メガバンクの一角である三菱UFJ銀行の貸金庫から女性管理職(40代)によって10億円以上もの金品が盗まれた事件が、世間の注目を集めている。
盗まれた金額の大きさもさることながら、犯行現場が銀行の貸金庫と言う「安全」を売りものにしていた場所で、しかも犯人が貸金庫の管理責任者だったことは大きな衝撃だった。
発表によると犯人は銀行が保管するスペアキーを無断で使用して貸金庫を開け、中から現金や貴金属などの金品を盗み出していたという。スペアキーは封筒に入れられており、利用者と担当者が割り印を押して封印して厳重に保管。定期的(頻度に関する報道はない)に第三者がチェックしているため、異変があれば発見できる仕組みになっていたという。
現状では、このハードルをどのように乗り越えたのかは、全くわかっていない。
犯人が貸金庫のセキュリティの盲点を熟知していたため、犯行が長年明るみに出なかったとも言われるが、果たしてそんなことはできるのか。
また、貸金庫の中に何が入っているかを知っているのは利用者だけで、銀行側は一切知らないという。だとすれば、犯人は支店内の貸金庫を片端から開けて、お宝を盗み出していたことになる。特定の属性の契約者を狙い撃ちしていれば別だが、そうでないとすると、かなりの回数、貸金庫室に出入りしていたはず。果たして、それでも誰も不審に思わなかったのか。
疑問は尽きないが、謎を解くことは容易ではない。貸金庫がどのようなものか、多くの人は知らないからだ。
そこで、本誌記者が、現場をレポートすると同時に事件の謎に迫ってみることにした。実際に記者が個人的に契約している貸金庫を訪れた。
記者が向かったのは首都圏にある中規模店。平日の午前中ということもあり、店舗内にお客の姿はまばらだ。店内を見渡すが、貸金庫の場所を示す表示は見当たらない。契約者以外にはわからないようにしているのだろう。
貸金庫の利用は銀行の営業時間と同じで朝九時から午後三時まで。会社勤めをしている人は休暇でも取らないとなかなか使えないだろう。頻繁に訪れる人がいないことが、長期にわたり事件が発覚しなかった理由の一つかもしれない。
貸金庫は建物の2階にある。2階には住宅ローンなどの個別相談をするため応接があるが、一般の客はほとんどいない。ラフな服装で2階に上がろうとすると「何か御用でしょうか」と行員に声をかけられたこともあった。本誌記者が貸金庫を借りているお客に見えなかったのかもしれないが、それほど普通の人には縁の無い場所なのだ。
階段を上がると、貸金庫室に入るための扉がある。扉には鍵がかかっており、契約時に渡されたカードキーを使ってロックを解除する。扉を通過しても金庫室に入るためにはもう一つ扉があり、ここではカードキーに加えて暗証番号を入力しなければならない。
以前、久しぶりに貸金庫に行った時、暗証番号を忘れて間違った暗証番号を押してしまった時はすぐにロックがかかり、銀行員が飛んできた。ランダムに番号を入力することは不可能ということだ。
二重の扉を越えて、金庫室に入る。貸金庫はマンションの郵便ボックスを頑丈にしたようなもので、これが上下左右にずらりと並んでいる。大きさも数種類あるが、ざっと300個以上はありそうだ。
それぞれの契約スペースには施錠された扉がある。専用スペースの扉を開けるための鍵穴もスライド式の蓋で覆われていた。それを開くには「メモリーキー」と呼ばれる特殊な装置が必要で、これを使えるようにするためには、再びカードキーと暗証番号を入力する必要がある。慣れないとかなり手間取りそうだが、防犯上は仕方ないだろう。
貸金庫室に入ると、七〇代くらいの高齢女性とすれ違った。会釈をすると「心配だから見に来たわよ。あなたもでしょ?」と声をかけてくる。
三菱UFJ銀行側は会見で、事件が起きた支店以外では同様の事案は確認されていないと言っていたが、銀行側がすべてを把握できているとも思えない。多くの貸金庫利用者が不安を感じているのは当然だろう。
記者もボックスを取り出し、中身を確認したが、異常は見当たらなかった。これでひとまずは安心だ。
このように厳重に施錠されているはずの貸金庫で、どのような手口なら他人の貸金庫から金品を気づかれずに持ち出すことができたのか。ここまでの調査を元に推理してみたい。全ての支店の貸金庫が同じ仕組みなかは不明だが、犯行の舞台の支店も同じ構造という前提で検証してみよう。
後編記事【いまだ犯人逮捕されず…実際に銀行の支店で検証した「三菱UFJ元行員が他人の貸金庫を勝手に開けた犯行の手口」】で犯行の手口をさらに詳細に検討する。
いまだ犯人逮捕されず…実際に銀行の支店で検証した「三菱UFJ元行員が他人の貸金庫を勝手に開けた犯行の手口」