国宝の茶碗「曜変天目」 ぬいぐるみにしてみた 5800円で注文殺到

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中国・南宋時代の茶碗(ちゃわん)で国宝の「曜変天目(ようへんてんもく)(稲葉天目)」を模したぬいぐるみが話題を呼んでいる。東京・丸の内の静嘉堂(せいかどう)文庫美術館のミュージアムショップで販売されているが、10月の発売直後から注文が殺到し、現在は予約停止中だ。なぜ国宝の茶碗をぬいぐるみにしようという発想が生まれたのだろうか。
【写真】本物の「曜変天目」 ぬいぐるみと見比べてみる貴重過ぎて使えない名品 東洋古美術を中心に約6500件を収蔵する静嘉堂文庫美術館。三菱財閥の2代目総帥の岩崎弥之助と4代目の小弥太父子ら岩崎家のコレクションを基礎としており、その中でも曜変天目(稲葉天目)は人気が高い。

曜変天目とは、南宋時代(12~13世紀)に中国で作られた黒釉(こくゆう)茶碗で、焼成時の釉薬の変化で大小の斑紋が現れているのが特徴だ。完全な形で現存するのは、世界で三つしかないとされ、いずれも日本(静嘉堂文庫美術館蔵、大徳寺龍光院蔵、藤田美術館蔵)にあり、国宝に指定されている。 このうち稲葉天目は、高さ6・8センチ、口径12センチで、斑紋が大きく力強く、はっきりと現れている。元は徳川将軍家が所有し、徳川家光から家臣の稲葉家に贈られるなどして、1934年に岩崎小弥太が入手した。小弥太は「私ごときが使うべきでない」として、一度も茶碗として使うことはなかったという。国宝茶碗を手に取る疑似体験 「ほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみ」は、展示室横にあるミュージアムショップで5800円で販売されている。 ショップには見本が置かれていて、実際に手に取ることができる。柔らかい布製のぬいぐるみで、曜変天目の特徴である茶碗内側の星が幻想的に輝くような斑紋も再現されていた。 このぬいぐるみを企画したのは、ミュージアムグッズのデザインや製造などを手がける株式会社East(東京都千代田区)。同社の開永一郎代表は「歴史上のそうそうたる方々が大切にしてきた。もし、どうぞ持ってみていいですよと勧められたら、どれだけうれしいだろう。それを疑似体験できるようなことを考えた」と語る。 陶芸で完全に似たようなものを作ることは難しい。一方で、実物と離れるほど「本当はどんなものなんだろう」と想像が膨らむはずだ。そこで、陶磁器とは正反対の柔らかい布で、ほぼ実寸の立体を作ることで、手にする喜びと本物を思う想像力、その両方が満たされると考えた。ぬいぐるみへの反応に驚き ぬいぐるみとはいえ、細かい造形にこだわった。器の外側の釉薬が垂れた部分は、ぬいぐるみにぼてっとした膨らみをつけることで再現した。内部の斑紋のプリントも工夫を重ねた。これまでポスターや図録など平面に印刷されたことはあったが、曲面に沿うように印刷された例はなかった。そこで稲葉天目を斜めから撮った写真を提供してもらい、複数の写真をつないだり、加工したりして、印刷用の画像を作った。 曜変天目の魅力の一つが、器をのぞき込んだときに見られる斑紋や光彩のきらめきだ。それを生かすために、印刷用の画像に不自然にならないぐらいの光の反射を残した。すると、ぬいぐるみにもかかわらず器の中に光沢感が生まれた。 本当は重さも再現したかったが、安全かつ大きさに影響しない重りを見つけるのが難しく、断念した。試作に数カ月を費やし、ようやく完成した。 試作品を披露した際、ある驚きがあったという。ぬいぐるみを手にした人たちが、まるで本物の茶碗を持つように、割れないように気をつけながら手で包むように持ってくれたという。 開代表は「自然にそうなることを見て、これはすごいなと感じた。制作を思いついたときは、みんながこうやって持つとは思わなかった。この反応が本当に全てだった」と振り返った。 日本国内で一つずつ手作りしており、在庫にも限りがあったので、事前の宣伝は控えていた。しかし、程なくしてSNS(ネット交流サービス)で話題となり、ぬいぐるみを紹介した投稿は数万件も拡散された。楽しめる美術館を目指して 静嘉堂文庫美術館にも、曜変天目のぬいぐるみにかける思いがあった。 安村敏信副館長は「静嘉堂文庫美術館をお土産で覚えてもらうとか、(ミュージアムグッズに)そんなニュアンスが必要じゃないかと考えていた。面白いと思っていたが、ここまでの反響は想像できなかった」と話す。 美術館は10月1日に東京都世田谷区岡本から千代田区丸の内の明治生命館に移転した。移転前は閑静な緑地にあり、どちらかといえば知る人ぞ知る美術館だった。美術ファンにとっても、正統派の東洋美術を扱う「お堅い美術館」というイメージが強いという。 そこで、都心のオフィス街への移転を機に、気軽に楽しめる美術館を目指そうと考えた。ミュージアムショップのグッズも親しみやすさをアピールするツールになると期待し、安村副館長もグッズの開発段階から関わった。 今後も企画展などに合わせて新しいグッズを制作し、従来とは別の視点で美術館の魅力を表現したいという。安村副館長は「ショップで面白いものを見つけてもらう。これも美術館にとって大事なことだと思う。グッズを新しい楽しみ方にしたい」と期待を込めた。 静嘉堂文庫美術館の開館記念展「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき―」は12月18日まで開かれている。ぬいぐるみは、記念展が終わる前に予約販売の再開を目指しているという。【辻本知大】
