【佐藤 隼秀】恐怖心から抵抗できず…兄からの性的虐待を受けた女性が「月1回」しか風呂に入らなくなった「切実な事情」

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【注意】本記事には、性的虐待の実体験を含む表現がございます。閲覧にはご注意ください。
児童に対する性的虐待件数は、減少する気配がない。こども家庭庁による令和4年度の調査では、児童相談所が対応した性的虐待に関する相談件数は2451件となり、前年度から約9%増えた結果となった。一方で、ジャニーズ性加害問題が表面したように、性被害に遭った当事者が声をあげることで、社会的な喚起が深まるケースも徐々にではあるが、増えてきている。
性的虐待の当事者が、長年苦しめられてきたのが、虐待に起因する精神疾患だ。トラウマやフラッシュバックによる希死念慮や、対人関係の不安など、実生活を送るうえでの障壁は計り知れない。
「兄のせいで、私の人生は滅茶苦茶になりました」
小学生の時に、実兄からの性被害を受けた小林エリコさん(47歳)は、以来、虐待の後遺症に振り回されてきた。
四度にわたる自殺未遂、重度のうつ、生活保護、アルコール依存など、彼女の人生は苦難の連続だった。強い自己否定や希死念慮に苛まれ続け、性被害を受けてからの約40年間、実生活を送ることすらままならなかった。
そんな小林さんだが、ここ最近は生活が好転してきた。現在は、東京大学大学院経済学研究科で、特任専門職員として週4回ほど勤務をこなし、パートナーとの関係も良好に築いている。
「今回、取材をお受けしたのは、単に虐待やトラウマのショッキングな事例を伝えるだけでなく、性被害の後遺症から回復していく過程をお伝えしたかったからです」
筆者が、小林さんの半生を取材したいとメールを送ると、上記の丁寧な返信が送られてきた。
被虐待者の傷の深さは、当事者でなければわからない。吐露したい気持ちがある一方で、地獄のような日々を思い出し、口にすれば、再び自らの心身を抉ることになるかもしれない。
小林さんは、性虐待の実態や、そこから立ち直る過程を辿ることで、当事者が社会復帰する一助になるかもしれない、と協力してくれた。
小林さんが性虐待を受けたのは、小学校3~4年生にかけてのことだ。当時、小林さんと兄は同じ子供部屋で就寝しており、ある時期から兄が小林さんの布団に潜り込んでくるようになる。
「私が寝ている時、兄が私の体を触るようになったんです。もちろん嫌でしたが、突然のことでショックだったのと、恐怖心から抵抗できず、ただ兄からの虐待に耐えていました。そしたら虐待は次第にエスカレートしていき、兄は私の股間に顔を埋めるようになります」
さらに当時、小林さんは兄と一緒にお風呂に入っており、浴槽でも性虐待が行われた。仰向けになるように指示されて兄に覆い被されたこともあった。
「兄に覆い被せられた時の詳細は覚えていないんです。兄が乗っかってきた瞬間、シャボン玉が弾けたように記憶が飛んで、ところどころ覚えていないんです。あまりにもショックが強すぎて、強制的に記憶を遮断したのかもしれません」
兄に辱められた恥ずかしさや、抵抗しても暴走する兄を止められない無力感から、小林さんは誰にも性虐待を告白できずにいた。自らの身を守る手段として、月1~2回ほどしかお風呂に入らないようになる。自分の体が不潔であれば、兄は離れるとひらめいたのだ。
さすがに兄からの性加害はいったん収まったものの、代わりに学校でいじめを受けるようになる。クラスメイトから「くさい」と罵られ、教科書やリコーダーなどの私物を破損され、挙げ句の果てに担任から「お前はクラスの嫌われ者だ」と暴言を吐かれたこともあった。
小学生からすれば当然、自分の居場所は学校と家庭にしかない。どこにも逃げられない状況で、日常的に性被害といじめを受け続けてきたことで、小林さんの人格は屈折していく。お風呂に入れない娘に対してケアや干渉もしない両親にも絶望し、自己否定の気持ちも強くなっていった。
性虐待が始まってから1年ほど経過した夜、たまたま両親が子供部屋に入って“現場”を目撃したことで、いったんは虐待が収まる。入浴時も就寝時も、小林さんは兄と「隔離」されるようになった。
しかし、しばらくすると、兄は再び小林さんに迫り始めるようになる。入浴時に裸体を覗いてきたり、寝込みを狙って下着を脱がせてきたりと、しつこく粘着してきた。兄からの性虐待は小学校を卒業するまで続いた。
中学生になると、塾講師から胸を触られたこともあった。こうして長期的かつ断続的に、性加害の恐怖に晒され続けた小林さんは、メンタルに支障をきたすようになった。
「中学校に入学した頃から、毎晩のように幻覚や悪夢を見るようになりました。布団の上に髪の長いお化けのような女性がのしかかる幻覚を見たり、蛇が出てくる悪夢で目が覚めると脂汗でびっしょりで、その怖さから不眠になり、体調を崩しやすくなります。
ただ、小学生の頃は、これらの症状が性虐待によるものだと理解できなかったので、自分の身に何が起こっているのか分かりませんでした。幻覚を見るのは霊感が強いからじゃないか…と勝手に信じ込んでいました」
他にも、警戒心から体がこわばって年中肩こりに悩まされ、何の前触れもなく泣き出すこともあった。病院でうつ病および統合失調症と診断され、処方薬の副作用により、倦怠感や体重増加にも悩まされ続けた。
そして、それ以上に、小林さんが生きていくうえで大きな障壁となったことがある。他者に対して怒れなかったり、他者の要求を突っぱねることができない性格になったことだ。
小林さんは、幼少期に性被害やいじめの被害に遭い続け、抵抗しても何も変わらない日々が続いたことで、非情な経験をしても我慢するしかないと思う癖がついてしまったという。他者から暴力暴言を受けるのは当然だと、自然とストレスを溜め込むようになってしまう。
人格形成期、そして思春期に抱えたトラウマと恐怖は、成人してからの人生にも大きな影響を及ぼすことになる。後編〈兄からの性的虐待、後遺症に苦しむ女性が知った「ほんとうの病名と治療法」…「同じ境遇だった方が、救われてほしい」〉で、その続きと「負のループ」を抜け出すまでの道のりを紹介しよう。
兄からの性的虐待、後遺症に苦しむ女性が知った「ほんとうの病名と治療法」…「同じ境遇だった方が、救われてほしい」

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