【及川 夕子】18歳で初体験、21歳で…日本で子宮頸がんにより命を落とした女性たち

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”キャッチアップ接種世代だけでなく、2008年度生まれの高校1年生にも「今年度で最後だよ」ってお知らせ下さい!”
”娘がHPVワクチンのキャッチアップ接種に行くと言い出したのでSNSで見たのかと思ったら中国にいる中国人の友達が9月までに打て!と日本のニュースを送ってきたからだとか…日本語勉強している子の方が日本人より日本のことよく知ってるという”
子宮頸がんの原因であるHPVの感染を予防するワクチン(HPVワクチン)に関して、SNSには多くのこのような投稿がなされている。これは、国がHPVワクチンの積極的勧奨を中止していた時期に接種を逃してしまった女性(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)に対して行う「キャッチアップ接種」についてのものだ。
2021年12月、厚生労働省は2022年4月から2025年3月の3年間、無料で接種できる機会を設けることを発表した。この期限を過ぎてから接種しようとすると自費接種になり、約10万円(9価HVPワクチンの場合/全3回分)の費用がかかってしまう。ちなみに接種の機会を提供する対象は以下のふたつに当てはまる方々だ。
1) 平成9年度生まれ~平成19年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)の女性
2) 過去にHPVワクチンの接種を合計3回受けていない女性
接種の対象に該当する人は、令和7(2025)年3月末までの期間なら無料でワクチンを打つことができる。ただし全3回の接種を完了するまでには約半年かかるため、ワクチンすべてを公費で標準的なスケジュールで接種するには、2024年9月末日までに1回目の接種をする必要があるのだ。
HPVワクチンの定期接種は小学6年生から高校1年生の女子が対象。よって 2024年度に高校1年生相当の女子(16歳になる方)も、公費で接種できるのは2025年3月末まで(9月末までに1回目を接種)ということも付け加えておきたい。
もちろん、ワクチン接種をする・しないは人それぞれの判断だ。なにより重要なのは、「子宮頸がん」がワクチンで予防できるがんであるということや、HPVワクチンを接種することにより子宮頸がんの前がん病変を予防する効果が示されていること、検診をして早期発見・早期治療をすればかなりの可能性で治るがんだということを周知することだ。
そこで、今一度、子宮頸がんについて、HPVワクチンについて知っていただくためにも、長年子宮頸がんの治療に携わってきた、産婦人科医の宮城悦子さんに話を聞いた記事を再編成の上お届けする。
HPVとは、ヒトパピローマウイルスのこと。性交渉がある男女なら、誰でも感染する可能性があり、女性がかかる子宮頸がんの主な原因となっている。中咽頭がんや肛門がん、陰茎がんなど、男性もかかるがんにも関わるウイルスであることがわかっている。
しかし日本は、HPVワクチンの公費接種率が1%未満(※)と、極端に低い状況になってしまった。
世界の多くの先進国では、女子への接種率が7 ~8割が当たり前。男女両方にワクチン接種を実施している国もある中で、日本は接種率で相当な遅れをとっている。
そして残念ながら、HPVの問題は、新型コロナウイルスほどニュースにはならない。しかし、どちらも、人々の間で広がっている感染症なのだ。長年子宮頸がんの治療に携わってきた、産婦人科医の宮城悦子さんにお話を伺った。
宮城悦子(みやぎ・えつこ)
横浜市立大学医学部産婦人科学教室 主任教授。専門分野は婦人科腫瘍の治療と予防。日本産科婦人科学会特任理事。婦人科腫瘍の集学的治療と子宮頸がん予防、卵巣明細胞がんの腫瘍マーカーなどの様々なデータを解析調査している。
※日本では、2013年4月から小学校6年生から高校1年生の女の子は、HPVワクチンを公費でうてることになっているが、2013年6月より個別にお知らせが届かない接種勧奨の差し控えが行われたこともあり、約7年以上実質中止状態となっていた。2020年10月からは、定期接種対象者や保護者への個別お知らせが再開された。そのような中で、2022年4月より個別の接種勧奨再開に加え平成9年度生まれ~平成19年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)の女性に対して2024年度まで公費によるキャッチアップ接種期間が告知された。しかしながら、どの自治体も対象者の接種率は30%にも満たない現状がある。
宮城さんは、横浜市立大学産婦人科主任教授、日本産科婦人科学会特任理事(子宮頸がん検診・HPVワクチン促進担当)として、子宮頸がんの予防啓発に力を尽くしてきた。心の中にはいつも、助けられなかった患者さんたちの姿があるという。
