〈きっかけは「ハプニングバー経営者殺人事件」だった…週刊誌記者の女性が「積水ハウス詐欺事件のパシリ」の直撃取材に成功したワケ〉から続く
2億円の札束を手に「事件で死人は出てないか」と涙ながらに自首した男。積水ハウス55億円詐欺事件で“地面師のパシリ”として動いたカトウは、起訴された10人の中で唯一自首した人物だった。「時価100億円」の難攻不落の土地はなぜ狙われたのか――。元受刑者の衝撃の証言から事件の裏側を紐解く。
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ジャーナリストの河合桃子氏の新刊『地面師連絡役カトウ: 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白』(小学館)より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目/最初から読む)
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また、その時にカトウがポツリと言った言葉も印象に残った。
「俺は起訴された10人の中で、唯一自首した。刑事に開口一番で聞いたのは『この事件で死人は出てませんか?』ということ。事件を防げなかった責任に耐えかねた積水の社員が自殺に追いやられでもしていたらと思うと、怖かったからです」
事件を下敷きにしたドラマに興奮したり、金を騙し取っておきながら自殺者が出ていないか心配したりと、カトウには巨額詐欺事件の犯人とは思えない小者感がある。
私が何度も取材をさせてほしい旨を伝える中で、「俺の人生、なんでこうなったか文字で見たくなってきた」という心変わりも芽生えたようだった。「刑事にも言わなかったことを話すから、書く時は実名にしないでほしい」という条件だけが示された。
さらにこの当時は、私に対してこんな殊勝なことも言った。
「俺は結婚歴もないし、子供もいない。俺には守るものがないから、犯罪に身を沈めてしまった。4年間の刑務所生活で、もう犯罪はしないと心に決めた。俺の恥ずかしい話でよければ、話してもいいですよ」
カトウからは、世間に根付いた「地面師事件」のイメージとは異なる、新たな事件の側面を聞ける予感がしていた。また週刊誌記者として日々あらゆる事件を追いかけている私だが、「ひとつの事件に向き合い、ひとりの男の人生をじっくり聞いて書いてみたい」という願望もあった。
私の記者としての「書きたい」という欲と、巨大な事件の中の小者というカトウの立ち位置が妙にマッチしたことから、取材の道のりが始まった。
積水ハウスが17年に地面師たちに騙された事件の舞台となったのは、「海喜館」という老舗旅館が建つ土地だった。事件の際の報道等では読み方は「うみきかん」とされたが、地元の人は「かいきかん」と呼んでいた、という証言もある。

JR山手線五反田駅から徒歩3分、目黒川沿いにある約600坪の広大な敷地で、うっそうと茂る木々の中に幽霊屋敷さながらに残る建物は、古くからの地域住民以外には「謎の建物」と映っていたはずだ。
その不気味な見た目とは裏腹に、桜田通りを目前にした抜群の立地にあるこの土地は17年時点で「時価100億円」とも評価されていた。多くの不動産デベロッパーやブローカーが狙っていたが、地主はそうした誘いに耳を貸さない「売らない地主」として知られていた。
事件当時の土地の所有者は海老澤佐妃子氏で、「海喜館」の女将でもあった。彼女がなぜ長年この土地を売らなかったのか、故人となった今ではその真意はもはや知る由もないが、結果的に一等地を活用もせずに売らずにいたことで、地面師たちに目をつけられた。
「海喜館」の土地が詐欺に遭った理由のひとつが建物の“無人化”である。海老澤氏は事件直前の17年2月頃から病気で入院しており、海喜館は一時的に無人となった。彼女は海喜館を経営する海老澤家に養女として迎え入れられた人物だという。親違いのきょうだいがふたりおり、そのふたりも近隣に住んでいたわけではなかった。そのため館に何者かが侵入しても気づかれにくい状況だったことも災いした。
「売らない地主」が所有する難攻不落とされた土地をなぜ地面師は狙ったのか。カトウが言う。
「05年に不動産登記法が改正されて、土地の権利証が廃止された。これによってほとんどの不動産は12桁の『登記識別情報』でデータ化された。だが、古い建物や所有者の意向でいまだにデータ化されずに紙の権利証で管理されている土地がある。
『海喜館』の土地がまさに紙の権利証で管理された土地でした。紙の偽造は地面師にしてみたら容易いことです。その詐欺のスキームはデータ化以降、もはや地面師の間では当たり前のように定番化されたものですから」
“なりすまし”である偽の地主を用意する地面師たちは、不動産取引で本人確認に用いられる「書類」の弱点を悪用する。
紙の権利証なら精密な偽造品が作れるし、所有権移転の登記手続きに必要な本人確認書類となる免許証、保険証も偽造可能だ。
事件当時、保険証と一体化したマイナンバーカードはまだ存在しなかったので、偽造された保険証が本人確認書類となった。また、パスポートにも住所が記載されていたため、それも偽造され悪用された(2020年2月以降発行分は住所記載なし)。
登記手続きには印鑑登録証明書が必須だが、これさえ当時はパスポートや保険証があれば勝手に改印できてしまった。勝手に改印してしまえば、用途は「詐欺」でも、実質「本物」の印鑑登録証というカードと、それによって印鑑登録証明書も発行できてしまう。
