クマを愛するYouTuberがクマに襲われ危機一髪

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「原生林の熊」(@genseirinnokuma)の名で活動するYouTuberの佐藤誠志さん(写真:筆者撮影)
日本各地でクマによる人身被害が多発している。
「原生林の熊」の名で活動するYouTuber佐藤誠志さんは2023年9月、キノコ採りの最中、ツキノワグマに襲われた。
キノコの解説などをしながら動画を撮影していたところに突然、ツキノワグマの親子が現れたため、追い払うまでの一部始終がカメラに収められていた。動画には、体長1mに満たない母グマが執拗に佐藤さんを攻撃する様子が映っている。
命がけだった格闘の様子をYouTubeで公開すると、これまでに58万回近くも再生された。20年来、山に入り自然の恵みを頂いてきた佐藤さんがこの動画を公開したのは「山に入る以上、クマに襲われる危険性は常にある」と警鐘を鳴らすためだという。
夏は登山やキャンプなどで山に入ることが増えるシーズンだ。毎年、狩猟にも参加しクマの生態にも詳しい佐藤さんに、クマ遭遇のリスクを減らす方法を聞いた。
環境省の発表によると、2023年度のクマによる人身被害は198件。219人が負傷し、うち6人が死亡した。このうち141件が東北地方での事案で、中でも秋田県(62件)、岩手県(46件)で、この2県の被害が突出して多い。
東北地方では2023年、頻繁にツキノワグマが市街地に出没し、学校や商業施設に立てこもるなど日常生活が脅かされる事態になった。また、登山者や山菜採り、釣りなどで山に入った際に襲われる被害も多く、2024年はすでに前年を上回るペースで推移している。
【写真】以前、佐藤誠志さんが山で見かけたクマなど(10枚)
今では地元でも「原生林の熊」として認知されてきたという佐藤さん。写真はオリジナルバッジ(写真:筆者撮影)
笹薮をかき分けて採集する根曲がり竹はクマの好物でもある(写真:佐藤誠志さん提供)
そんな岩手県の北東部に位置する岩泉町で、春は山菜採り、秋はキノコ採り、冬は狩猟に愛犬を連れて山に入り、その様子をYouTubeで発信しているのが佐藤誠志さんだ。
佐藤さんは2013年にYouTubeチャンネル「原生林の熊」を開設。森の様子やキノコの生育などを語りながら原生林の森を歩き、その映像と音声を頭に装着したカメラで撮影。編集し投稿している。
山の豊かな恵みを映像にして届けている(写真:佐藤誠志さん提供)
このチャンネル名にしたのは、クマへの憧れと親しみからだと言う佐藤さん。「クマは山の神のような存在。かっこよくて、かわいくて、しかも美味しい(笑)。 原生林で遊び、恵みを頂く自分は、ちょっとクマに似てるなあと思って、『原生林の熊』と名乗るようになりました」。
「クマはかっこいい」と語る佐藤誠志さん(写真:筆者撮影)
以前に佐藤誠志さんが山で見かけたクマ(写真:佐藤さん撮影の動画より)
そんなクマを愛する佐藤さんは長年、岩泉の山林を歩く中で2度、至近距離でクマに出合ったことがある。その時はいずれもクマが去っていったため被害には遭わなかったが、「いつかは襲われるかもしれない」という覚悟は常に持ち、いざという場合に備えていたという。
「いざ」が現実となったのは2023年9月末。マツタケよりも美味しいと言われる天然マイタケを採りに行った時のことだった。
笹薮が揺れる音に気づいた佐藤さん。自分のイヌだと思い「おーい」と呼びかけたところ、別の場所からも「ガサガサ」という音が。咄嗟に「クマだ!」と思った瞬間、子グマはすばやく木に登り、8mほど離れたところにいた母グマが佐藤さんに向かって猛突進してきた。
母グマが執拗に襲い掛かる様子、木の棒で応戦する佐藤さんの鬼気迫る声や足に食い込んだクマの爪跡まで、一部始終をカメラが記録していた。
<普段は熊を愛し、その生態を勉強している者の一人として、この動画をみなさんに共有したいと思います。今回の件では熊は何も悪くありませんし、ここまで近づけてしまった私のミスですが、うっかり熊と接近してしまい被害に遭われる方が減るようにと祈っています>
このメッセージともに衝撃の映像をYouTubeに上げると、「クマがここまで怖ろしいとは」「自然を舐めてはいけないと思った」など多くのコメントが付いた。
俗説では「危害を加えなければ襲ってこない」とか「子連れの母グマは危険」などと言われるツキノワグマ。佐藤さんを襲った母グマは佐藤さんに気づくや否や、子グマを木に上らせ、突進してきた。母性本能が強い子連れのクマの恐ろしさを動画は物語っている。
自身の被害については「私のミス」だと振り返る佐藤さんだが、一方で、近年、北東北で多発するクマによる人身被害については「クマの性質が変わってきているのではないか」と言う。
