこで浮気に走っているのではないかと調査の依頼に来た。
前編「「仲のいい家族」のはずが…23歳男性が見た、母が「見知らぬ男と手をつないだ」現場」で詳細を伝えたように、両親は56歳、両親は人気の私立大学の同級生で結婚27年になる。姉は26歳だ。
子どもが母親の調査依頼に来ることは浮気調査では多いことではない。しかも優生さんは就職浪人をしながらアルバイトをしているその給料で高額な調査を依頼してきたのだ。優生さんの希望を叶えることはできるのだろうか。
23歳の優生さんが、母の浮気調査を依頼するまでを振り返ります。優生さんは、母と男性が手をカップルつなぎしながら歩いているところを目撃した直後に、相談の電話をかけてきました。
優生さんは現在就職浪人中。新卒採用時に多くの内定を得ていましたが、ピッタリとハマる仕事がなく、現在はバーテンダー、資産運用、企業した友人の手伝いなどの仕事をして、月に30万円ほどの収入を得ている男性です。
優生さんは外資系のIT関連会社に勤務する母と同じ年の父、教育関連企業に勤務する姉もいる4人家族で、家族仲がいいことがアイデンティティの一部でもあります。一家は毎年家族旅行に行き、それぞれの誕生日を祝っているそう。都内近郊の持ち家に、家族4人で暮らしています。
母は通信関連会社に勤務していますが、異変があったのは、1年ほど前の55歳の役職定年時。週休3日になり、リモートで『たそがれ研修』を受けている頃から、母の生活が荒んでいることを感じていました。たそがれ研修は、企業が50代の従業員に向け「今後、あなたに与える仕事量を減らします。空いた時間で今後の人生を考えてください」という内容が多い。キャリアを積んでいた人からは「まさか自分もこの研修を受けることになるとは」と思う場合もあります。
母は仕事以外に趣味もないところに、休みの日が増えた。その結果、家で寝ながらスマホを見ている時間が増え、太っていきます。また母は片付けが苦手。潔癖な父は母に対し「散らかすな!」とキレ、「痩せたらどうか」と提案。母はそれからジム通いをスタート。半年かけて元の体型に戻った頃から、母の外出頻度が増えていきました。
そんな中、優生さんは母が男性と一緒にいる姿を見て、動画を撮影し、調査を依頼してきたのです。私は「あえて調査せず、静観したらどうか」と提案しましたが、「証拠をママに見せて、男と別れてもらいたい」と言い切りました。そこで調査することにしたのです。
優生さんは、母がどの程度、家を空けているのかを把握していないので、木・金・土の3日間を調査することにしました。男性の後ろ姿の動画を見ると、靴の手入れがされており、ダウンジャケットのツヤがあるので、おそらく妻帯者だと踏み、この日程にしたのです。
木曜日、自宅前で張っていると、朝7時に母が出てきました。ネイビーのニットとパンツにキャメルのコートを羽織って、足元は黒のスニーカーでとてもおしゃれです。A4サイズのナイロンのバッグは人気のハイブランド。バブル世代の女性は若々しいですが、特に華やかな雰囲気です。
都心にある巨大なオフィスビルに入り、18時に出てきました。おそらく、役職定年になり完全な内勤になったのでしょう。そのまま自宅がある駅に戻り、スーパーで買い物をして帰宅。全く動きはありませんでした。
金曜日も朝から張っていましたが、何も動きはありません。冷静に観察すると、優生さんの家は4人家族にしては大きい。後で分かったのですが、母の実家が一帯に土地を持っており、母の父から譲渡された物件でした。
優生さんは、経済的になんの不安も感じずに、高学歴で優良企業に勤務する両親に愛されてすくすくと育ってきた。だからこそ、大学を卒業しても就職浪人の道を選べたのだと感じました。都心までアクセスがいい実家に住んでいれば、生活費もかかりません。
そんなことを考えていると、12時に母が出てきました。キャメルのコートのインナーは、サーモンピンクのニットワンピースです。スラリと細い足に、ロングブーツが似合っています。これはデートではないかなと感じさせます。
最寄り駅まで歩いていくと、ガッチリした体型のごま塩頭の男性が待っていました。動画の男性でしょう。メガネをかけ、ヒゲを生やした優しそうな表情です。男性は母を好きでたまらないというように、すぐに手を取っていました。母もとても嬉しそうな笑顔です。
2人は都心に向かう電車に乗り、有楽町で下車して銀座まで歩いてあるギャラリーに入っていきます。女性アーティストと母は昔から友達と言った様子で、笑顔でハグしていました。男性をアーティストに紹介し、2人で作品をじっくり見ていました。
1時間ほど滞在した後は、デパートの食品売り場でチーズと生ハムを購入。そして再び地元駅に帰り、母と男性は自宅とは反対側の出口へ。駅から10分程度歩く最新型のマンションに入っていきました。どの部屋だろうと外観を見ていると、3階のベランダに母が出てきて、カーペットのようなものを干していました。おそらく、何かをこぼしたのでしょう。このカーペットは20時に男性が取り込みます。
