治安が悪い風俗街の病院で研修医時代を過ごした現役医師の筆者は、これまで衝撃的な光景を何度も目撃してきた。
生まれて初めて出会った風俗嬢患者のことはいまでも鮮明に覚えているという。前回記事〈「風俗街の病院」新人女医が絶句…顔面麻痺に苦しむ37歳風俗嬢が「梅毒」を隠し続けていた「悲しいワケ」〉に引き続き、梅毒の治療費が払えないほどの貧困に喘ぐ「最下層の風俗嬢」のリアルを伝える。
治療費が払えないことについて相談希望があったことと、今後適切な治療と休養が行えない場合に周囲への被害が甚大になることから、このケースは院内の医療ソーシャルワーカーに繋ぎ詳しい事情を聞くことになった。
彼女には住所がなく、身寄りもいない。カルテに記入されているのは店の住所だった。経済的に困窮しており、家もないため、勤務先の風俗店に事情を話して一時的に「住まわせてもらっている」らしい。
一日のほとんどの時間を待機時間として泊まり込み、給料から天引きで光熱費などを支払う。それでも、自分で賃貸を借りるよりは安く済む。
風俗という高給の職業に就いていながら、なぜそんなことが起こるのだろう。よほど浪費しているのか、借金でもあるのだろうか。
どうにも釈然とせず首を傾げながら、病院からの帰り道に興味本位で、彼女の勤務先と思われる風俗店を検索した。
デカデカとカラフルな文字で「激安」が強調されたド派手なトップページのデザイン。「なんと×分で××円!」「キャンペーン割引実施中!」などの文言とともに、顔には一部モザイク、体は下着姿で胸を寄せた風俗嬢の写真がずらりと並んでいる。
「激安」の文字の下でしなを作る女性たちの姿は残酷としか思えなかった。
「料金システム」にある「オプション」をクリックしてみると、今度は過激なサービスを示すおぞましい文字列がずらりと並んだ。考えるだけで痛い、汚い、グロい。こんなことをして一体いくら貰えているのか。
女性向けの求人ページに飛んでみて、目を疑った。
60分で4000円。これがこの店の最低保証の手取り額だった。
知らない男性を次から次へと相手にして、心身を擦り減らし、さらに病気をもらう可能性もある。対価があまりに見合っていない。あのキツいオプションをつけても、2000円や3000円プラスになるだけだ。
しかも、風俗は歩合制で、待機していてもお客さんがつかなかった場合は0円になる。移動や待機の時間を考えると、時給は3000円台になるのではないか。
下手をすれば、“先生”と呼ばれて丁重にもてなされる、医学生の家庭教師の時給より低い。
なんとなく「体を売れば誰でも大金を稼げる」と思い込んでいたが、想像と比べものにならないほどシビアな現実がそこにはあった。
体を売ることは女性の最終手段ではなかったのか。
後日設けられた医療ソーシャルワーカーとの面談で、彼女は自分のことを少しずつ話し始めた。
彼女は20代から風俗店でしか働いたことがなく、若いうちは特に生活に不自由してはいなかった。だが、知らない男性に体を売る仕事は精神を擦り減らし、30代に差し掛かる頃に精神疾患を発症してしまう。
精神科の薬を飲み始め、その副作用で20kg太ってしまった。ストレスによる顔面麻痺の症状もその頃に出始めたという。
それまで一番の武器だった容姿が大きく変わってしまった彼女を指名する客は次第に減っていった。やがて出勤しても全く稼げずに帰ることが多くなり、彼女は退店を余儀なくされた。
「でも、昼の仕事はムリで」
彼女は苦笑いしながら、無意味に自分の爪の先を眺めた。
「高卒で、風俗しかやったことなくて。病気だし、どこも働けるところなんてないです」
学歴も職歴もなく30代になった人間に、世間は冷たかった。
結局受かったのは、「容姿・年齢は関係ありません!採用率99%♪」「体型に自信がなくてもOK!ぽっちゃりさん歓迎◎」を謳う、言葉を選ばずに言ってしまえば「誰でも働ける風俗店」だった。
激安店で、しかも売れていない風俗嬢となれば手取りは雀の涙だろう。
「稼ぎはコンビニに行ったり、ネカフェでシャワー浴びたりで全部消えてます。貯金なんて1円もできない。もう1年近くこの店にいるけど、一生このまま暮らすしか生きる道がないかも。出勤できなくなって、しかも治療費とかあったら、マイナスになる。住所がないから借金の審査も通らないし」
実際に審査に落ちた経験があるといった口ぶりだ。風俗店に居候で、「一生このまま暮らす」ことなど不可能なのは誰の目にも明らかなのだが、この状況では、考える余裕もないのだろう。先延ばしにしてズルズル暮らすしかないと投げやりになってしまっても無理はなかった。
困り果てた沈黙が面談室を支配した。どうしようもない。彼女は「詰んで」いた。
障害年金や生活保護を申請しても通るか分からない。運が良くても受給できるのは数ヵ月後だ。目先の明日が食うや食わずの彼女には何の救いにもならない。
「でもね、梅毒を治療しないまま風俗店で働くのはダメですから。お客さんにうつしちゃうでしょう。仕事は休んでもらわないと」
「だから、休んだら暮らしていけないから…」
「梅毒だと分かっていて感染させるのはちょっと、犯罪なので」
解決策などないのだ。こうなると、お互いに自分の都合だけを主張する平行線だ。
犯罪なので、という強い言葉を聞いて、彼女の目にありありと失望が見て取れた。本当はここで相談するのも勇気がいっただろう。けれど、誰も救うことはできない。残念ながら、医療は万能ではない。
彼女は死んだ目で「お店と親戚に相談してみます」と言い残して、帰っていった。相談してどうにかなるならば最初からそうしているはずだ。建前なのは明らかだった。
おそらく、あのまま働く気なのだろう。治療する気があるのかも分からない。
手当たり次第に梅毒をうつす行為は重罪で、治療をしなければ本人の命も危険に晒される。だが、そんなことを考える余裕や正常な判断力を失ってしまうほど、彼女の生活は逼迫していた。
不景気で風俗に流れる女性が増え、相場が下がっている今の時代、風俗業は女性にとっての最後のセーフティネットとして機能していない。
これが、落ちる所まで落ちた「最下層の風俗嬢」の末路だ。
SNS等では大金を稼ぐ夜職の女性たちが、キラキラした生活をアップする。だが、一歩踏み外せばそこには深い闇が広がっている。
勝ち残れなかった彼女たちが流れ着く世界は地獄絵図だ。
それからは通勤中に風俗店の前を通るたびに、肌寒い気持ちになった。
彼女は今もどこかで、ボロボロの体を売り続けているのだろうか。
ありきたりな偽善かもしれない。それでも彼女が救われる道がどこかにあることを、切に願う。
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