不動産取引では仮登記(将来の権利変動の予約のようなもの)と本登記(予約からの正式な登記)の2段階があり、「仮登記の際は土地の権利証の添付が不要」というポイントも狙われた。
本登記の際には権利証の原本などの提出が必要だが、本人による事前通知制度や公証役場により本人確認などの書類の提出を行ったり、司法書士などの代理人による本人確認情報の作成などにより提出をせずに申請が通る。
積水詐欺事件においては地面師グループによる「原本を提出できない複雑な事情」の理屈と、弁護士作成の本人確認情報により受付が進められたことも、巨額の詐取金が犯行グループの手に渡った理由のひとつである。
積水詐欺事件では17年4月に、地面師グループの用意した偽の地主が株式会社IKUTA HOLDINGS(後に株式会社IKUTAに変更)を仲介して積水ハウスと売買契約を結び、手付金の支払いと仮登記がなされた。
積水はこの土地を買取後、同社のマンションブランドのなかでも資産価値が高いとされるシリーズのひとつ「グランドメゾン五反田(仮称)」を建設する予定だった。同年6月1日に本登記の申請が受付された。残金が決済されて、結果的に計約55億円が犯行グループ側に渡っている。
その後、“本当の所有者”の側の「不正登記防止申出」により東京法務局内で実態調査が行われた。そこで申請書類のひとつである国民健康保険被保険者証のコピーが偽造書類のコピーだと発覚し、本登記受理から約1週間後の同年6月6日に申請が却下され、事件が発覚したのだ。
積水ハウスが詐欺被害を「分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして」というプレスリリースで発表したのは17年8月2日。警視庁への被害届が受理され、メンバーらの逮捕劇が始まったのは翌18年10月からとさらに先になる。
この間の経緯は、20年12月になって積水ハウスが公表した総括検証委員会による「総括検証報告書」や関連書籍で詳述されている部分もあるが、カトウについての言及は少ない。単純にカトウが事件の表舞台に出てこない“末端構成員”だったことが理由だが、「連絡役」という役回りゆえに、主犯格、商談の現場に赴く交渉役、そしてなりすましの役者とも接していたカトウの証言は、興味深いものだった。
検察庁でカトウ自身が受けた取り調べの供述調書(以降「検面調書」)の確認や他の関係者への証言の裏取り取材も進めた結果、私なりに見えてきたのは、事件が多数の人間の思惑が絡み合う複雑な構造になっているだけでなく、要所要所で極めて“突発的”な、いきあたりばったりな動きがあったという実像だった。
カトウの目線に立って登場人物を整理しながら、まずは17年4月の売買契約に至るまでにどのような“準備”がなされたのか、その経緯を見ていく。
「“役者”になれそうなおばさんが見つかったから、会いに行って写真を撮り、名前を書いた紙を持ってきてほしい」――
カトウが東京・町田に呼び出され、ある人物からそう指示を受けたのは、16年12月のことだった。この夜が、不動産ブローカーをしていたカトウが積水詐欺事件に関わる最初のきっかけとなった。指示をした人物からは「これは内田マイクたちがやってる物件だ」「役者がいないから、こっちで用意することになった」とも告げられた。
海喜館の土地をめぐる地面師の計画が具体的に動き出したのは、この直前のことだとされる。その流れを追っていく前に、まずは事件の「主犯格」として逮捕・起訴され、有罪判決が下った3人について簡単に説明しておく。
・内田マイク(逮捕当時65歳、懲役12年)
海喜館の土地に最初にツバをつけたのが、地面師として警視庁捜査2課(詐欺や汚職など知能犯罪担当)からマークされていた内田だった。
「マイクさんは最初、海喜館の土地を地上げしようと動いていたものの、地主になかなか会えずにいました。そこで偽造の権利証を作るなど、詐欺計画に傾いたと聞いています」(カトウ)
内田は地面師として様々な事件のウラで暗躍していた「常習犯」だった。マイクは本名である。
内田や高橋などの偽名で1990年代から不動産ブローカーとして活動しながら、地面師詐欺にも関与していた。積水詐欺事件前にも別件で受刑歴があり、15年11月には杉並区内の駐車場オーナーになりすまして土地を売却し、億単位の金を詐取した事件で逮捕されている。実刑判決が下っていたが、被害者へ賠償したことで減刑され保釈されていた。
・カミンスカス操(同59歳、懲役11年)
先に述べたように、私とカトウが知り合うきっかけにもなったカミンスカスは、事件当時は小山操を名乗っていた。マンションデベロッパーの会社員だった時に、脱税事件で逮捕・実刑判決を受けた過去がある。その後は別件の不動産を巡る詐欺に関与したとされ、積水詐欺事件においては土地を勝手に売りさばく「前周り」を担った。
・土井淑雄(同63歳、懲役11年)
土井は地面師というより、法律知識や人脈の広さなどを武器に他人のトラブルに介入して解決金を得る“事件屋”のような存在として知られていた。積水詐欺事件においてはカミンスカスやカトウへの指示を出すリーダー的存在だった。
建築や内装、日用雑貨の輸入販売などを手広く手掛ける会社を経営していた土井は、15年7月に墨田区の都営新宿線森下駅近くにあったサハダイヤモンドビルの3階に事務所を借りていた。この事務所は「地面師たちのアジト」と呼ばれ、犯行グループの多くが出入りした。そして積水詐欺事件の詐取金ほぼすべてが、ここに集められた。
この3人を中心にしながら、多数の人間が絡む計画はどのように進んでいったのか。カトウはそこで何を見て、何を聞き、何をしたのか。
(河合 桃子/Webオリジナル(外部転載))