「忘れられないのは、まだ21歳という若さで子宮頸がんにより亡くなった女の子。難治性で進行が早い、子宮頸部腺がんでした。18歳でボーイフレンドができて、そのとき初めてセックスを経験したそうで、発がん性HPVに感染したものと考えられます。それからわずか3年で逝ってしまったのです。
また、あるとき妊娠中の大出血(※1)で救急搬送されてきた妊婦さんは、搬送前には陣痛に伴う胎盤の異常などによる出血と思われていたのですが、子宮頸がんが進行して起こる出血だったのです。帝王切開をして無事出産。治療のため子宮を摘出しましたが、すでにがんは深刻な状況で、お子さんが2歳のときに亡くなりました。子宮頸がん合併妊娠は、現在でも多くの産婦人科高次施設の勤務医は経験しています」
※1子宮頸がんは異形成といわれる前がん状態の時には、症状がない。進行し浸潤がんまで進むと性交後出血などによる不正出血を起こす。
人気漫画『コウノドリ』の13巻、14巻のエピソードでも妊娠中の子宮頸がん発覚が描かれたことがあった。妊娠中に子宮頸がんが見つかった場合、患者や家族は難しい選択を迫られる。しかも、妊娠中の子宮頸がん発覚は稀な事例ではないという。
「子宮頸部のみを切り取る円錐切除術で治癒できれば子宮を残すことができますが、がんの進行や広がりによっては、赤ちゃんを諦めて子宮全部を摘出しなくてはいけません。帝王切開で出産を極端に早めた場合、週数によっては赤ちゃんに障害が残る可能性も。また、無事出産できたとして、ご本人が亡くなってしまう場合もあります。
子宮頸がんは、ハイリスクのHPVが感染して数年から、長い方だと数十年たってから発症します。その間に検診を受けていただければ、早期で発見できますが、妊婦健診で初めて検診を受け、進行したがんが見つかることも。ごく普通の健康に過ごしていた若い女性たちが、キャリアを叶えたい、子どもを持ちたい、子どもの成長を見守りたいという夢半ばで亡くなってしまう。患者さんを思うたび、ワクチンをうっていたら・検診を受けていたら……と、今でも考えさせられます」
世界では粛々と公費によるHPVワクチン接種が進んでいるが、日本は国民のHPVワクチンへの不信感がなかなか払拭できないでいる。「子宮頸がん検診を受けていれば大丈夫なのでは?」という声もあるが、検診はHPV感染を防ぐためのものではないし、発見率も精度も完全なものではない(見逃しがある)。そのことをまずは知っておいてほしい。
2020年、スウェーデンの大規模研究により、HPVワクチンを17歳になる前に接種した場合、浸潤性子宮頸がんにかかるリスクが88%低下したという結果が示された。また、他のワクチン同様に、たくさんの人がワクチンを打つことで、集団免疫ができ感染の広がりにストップをかけられる。子宮頸がんを防ぐのに、ワクチンが一次予防と言われるのはこういった理由があるからだ。その次に、ワクチン自体も100%完全にHPV感染を予防できるわけではなく、子宮頸がん検診も重要な二次的な予防策となる。前がん病変を見つけることによって、結果的に死亡を予防する検診は二次予防に位置付けられるのだ。
先に述べたように、HPVは性交渉で感染する。HPVにも色々な型があって、良性のイボの原因となったり、がんの原因となるものもあれば、そうでないものもある。悪性腫瘍の発生と関係があるHPVは、ハイリスクHPVと呼ばれている。
「ハイリスクHPVに感染した場合、一部の人は持続感染したままとなり、一般的には数年から、数十年かかって子宮頸がんを発症します。先の例のように10代で若くても性交渉があれば感染のリスクはある。性行為で感染するというと性的に活発な人が感染すると思っている人がいますが、そうではなく1度でも経験があれば感染リスクがあるのです。
だからこそ、感染そのものを防ぐためにも、初交前の女の子へのワクチン接種は非常に重要です。ハイリスクHPVの16型、18型は、前がん病変や子宮頸がんへ進行する頻度が高く、スピードも速いことがわかっています。しかし、16型、18型はHPVワクチンによって防ぐことができます」と宮城さんは言う。2022年度より定期接種化された9価HPVワクチンは、さらに比較的日本人で頻度が高い、HPV31・33・45・52・58 型の感染も予防する。
HPVワクチンは、感染しているHPVを除去することはできないが、年齢に関わらずHPVに感染する前や、感染しているHPVが一度消失した後の再感染を防ぐことが可能と考えられている。公費接種対象年齢でなくても、自費でワクチンをうつこともできる。
日本は、HPVワクチン接種率も世界の先進国の中で最低水準の低さだが、子宮頸がんの検診受診率も先進国の中ではかなり低い。日本では20歳から子宮頸がん検診が推奨されている。アメリカでは80%と高い受診率を維持しているが、日本は40%台。20代に限ってはわずか20%と低いのが実情だ。
「子宮頸がんの定期検診を受けている女性がそもそも少ないため、日本では、妊婦健診で初めて検診を受ける人が少なくありません。そして、妊婦健診の際に前がん病変や子宮頸がんが発覚するということがしばしば起きているのです」と宮城さんは言う。
