【黒島 暁生】【池袋暴走事故】の被害者遺族・松永拓也さんを最も困惑させた周囲からの「悪意のない言葉」の中身

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2019年4月19日に起きた池袋暴走事故。アクセルとブレーキを踏み間違えた高齢ドライバーによる交通死傷事故で、計11名が被害に遭った。11名のうち、松永真菜さん(当時31歳)と長女の莉子ちゃん(当時3歳)が絶命したこの悲惨な事故は、センセーショナルに報じられた。また高齢ドライバーによる事故でもあり、高齢者による自動車運転免許返納の機運を高めたことでも知られる。
一瞬の出来事で妻子を奪われ、世間の注目を集めることになった遺族の松永拓也さんは、現在も再犯を減らすための講演活動を精力的に行う。一方で、顔の見えない相手から誹謗中傷の対象にされたり、殺害予告を受けるなど、精神的にすり減る経験も多くした。
事件から5年以上の歳月が流れ、現在は「関東交通犯罪遺族の会(通称:あいの会)」(https://i-nokai0708.com/)副代表理事を務める。誰もが知る事件の犯罪被害者として、望まない形で”有名人”にされた松永さんが今、”犯罪被害者像”に対して感じる違和感とジレンマについて聞いた。
事件直後、比較的早い時期に松永さんは被害者遺族として記者会見を行っている。だが当然、激しい葛藤があった。
「記者会見をしたのは、事件から5日後でした。葬儀が終わった直後です。ただ、この頃の記憶はところどころ抜けていたりします。とにかく衝撃的な出来事であり、受け入れがたい現実でもありました。けれども2人の亡骸が目の前にあったことから、現実を突きつけられ、耐えがたい感情になりました。
2人を亡くしてから、生命を絶とうとしたことがあります。屋上に登って、飛び降りることを試みたんです。しかし2人の生命を無駄にしないために自分に何ができるかを考えたとき、2度と類似の事件を産まないようにすることなのではないかと感じたんです。それで、世の中に対して発言をしようと思いました」
松永さんはこれまで、理不尽な事故によって大切な人の生命を奪われたことのやるせなさをメディアを通して伝えてきた。見ている人の感情を揺さぶる発言も多い。その意図についてこう話す。
「自分のなかにある悲しみや悔しさをあえて隠さずに伝えることによって、犯罪被害者が苦しんでいることを率直に伝えたいと思いました。そうすることで、交通規範を遵守する意識が高まれば加害者となる人が減ると考えたからです。加害者が減ることは、被害者が減ることでもあります」
突然世間にその顔を知られることとなった松永さんのもとには、さまざまな声が届く。多くの励ましの言葉のなかに、気持ちをどう処理するべきか悩ましいものもあるのだという。
「私が最も困惑してしまうのは、善意から出た言葉に傷ついたときです。たとえば、『早く前を向かないと、亡くなった人が浮かばれない』『以前の松永さんの明るさを取り戻してほしい』という趣旨の言葉です。発言をした人に悪意はなく、むしろ私を気遣って言ってくださっているだけに、心が重たくなりました。少なくとも私自身が一番、そのようにありたいと思っているはずなんです。けれども生きるか死ぬかの境界線上を歩いている私にとっては、周囲を安心させるように振る舞うのがとても難しいんです」
一生涯をかけても癒えないであろう傷を抱えた人に対してかける言葉に正解不正解はなく、松永さんでさえ「逆の立場なら私も難しいと思います」と頭を抱える。ただそんななかでも、救われた体験があったと松永さんは振り返る。
「私には小・中学校時代を通してずっと仲良くしている仲間が数名います。事件直後から、彼らが入れ代わり立ち代わり私の家に来てくれたんです。でも、何をいうわけでもない。ただ隣にいて、くつろいでいるだけです。たまに私が『苦しい』と胸の内を言うと、『そっか、苦しいよな』と返ってきます。散歩に行きたいと言えばみんなでゾロゾロついてきてくれます。途中、莉子がよく遊んでいた公園があって、そこは昔の思い出が蘇るので避けたいといえば『そうだよね』とみんなで方向転換する。
彼らが何か励ましの言葉をひねり出したとか、鼓舞しようと強い言葉で迫ってきた記憶はありません。ただ側にいて、ずっと見守ってくれたんですよね。私にはそれが、とても心地よかった。だから私は、寄り添うこと、傾聴することが大切なのだと考えています」
言葉は難しい。励まそうとした優しさがかえって傷口を広げることがある。その構造について、いま松永さんはこんなふうに考えている。
「善意で発していただいた言葉には心から感謝していますが、時には受け止めきれない場面もありました。『元気になってほしい』は『私は、あなたに元気になってほしい』という意味ですよね。発言者本人の希望を込めて言われると、場合によっては決めつけられているように感じてしまうかもしれません。そうではなく、傷ついている人のペースで回復することを待ってあげてほしいなと思います」
後編記事『【池袋暴走事故】殺害予告の女子中学生…被害者遺族・松永拓也さんが「被害届」を取り下げなかった「納得の理由」』へ続く。
【池袋暴走事故】殺害予告の女子中学生…被害者遺族・松永拓也さんが「被害届」を取り下げなかった「納得の理由」

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