東京都中央区・人形町駅近くにある小網神社。
都内屈指のパワースポットとして知られ、海外からも参拝者が訪れている。連日、御利益にあずかろうとする人たちでごった返しているが、境内の広さはわずか約70坪。高いビルに囲まれ、素通りしてしまいそうなほどこぢんまりとしている。そんな神社がなぜ、人気を集めているのか。(石川貴章)
7月下旬の平日。小網神社ではスーツ姿やスーツケースを持った人ら約30人が列をなしていた。若い女性は神社を背景に、社務所で購入したばかりの「強運厄除(やくよけ)」のお守りを早速、スマートフォンで撮影していた。初めて訪れた川崎市の女性看護師(24)は「仕事で事故を起こさないことと、金運アップを願った」と明かした。
そのそばでは、女子高校生が人気男性アイドルのアクリルスタンドを掲げ、神社と一緒に写していた。埼玉県の女子生徒(17)は「SNSで、参拝後にコンサートの最前席が当たったという人の投稿を見た。私も良い席が当たってほしい」と期待する。
パワースポット巡りをしている小平市の女性(23)は「自分だけではどうにもならない悩みもある。皆、何かに頼りたいのでは」と話した。
新しいことを始めるのに適しているとされる「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」が大安などと重なれば、神社には、平日といえども1万人以上が訪れている。正月三が日はなおさらで、計5万人以上が参拝する。神社側は周辺の交通などに影響を与えないよう、警備員を3人以上配置している。
小網神社は、社殿と社務所を合わせても面積が約230平方メートルしかない。そんな小規模の神社が注目を集める理由について、第22代の宮司・服部匡記さん(61)は「様々な困難を乗り越えてきた経緯から、『強運厄除の神様』としてあがめられてきたことが一因だ」と話す。
1466年に創建された小網神社には、稲荷大神、弁財天、福禄寿(ふくろくじゅ)の三つの祭神が祭られている。1923年の関東大震災では社殿が倒壊したものの、当時の宮司がご神体を抱えて近くの新大橋に避難したところ橋は崩落せず、大勢の人と一緒に助かったとされる。45年の東京大空襲でも、社殿を含む境内の建物は戦災を免れた。
服部さんによると、先代の父・光延さんは約50年前、「強運厄除」を前面に押し出すようになった。当時、都心部から郊外に住民が移り住むようになった時期でもあり、「各神社が生き残りをかけて合格祈願や恋愛成就など、それぞれの特徴を強く打ち出していく必要があったのだろう」と推し量る。
人気向上にテレビも一役買った。約15年前、ある番組で小網神社が取り上げられたことで、知名度は一気に上がった。
夜の放送で「有名人がひそかに通う神社」などと紹介されると、直後から深夜1時頃まで、問い合わせの電話が鳴りやまず、翌日から人が波のように押し寄せた。「近年は参拝者がSNSに書き込むようになり、神社の存在が急速に知れ渡った」(服部さん)。
服部さんは「これからも地域社会のコミュニティーの核としての存在でありたい」と力を込める。

そもそも、なぜ人は神社に引き寄せられるのか。全国2万社以上に参拝し、「神社ソムリエ」として活動する佐々木優太さん(42)は、「神社は願い事で訪れる人を誰でも受け入れてくれる場所」と説明する。
小網神社に並ぶ参拝者の中には、若い人の姿も目立つ。若い世代は物心がついた頃から、インターネットが生活の一部であるデジタルネイティブ世代とされる。
佐々木さんは、「SNSでお気に入りの神社を見つけて通うのも、広い意味での『推し活』」と話し、神社との新しい付き合い方に注目する。
小網神社の活況は、近隣にも好循環を生んでいる。人形町駅近くの「甘酒横丁」では、参拝前後に散策する交流人口が増えている。
甘酒横丁商店会の会長で、酒店を営む佐々木誠治さん(78)によると、参拝して宝くじに当たるなどの御利益があった人が、お礼参りで再び神社を訪れる際、同店でお酒を買っていくこともあるという。
佐々木さんは「神社のおかげで一帯がさらに盛り上がるようになり、本当にありがたい。これからも相乗効果で街を活気づけたい」と語った。