「妊婦健診の子宮頸がん検診で陽性となる方は2%~4%くらい。年間出生数が令和元年で86万4000人ですから、2%でも相当数になることが想像できると思います。誤解があるようですが、妊婦健診で異常がなくても安心してはいけません。出産後に検診にいかずに、子宮頸がんが進行してから見つかる方もいらっしゃいます。性交渉がある限り、感染する可能性がありますので、定期的に検診を受け続けることが大切です」
また、HPV感染の広がりを防ぐには、女性側のワクチン接種と定期的な検診だけでなく、「男性への啓発も重要」と、宮城さん。
「子宮頸がんになるのは女性ですが、感染という意味では男女両方に原因があります。アメリカでは、検診の普及で子宮頸がんの罹患数は減少し今後はワクチンの効果も期待されていますが、以前は予防対策を行っていななかった男性のHPV16型による喉のがんは増加傾向にあり、男子への接種も積極的に行われています。日本の政策は、女の子へのワクチン接種にとどまっていますが、先進国では、男性にも公費でのワクチン接種が進んでいます。日本でも男性へのワクチン接種が進んでいけば、ハイリスクHPV感染者が減っていき、子宮頸がん撲滅が近づいてくるでしょう」
男性もHPV感染が原因で、肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんなどの悪性腫瘍のほか、尖圭コンジローマを発症することがある。2020年の年末には、厚生労働省が、「ガーダシル (4価HPVワクチン)」の男性への接種(9歳以上)と肛門がんへの適応範囲拡大を承認した。これで、今後は男性が任意(自費)で4価HPVワクチンを接種後に万が一重大な副反応が起こった場合には、公的な補償を受けられる可能性がある。
ガーダシルはHPV16型、18型、性器に良性のイボができる尖圭コンジローマの原因となる6型、11型の計4種類を防ぐ(日本で承認されたHPVワクチンは、この4価のほかに、2価と2021年2月に発売された9価ワクチンがある)。
*HPVワクチンの公的接種(定期接種)を受ける方法・接種場所等について詳しくはお住いの区市町村の保健局や予防接種担当課などに問い合わせを。一部、男子への任意接種費用の助成を行っている自治体もあります。
ワクチン接種と検診を徹底することで、今世紀中に子宮頸がんの新規罹患者を希少がんのレベルまで減らすことができるとの試算もあり、WHOは昨年、子宮頸がんの排除に向けて、2030年までに「ワクチン接種率90%(15歳未満の女性)」「検診受診率70%(35、45歳女性)」とする目標を掲げている。
日本で子宮頸がん排除を目指すには、「女の子の公費接種をまずは7~8割に戻し、未接種の若い世代にキャッチアップ接種を実現(※1)しつつ、検診率の向上も併せてやっていく必要がある」と宮城さんはアドバイスする。
副反応が気になり、ワクチン接種をためらう反応があることについては「どんなワクチンも副反応が出る可能性はあります。HPVワクチンについては、若い世代で接種するものですが、その年代は、機能性身体症状と呼ばれる慢性疼痛や起立性調節障害を含む多様な症状が出やすい年代とされ、ワクチン投与後に時間がたってから出る反応は、ワクチンの成分自体との因果関係はないと考えられています。
重要なことは、何らかの不調が万が一出た場合には、専門医による身心のケアが適切になされることです。そして、そのような症状が適切に対応されれば『これだけ回復する』ということを国民に公表できることが、HPVワクチンの信頼回復に重要だと思います。
日本のように反対運動で接種率が激減しても、国を挙げたキャンペーンで接種率を回復した国はいくつもあります。メディアの役割も重大です。ワクチンの安全性や効果について新しい情報をアップデートしていくことも大切(※2)で、メディアは積極的に伝えてほしいと思います」と語った。
HPV感染と子宮頸がんにはすでに予防法があって実行するのみとなっている。今後、日本でワクチン接種率が回復していかなければ、これまで同様、たくさんの女性たちが、子どもを持つのを諦めざるを得なかったり、亡くなったりする状況が続くことになる。遠い世界で起きている病気ではなくて、ずっと前から日本で起きている問題なのだ。
家族やパートナー、友達とも、ぜひ話題にしてほしい。みんなで悲劇を止めていければと思う。
※1:宮城さんの研究グループが公開しているHPVワクチンの最新情報を伝えるための
サイト「YOKOHAMA HPV PROJECT」も、参考になる。
参考資料
厚生労働省ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種を逃した方へ~キャッチアップ接種のご案内~https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_catch-up-vaccination.html
子宮頸がん告知から天国へ旅立って2年。SHALさんの兄が「SNSを更新し続ける理由」

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