東北各地で見かけるクマ注意を呼び掛ける看板(写真:筆者撮影)
指摘するのは、クマの肉食化、そして佐藤さんが「おにぎりグマ」と呼ぶ人に慣れ人を怖がらないクマの増加だ。
これまでは人里近くに現れたクマを捕獲する罠にはちみつを仕掛けるのが一般的だったが、「最近は猟師の間で『はちみつよりもシカの肉を仕掛けたほうがクマが入る』と言われているんです」。
山中で罠に掛かり弱ったシカがクマに襲われ、その肉が食い荒らされたり、牧場で子牛がクマに襲われたとみられる被害も発生しているという。
ヘルメットは山歩きの必需品。万一襲われた時に頭部を守れる(写真:筆者撮影)
ツキノワグマは雑食で、ドングリなどの木の実やトウモロコシ、タケノコといった植物食が主だ。一方で、オスは子連れの母グマと交尾するためなら、子グマを襲って食べることが知られている。つまり、もともと肉を食べる習性はあるのだ。
岩手県内では住宅地にニホンジカが現れるのも日常茶飯事(写真:筆者撮影)
農水省の推計によると、本州以南に生息するニホンジカは、1989年から20年間で約9倍に増加している。シカの個体数増加に伴って、罠に掛かったまま長時間放置されたシカや、山林内で死んだシカを容易に食べられる環境が生まれ、肉を食べることが習慣化したと佐藤さんは考えている。
もう一つが、人に慣れたクマの増加だ。
2024年には青森県でサイレンの音を鳴らしながらタケノコ採りをしていた女性がクマに追いかけられ、リュックの中のおにぎりを奪われるという事案が発生。タケノコ採りの間に、近くに置いた食料が食い荒らされたというケースもある。
「クマは学習能力の高い生きもの。一度、美味しいものを簡単に手に入れた経験を持ってしまったクマは何度も同じ行動に出る」と警告する。さらに恐ろしいのは、人間の存在を知らせるサイレン音やクマよけ鈴が、かえってクマを寄せ付ける可能性があることだ。
クマと出くわすリスクの高い笹薮を説明する佐藤誠志さん(写真:筆者撮影)
ツキノワグマの寿命は15~20年程度。一度味をしめたクマが何度もその場所に来る可能性があるほか、母グマの習性から学んだ子どもにも引き継がれれば、クマ出没の連鎖は続いていくことになる。
「人を襲っても、人から攻撃されないことを学んでしまったクマは何度でも来る」と佐藤さんは指摘する。
クマを愛する佐藤さんだが、”おにぎりグマ”や市街地に出てくるクマは「捕獲するしかない」という。折しも、これまで市街地に出たクマを捕獲するための猟銃の使用は原則禁止とされてきたが、相次ぐ人身被害を受け、2024年には規制緩和に向けた議論も進み始めた。
一方で、クマに遭遇するリスクは、市街地よりも山の中のほうが高いことは言うまでもない。遭遇リスクを減らすための対策を佐藤さんに聞いた。
50m以内にクマを入れない
佐藤さんがこだわるのは50m以内にクマを入れないこと。50m程度の距離があれば、音を出して存在を知らせれば、一般的なクマであれば逃げていくことが多い。クマより先に気づくことが何より重要だ。
速く歩かない
登山やハイキングで山を歩く人の中にはスピードを重視する人たちもいるが、すばやく動くと、クマがこちらに気づくのが遅れ、接近してしまう危険が高まる。特に笹薮など視界が良くないエリアではゆっくり歩いたほうが良い。
5で曚魎兇犬覆ら歩く
クマが頻繁に通る箇所には、糞や爪痕が残っていることも。クマ独特のケモノ臭が残っていることもあるため、クマの気配がないかどうか五感を張り巡らせて歩く。また、沢や川の近く、雨の日は、水の音によってクマの立てる音が聞こえにくいので、要注意。
ぅ好肇奪や杖を持つ
万一、クマに遭遇した時に備えて、登山用のストックや杖を持っていると心強い。佐藤さんは、木の棒を使ってクマとの距離を確保し、致命傷を防いだ。クマよけスプレーは7~8mの至近距離にしか届かないため、とっさに発射することは難しいが、同行者が襲われた際には役立つ。
遭遇した場合に身を守る術を聞くと、佐藤さんは「背を向けると、クマは自分より弱い生きものだと認識し襲ってくるため、目をそらさずに撤退するのが原則」としたうえで、「クマも人と同じで1頭1頭性格が違い、出くわす状況も違う。山に入る以上は覚悟を決めるしかありません」。
最近は日々のクマの出没状況をSNSなどで発信している観光施設やキャンプ場も多い。事前にクマ遭遇のリスクをリサーチしたうえで山のレジャーを楽しみたい。
【写真】以前、佐藤誠志さんが山で見かけたクマなど(10枚)
(手塚 さや香 : 岩手在住ライター)

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