スシローが急拡大「デジタル回転レーン」の”凄さ”

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回転ずしチェーン大手「スシロー」で行われている「デジロー」の導入店舗が拡大することがわかった。DX化という点でも、この施策は成功例と言えそうだ(撮影:今井康一)
回転ずしチェーン大手「スシロー」で行われている「デジロー」の導入店舗が拡大するという。
デジロー(正式名将:デジタル スシロービジョン)とは、各客席に付けられた大きなモニターにすしが回る様子が映されるシステムのこと。客は、本当にすしが回転しているような気分の中、モニター上のすしをタップして注文をする。いわば、デジタル化された回転ずしなのだ。
このシステムは2023年9月から東京や大阪をはじめとした店舗で試験的に導入されていたが、導入店舗の売り上げや顧客満足度が高いことから、2025年度に全国100店舗への拡大を予定している。
デジローはDX化の取り組みの一つだが、実はこれ、DX化を成功させるための重要な論点が含まれていると思っている。どういうことか、解説しよう。
スシローがデジローを導入した背景にあるのは、回転ずし業界が置かれた厳しい現状がある。
【画像7枚】スシローが導入拡大「デジロー」はこんな感じ
まずは、運営コストの圧迫、具体的には魚の値段の上昇だ。円安や地球温暖化による魚の捕獲量の減少、燃料費の高騰により、水産資源の値段がインフレしている。「安さ」を価値の一つとする回転ずし業界にとっては死活問題だ。
スシローでは2022年10月に大規模な価格改定を行い、1984年以来続いていた「1皿100円」が終了。また、同じ時期にくら寿司も値上げに踏み切っていて、同じく100円皿が終了している。厳しさの一端がうかがえるだろう。
こうした状況に加え、回転ずしチェーンの国内店舗が飽和している問題もある。日本ソフトが発表している寿司チェーンの店舗数ランキングによれば、業界全体の店舗数は2024年7月段階で4164店舗。昨年7月の4201店舗よりもわずかに減少している。実は、2年連続でその数は減少していて、国内店舗数の天井が見えてきた形だ。
実際、スシローの運営会社であるFOOD & LIFE COMPANIESの2024年9月期決算資料を見ると、近年力を入れている海外出店が42店舗の増加に対して、国内の新規出店数は5店舗の増加にとどまっている。
こうした中、DX化を行って店舗運営効率を上げたり、より魅力的な店舗空間を作って国内の回転ずし客のシェアを取っていかなければ、成長の伸びしろはないわけだ。
そんななか取り入れられたデジローは、店側にとってこうした問題を解消するメリットがふんだんに詰められている。
出所:株式会社FOOD & LIFE COMPANIESの説明会資料
1つ目は、キッチンの作業効率の高まりだ。注文にかかわる人的コストを減らすことができ、店舗運営の能率が上がる。
実はスシローでは、デジローにくわえて「オートウェイター」というシステムも導入しているが、これはタッチパネルで頼んだ商品が自動でテーブルまで運ばれてくる仕組み。デジローとの合わせ技で店舗運営の効率アップに大きな貢献を果たしている。
2つ目は、デジローにより客単価も増加する、という結果だ。店舗数が天井に達している現在、国内で売り上げを上げるためには客単価の増加をはかるのが一つの手段だが、まさにデジローはそれをかなえてくれるのだ。
あくまで筆者の推測だが、客単価が増加する背景には、以下のような理由があると思う。
デジローをトライしてみるとわかるのだが、これ、どこかゲームのようなのだ。商品をタップするのが楽しい。これまでのパッドでの注文だと、顧客は欲しいものだけを注文するため、興味のない商品を見る機会はなかった。
けれど、デジローの場合は画面にどんなすしネタが流れてくるのかわからないところがあって、興味のなかった商品でもゲーム感覚でタップしてしまう。これが、客単価のアップにつながっている(と筆者は思う)。
いずれにしても、デジローがもたらす店側へのメリットは大きいのだ。
さらにデジローが優れているのは、店側の都合だけでなく、同時にこれが「顧客満足」にもつながっているからだ。事実、発表によれば、デジロー導入店では「顧客満足度」のアップも見られたという。
スシローが拡大を勧めるデジロー。デジタルで、開店レーンを再現している(筆者撮影)
子供はもちろん、大人も楽しむことができる(筆者撮影)
このエンタメ感は、飲食業でありながら消費体験に向き合ってきた、回転寿司の会社だからこそ生み出せたものだろう(筆者撮影)
実際、顧客の立場に立って考えてみよう。デジローのタッチパネルは大きいから、大人数でも見やすい。特にファミリー層で来店しても、みんなが見ることができる。従来の小さいパネルではそうはいかなかった。