2人で手を繋ぎながらでてきたのは、22時でした。男性は母を駅まで送り、名残惜しそうに別れます。男性はそのまま私鉄の駅に向かって、そこから20分乗った駅で下車し、広く豪華な1戸建てに入っていきました。
以上を優生さんに報告すると「だー!!!こんな姿は見たくなかった」と泣いていました。そして、「この男に別れるように言ってやる!!」と言っていましたが、「まずはお母様とお話しください」とアドバイスしたのです。最初こそ、感情が乱れていましたが、話すうちに落ち着いてきて、「そうですよね。物事には原因がありますよね」と話しながら、お帰りになりました。
それから1週間後、「ママと話しました。ママは“優生が独立したら離婚しようと思っていたんだけど、今はどうすればいいか迷っている”と話してくれました。姉ちゃんは、ママの浮気を知っていて、“優生を傷つけたくないから、黙っていた”と言ったのです」と泣きながら電話をしてきたのです。
「もともと両親の仲が悪くなったのは、僕が2年生とき、パパの海外赴任に家族で帯同したことがきっかけ。ママは仕事を1年休むことになり、このことが出世の道を閉ざしてしまい、そのことに対してパパは何も理解してくれなかったと話してくれました」
父は仕事に邁進してきました。年に1回の家族旅行や、それぞれの誕生日を祝うのは、「家族はこうあるべきだ」という考えがあるからのようです。母がキャリアを中断することへのつらさに寄り添うことはできていませんでした。
「僕は嬉しいと思って受け取っていたのですが、姉ちゃんは“こっちの都合を考えてくれないから、ウザかったよね”と。とはいえ、姉ちゃんはパパに留学したり友達との旅行代金を出してもらったりしていたんですよ」
経済力を保つこともとても大切ですし、父は片づけもしていますが、
愛憎はミルフィーユのように重なっていくもの。父は母に対しても、結婚記念日にレストランを予約し、ジュエリーをプレゼントするなどしていたそうですが、キャリアの断絶に対して気持ちに寄り添ってもらえなかったという不信感が
「多分、パパはママが浮気していることなど全然気づいていないと思います。もう、ぶっちゃけ、わかりません。ママは男とジムで出会い、マシーンの使い方をアドバイスしてもらったのだとか。付き合って3ヵ月だそうです。暇つぶしにデートするのに最高の相手だと話していました。あのマンションは、男が仕事部屋として購入した家だそうです」
男性は、60歳の元医師で、現在は複数のクリニックの経営に専念。結婚30年の妻と、2人の息子がおり、同年代の美しい女性と恋愛することを趣味にしているようです。
「なんかマジでキモい。あと、ママと姉ちゃんが結託しており、僕は何も知らないのが悲しかった。パパに“僕と姉ちゃんが家を出たらどうするの?”と聞いたら、“なんでそんなこと聞くんだ。それよりまともに働け”とめちゃくちゃ怒られました」
優生さんがモラトリアム期間に入っていることを、父は大反対しており、母はその防波堤になっていた。その不満も母を浮気に走らせる遠因になっていたようです。
結局、優生さんは、父に話さないことにしました。それは姉が「ママだって久しぶりの恋愛にウキウキしているだけ。すぐに終わるよ」と言ったから。
その後、母は息子・優生さんに浮気を目撃されたことで、気持ちが冷めたのか男性と別れた様子だとか。そして、週休3日の余った時間を利用して、銀座のギャラリーの女性アーティストや、フリーランスのプロダクトデザイナーとしてキャリアがある友人のマネジメント業を始めたのだとか。そんな母の姿を見て、優生さんも、本腰を入れて働かなくてはと就職活動を始めました。
優生さんの両親は、離婚せずに何事もなかったように夫婦に戻っていくようです。優生さんも姉も、いつまでも実家で甘えていることが、親の心配の種や不安の元となっていることに気づき、家を出るための計画を立て始めたのだそうです。
今回の調査で、ワークライフバランスの重要性を感じました。多くの企業では、社員を40代ごろまでの数十年間、仕事に専念させます。転勤や海外赴任など会社優先の人生を歩ませているともいえます。そのことが、家族の歪みとなったり、定年後に「何をすればいいかわからない」という人を生み出すこともあると感じました。60歳、65歳は今はリタイアの年齢とはいえません。もちろん働き方は人それぞれですが、まだバリバリやりたいと思える気力も体力も能力もある人が働ける環境は日本にとっても働く人にとってもとても大切です。
優生さんの母は、週休3日なり、時間ができたことが当初受け入れられず、その心の隙間を埋めるように浮気したようです。しかし現実を見て、今後のキャリアを見直すきっかけができ、新しい人生を送る決断ができました。優生さんもそんな母を見て、長い人生をどう生きればいいか、学んだところがあったのではないでしょうか。
調査料金は30万円(経費別)です。
「仲のいい家族」のはずが…23歳男性が見た、母が「見知らぬ男と手をつないだ」現場