“逆さミッキー”に見える!? ディズニー社が和菓子店ロゴマークに「不正の意図」とかみついた根拠

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あのマーク見たことある、あの名前知っている。企業が自社の商品やサービスを、他社のものと識別・区別するためのマークやネーミング。それらは「商標」と呼ばれ、特許庁に商標登録すれば、その保護にお墨付きをもらうことができる。
しかし、たとえ商標登録されていても、実は常に有効な権利とはなり得ない。そもそも商標登録には、いついかなる場面でもそのマークやネーミング自体を独占できる効果はない。
このように商標制度には誤解が多く、それを逆手にとって、過剰な権利主張をする者も後を絶たない。商標権の中には「エセ商標権」も紛れているケースがあり、それを知らないと理不尽なクレームをつけられても反撃できずに泣き寝入りするリスクがあるのだ。
「エセ商標権事件簿」(友利昴著)は、こうした商標にまつわる紛争の中でも、とくに”トンデモ”な事件を集めた一冊だ。
第2回では、老舗和菓子店にかみついたディズニー社による「逆さミッキーマウス事件」を取り上げる。(全8回)
※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ商標権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。
世界中に存在するディズニーファンだが、彼らには、丸が三つ並んでいるとなんでもミッキーマウスを連想してしまう傾向があるようだ。
これは、ディズニー社がミッキーマウスのシルエットを簡略化した丸を三つ重ねた図形(以下「ミッキー図形」)を、同社の提供するサービス、例えば東京ディズニーリゾートやディズニーチャンネルなどの関連事業のロゴマークや、公式グッズのデザインに長年使用してきた経緯や、ディズニーリゾートのパーク内装飾にミッキー図形を忍ばせ「隠れミッキー」と称してコアなファンを楽しませていることが背景にある。
実は筆者もその一人だが、大人になって仕事でウォルト・ディズニー・ジャパン社を訪れた際に、会議室のホワイトボードに丸いマグネットが三つ並んでいるのを見て、「これって……隠れミッキーですか!?」と思わず発言したくらい、ミッキー図形には敏感である。ちなみに社員の方からは「え、違いますが……」といなされた(いなさないでくれ)。
そんな筆者でさえ「それはあんまりなんじゃない?」と言いたくなるエセ商標権事件を、ディズニー社が起こしたことがある。同社は、近畿地方を中心に長く人気を誇る和菓子店・青木松風庵のロゴマークの商標登録(図1)に対して、ミッキー図形と「外観上極めて相紛らわしいもの」であり、「顧客吸引力にフリーライドする不正の意図が窺える」などと主張し、2021年に異議申立を提起したのだ。
確かに、ミッキー図形を逆さまにしたようにも見えるのだが、背景事情を考えると、このロゴマークの登録を青木松風庵から剥奪しようとはあんまりだ。
まず、同店は1984年に大阪で創業した和菓子店で、このマークは創業当初から使われている。84年といえば、千葉県に東京ディズニーランドが開園した翌年であり、今ほどディズニー人気も確立してはいなかった。このタイミングで、千葉や東京からは遠く離れた地で、キャラクターグッズやテーマパークとはまったく無関係の事業を展開している大阪の和菓子店が、ディズニーにフリーライドするメリットや必要性があったとは考えにくい。
しかも創業以来、実に37年間もこのマークを平穏に使い続け、地域からの信頼を積み重ねてきたのに、今になって「フリーライド」などと言われては困惑もひとしおだろう。
仮に百歩譲って、創業当初にミッキーマウスのシルエットが多少頭をよぎっていたとしても、それ以来、誠実な使用が続けられてきた今日においては、もはやミッキー図形とはまったく別のブランドとして、保護されるべき利益が宿っているというべきだろう。
それ以前に、そもそも両マークは類似しているといえるだろうか?これはミッキーというよりも、日本の伝統家紋のひとつ「州浜紋」(図2)である。
青木松風庵自身は、マークの由来を、奈良盆地に鎮座しその山頂を結ぶと三角形を描く大和三山(香具山・畝傍山・耳成山)をモチーフにしたと説明しているが、浜辺にできる洲を由来とし、和菓子の「州浜」「すあま」の語源にもなっているこの紋は、代々、大阪湾に面した町で和菓子店を営んできた青木松風庵にぴったりの紋である。デザインの源流には州浜紋があるのだろう。
『日本の家紋』(人物往来社)は、州浜紋について「家紋としての州浜は、文様や実物よりも、ふくらみを持ち、三つの円形を寄せ合わせたように見える」と説明する。まさしくミッキー図形の特徴を備えた家紋である。
州浜紋は、室町時代の軍記文学『太平記』に記載があることから、その成立は遅くとも14世紀であり、当たり前だがミッキーマウスの映画デビューである1928年よりも遥かに昔だ。
この点について、ディズニー社は「図形の向き(上下)が逆になっているという点は両者の構成上の共通性を凌駕するほど顕著な外観上の差異とはいえない」と矮小化している。
また、青木松風庵の商品を買った客のレビュー記事などを引用して、現実に「本件三ツ丸図形を『逆さミッキー』と称する等、本件三ツ丸図形を申立人のミッキーマウスと混同する事例が実際に発生している」と訴えている。
確かに、青木松風庵のロゴを見て「ミッキーマウスみたい」という感想を抱き、ミッキーマウスを連想するむきはあるだろう。
さらにディズニー社は「需要者が〔ミッキー図形のような〕構図の三つの円形を組み合わせた図を見れば、直ちにミッキーマウスを連想・想起してしまう程と評しても過言ではない」とまで豪語している。筆者のディズニーファンとしてのひいき目もあるが、これとてあながち大言壮語とはいえまい。
しかしながら、ディズニー社の主張を認め、青木松風庵の商標は不正でディズニー社に不利益をもたらすと評価すべきかと問われれば、それは否だろう。ディズニー社は「連想する」ことと「混同する」ことを、それこそ混同しているのだ。
青木松風庵の顧客は、そのマークからミッキーマウスを連想することはあっても、ディズニーが関与した店舗であるかのような混同をすることはない。
なぜなら、ミッキー図形とは上下が逆さまであって、それにより州浜紋の印象も与えるし、何より公式ミッキー図形が、商標として上下反転で配置されたことなどないからである。耳部分が下にあったらもはやミッキーのシルエットではない。似ているが、別物として十分に区別できるのである。
別物として十分に区別できる程度の相違点があり、混同のおそれがなければ、抽象的な連想をもたらすことがあったとしても、ミッキー図形の存在を理由に青木松風庵の商標登録を排除しなければならない理由はない。
まして、述べたように青木松風庵にも37年間もの使用による信用の蓄積があるのだ。抽象的にミッキーマウスを連想させるなどというディズニー社の「被害」の救済よりも、青木松風庵の積み重ねてきた信頼を保護する必要性の方が高いだろう。
特許庁も、ディズニー社の主張を認めなかった。ミッキー図形についてその周知性は認めたものの、青木松風庵の商標における図形は「単にありふれた大小三つの円の一部を結合してなる背景」として認識されるものであって、この図形から「特定の物や事象を連想、想起させることなく、特定の称呼及び観念を生じない」としたのだ。
なんと、ミッキーマウスを連想させることすらないというのだ。もちろん、フリーライドなどの不正な意図などまったく認められなかった。こうして、青木松風庵の商標は無事に維持され、今も使用の歴史を積み重ねている。
ぜひ、皆さんも同店の和菓子を大阪土産としてお買い求めいただき、職場や取引先に配ってみてはいかがだろうか。そのとき「えっ、ディズニーランドに行ったんですか!?」とは言われないだろう。

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