また、これはタッチパネル注文全体としていえることだが、実際にすしが流れているわけではないので、衛生的な心配もない。特にスシローは2023年に客の少年が醤油差しをぺろぺろ舐める、いわゆる「スシローペロペロ事件」が起こり、消費者のスシローに対するイメージに悪影響を与えた。だから、顧客の立場にしてみれば、このような衛生面での配慮は安心感をもたらすのだ。
さらに、最大の利点だと私が考えているのはデジローがもたらしてくれる「ワクワク感」だ。先ほども少し触れたが、「何が流れてくるのかわからない」という楽しさがデジローにはある。
この体験価値は、特にファミリー層や若年層には楽しく感じられると思う。みんなで回転ずしを囲む楽しさを盛り上げてくれるのだ。実際、説明会資料によれば、デジロー導入でプラスの効果が大きいのはこうした客層で、デジローの持つ「ワクワク感」がかなりプラスに働いていることがわかるのだ。
このように見ていくと、デジローは顧客側と店側のメリットの両方を満たすことができるのである。
さて、デジローの導入は、店側と顧客側の双方にメリットがあることを見てきたが、こうして考えると、デジローは近年進むDX化のなかでも、特に成功している例の一つだといえる。
デジタル技術の進展と共に各所でDX化の呼び声が聞こえているが、実際のところ、それを成功させるのは極めて難しい。筆者は都市ジャーナリストとしてさまざまな商業施設をめぐっているが、それが成功しているのはなかなか見ない。
例えば、総合スーパーマーケットのイトーヨーカドー。近年DX化にともなうセルフレジを積極的に導入しているが、私がある店舗を視察したときには、セルフレジは空いていて、有人レジが長蛇の列になっていた。利用者は高齢者が多く、セルフレジを使い慣れていない人が多いからだ。まさにうまく進まなかったDX化の例である。
閉店が進むイトーヨーカドー。GMS業態の衰退を報じるメディアは少なくないが、筆者は「目の前にいる消費者を見られていないDX施策」についても疑問を呈してきた(筆者撮影)
あるいは、セブン‐イレブン。最近は「上げ底弁当」報道などで注目を浴びることが多いが、これに関する記事を書いたとき、「レジも使いにくい」というコメントが何件もあった。セブンのレジは半有人レジで、その操作に戸惑う人が少なくないのだ。
店側にとっては、作業効率の軽減につながるが、顧客側に立つと本当にメリットになっているのか、疑わしいところでもある。
「上げ底に思える弁当」や「不自然な容器の色塗り」などが先日、話題となったセブン。その中で、不親切な半有人レジへの不満の声も湧き上がっていた(筆者撮影)
店側と顧客側の双方が得をする形でDX化を進めなければ、それはうまく進められないのである。単に「はやりだからデジタルっぽいものを取り入れよう」とか「デジタルで人員コストをカットしよう」というだけだと、それは総合的に見て失敗してしまう可能性も大きいのだ。
AIやDX分野で多くの著書を持つ、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授の石角友愛は『いまこそ知りたいDX戦略 自社のコアを再定義し、デジタル化する』の中で「DXとは、オペレーションをデジタル化することや、デジタルツールを導入することではない」と言い、その本質は「『会社にとってのコア』を再定義し、それをデジタル化すること」だと書く。
つまり、本来あるべきDX化とは、顧客への価値となるその会社の「核心(コア)」を見極め、それに通ずる部分をデジタル化し、その会社の価値を高めるべきだというのだ。デジタル化はその企業の顧客価値を見極めたうえで慎重に検討しなければならないことでもある。
そう考えたとき、スシローにとっての「コア」とはなんだろうか。ここからは私の推測になるのだが、スシローの場合、その「コア」はやはり「ワクワク感」のような体験価値になるのではないだろうか。

というのも、技術の進歩によってすしの「安さ」「おいしさ」はさまざまな形でかなえられるようになってきたからだ。例えば、「魚べい」は「回らないすし」でありながらも安価であることを売りにしている。また、北海道の「根室花まる」や「トリトン」や千葉の「すし銚子丸」など、素材の味を売りにした回転ずしチェーンは素材の新鮮さやおいしさにこだわっている。こうした競合がひしめく中、スシローなどの大衆回転ずしチェーンの価値は「楽しい」という空間価値が大きなウェイトを占めると思う。少なくとも、そこで差別化をしなければ、その他ひしめく競合にやられてしまう。
その意味で、この「ワクワク感」を演出するDXこそが「デジロー」であり、まさにその顧客価値を増幅させる方向で、このDX化は成功しているといえるのではないだろうか。
デジローは、これから全国規模での拡大を遂げていく。そのため、この試みが全国規模で定着するかどうかは未知数だ。しかし、企業の価値向上としてDXを適切に用いているという点では、極めて注目に値する事例だと思うのだ。
(谷頭 和希 : 都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家)

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