貴重過ぎて使えない名品
東洋古美術を中心に約6500件を収蔵する静嘉堂文庫美術館。三菱財閥の2代目総帥の岩崎弥之助と4代目の小弥太父子ら岩崎家のコレクションを基礎としており、その中でも曜変天目(稲葉天目)は人気が高い。
曜変天目とは、南宋時代(12~13世紀)に中国で作られた黒釉(こくゆう)茶碗で、焼成時の釉薬の変化で大小の斑紋が現れているのが特徴だ。完全な形で現存するのは、世界で三つしかないとされ、いずれも日本(静嘉堂文庫美術館蔵、大徳寺龍光院蔵、藤田美術館蔵)にあり、国宝に指定されている。
このうち稲葉天目は、高さ6・8センチ、口径12センチで、斑紋が大きく力強く、はっきりと現れている。元は徳川将軍家が所有し、徳川家光から家臣の稲葉家に贈られるなどして、1934年に岩崎小弥太が入手した。小弥太は「私ごときが使うべきでない」として、一度も茶碗として使うことはなかったという。
国宝茶碗を手に取る疑似体験
「ほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみ」は、展示室横にあるミュージアムショップで5800円で販売されている。
ショップには見本が置かれていて、実際に手に取ることができる。柔らかい布製のぬいぐるみで、曜変天目の特徴である茶碗内側の星が幻想的に輝くような斑紋も再現されていた。
このぬいぐるみを企画したのは、ミュージアムグッズのデザインや製造などを手がける株式会社East(東京都千代田区)。同社の開永一郎代表は「歴史上のそうそうたる方々が大切にしてきた。もし、どうぞ持ってみていいですよと勧められたら、どれだけうれしいだろう。それを疑似体験できるようなことを考えた」と語る。
陶芸で完全に似たようなものを作ることは難しい。一方で、実物と離れるほど「本当はどんなものなんだろう」と想像が膨らむはずだ。そこで、陶磁器とは正反対の柔らかい布で、ほぼ実寸の立体を作ることで、手にする喜びと本物を思う想像力、その両方が満たされると考えた。
ぬいぐるみへの反応に驚き
ぬいぐるみとはいえ、細かい造形にこだわった。器の外側の釉薬が垂れた部分は、ぬいぐるみにぼてっとした膨らみをつけることで再現した。内部の斑紋のプリントも工夫を重ねた。これまでポスターや図録など平面に印刷されたことはあったが、曲面に沿うように印刷された例はなかった。そこで稲葉天目を斜めから撮った写真を提供してもらい、複数の写真をつないだり、加工したりして、印刷用の画像を作った。
曜変天目の魅力の一つが、器をのぞき込んだときに見られる斑紋や光彩のきらめきだ。それを生かすために、印刷用の画像に不自然にならないぐらいの光の反射を残した。すると、ぬいぐるみにもかかわらず器の中に光沢感が生まれた。
本当は重さも再現したかったが、安全かつ大きさに影響しない重りを見つけるのが難しく、断念した。試作に数カ月を費やし、ようやく完成した。
試作品を披露した際、ある驚きがあったという。ぬいぐるみを手にした人たちが、まるで本物の茶碗を持つように、割れないように気をつけながら手で包むように持ってくれたという。
開代表は「自然にそうなることを見て、これはすごいなと感じた。制作を思いついたときは、みんながこうやって持つとは思わなかった。この反応が本当に全てだった」と振り返った。
日本国内で一つずつ手作りしており、在庫にも限りがあったので、事前の宣伝は控えていた。しかし、程なくしてSNS(ネット交流サービス)で話題となり、ぬいぐるみを紹介した投稿は数万件も拡散された。
楽しめる美術館を目指して
静嘉堂文庫美術館にも、曜変天目のぬいぐるみにかける思いがあった。
安村敏信副館長は「静嘉堂文庫美術館をお土産で覚えてもらうとか、(ミュージアムグッズに)そんなニュアンスが必要じゃないかと考えていた。面白いと思っていたが、ここまでの反響は想像できなかった」と話す。
美術館は10月1日に東京都世田谷区岡本から千代田区丸の内の明治生命館に移転した。移転前は閑静な緑地にあり、どちらかといえば知る人ぞ知る美術館だった。美術ファンにとっても、正統派の東洋美術を扱う「お堅い美術館」というイメージが強いという。
そこで、都心のオフィス街への移転を機に、気軽に楽しめる美術館を目指そうと考えた。ミュージアムショップのグッズも親しみやすさをアピールするツールになると期待し、安村副館長もグッズの開発段階から関わった。
今後も企画展などに合わせて新しいグッズを制作し、従来とは別の視点で美術館の魅力を表現したいという。安村副館長は「ショップで面白いものを見つけてもらう。これも美術館にとって大事なことだと思う。グッズを新しい楽しみ方にしたい」と期待を込めた。
静嘉堂文庫美術館の開館記念展「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき―」は12月18日まで開かれている。ぬいぐるみは、記念展が終わる前に予約販売の再開を目指しているという。【辻本知大】

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