災害大国と言われる日本。
東日本大震災から15年を経た今でも、南海トラフ地震や富士山噴火などが懸念されている。被災すればそれまでの日常は激変し、自宅を追われて避難所での生活を強いられることにもなるだろう。
避難所では、苦境に立たされた住民同士が支援を受けながら、寄り添い支え合って行くのが本来の姿であろうと思われるが、無防備な環境や疲弊した心身を狙った盗難や詐欺などの犯罪も発生している。
なかでも、もっとも深刻と言えるのが、女性の性被害ではないだろうか。今回、筆者は次の4つのケースについて取材した。
1:ボランティア男性から被害をうけたボランティア女性
2:ボランティア男性から被害をうけた被災女性
3:被災男性から被害を受けたボランティア女性
4:被災男性から被害を受けた被災女性
いずれも、これまで泣き寝入りを余儀なくされた女性たちだが、「被害を明るみにすることで長年抱えた闇から抜け出したい」「女性に対する注意喚起になれば」という思いから取材を受けてくれた。
まず、1のケースに該当する、現在北関東で暮らしているA子さん(30代)。彼女は大学生の頃、ゼミの仲間に誘われて災害ボランティアに参加し、東北の被災地に向かった。
「私は避難所で主に被災者のお世話をしていました。高齢の方の生活介助をしたり、食料などの支援物資を配ったりといった活動です」
裕福な家庭に育ち、これまで「親や周囲に甘えてばかりいた」というA子さんにとって、「誰かの役に立てること」はやり甲斐と共に喜びでもあったという。
「被災者の方に感謝されることで有頂天になっていた私は危機管理という意識がすっぽり抜けていたのだと思います」
そう当時を振り返るA子さんが性被害にあったのは、現地に入って1週間ほどが過ぎたころだった。夕食を配り終えたA子さんが避難所の周りを歩いていると、ボランティア仲間の男性が声をかけて来た。男性は、親しくなった地元の支援者の家に食事に行くところだと話した。
「『学生ボランティアに対する慰労会みたいなものだから、キミも来ないか?』と誘われたんです。『支援者の人たちもお礼を言いたくて会いたがっている』と言われて、つい舞い上がってしまい、そのまま彼の車に乗り込んでしまいました」
だが、車が向かったのは支援者の家ではなく、人気のない工場の跡地だった。
「そこに車を停めて、私は彼に襲われました。自分のバカさ加減に気づいたところで後の祭りです。寝不足と疲労で体力が落ちていた私に彼をはねのける力は残っていませんでした」
行為後、男はA子さんを避難所まで送ると、そのまま車で走り去って行ったそうだ。
「名簿を見たら、彼はその日でボランティア期間を終了するメンバーでした。置き土産のように私をレイプしたんです」
車内で暴れた時に首を強打したA子さんは、一晩中耐え難い痛みに襲われた。
「翌日、回診に来ていたお医者さんに診てもらったら『ムチウチみたいな感じだね』と告げられました。首が動かせなくなった私は、そのまま帰京することにしたんです」
ボランティア活動のレポートを大学に提出することになっていたA子さんだったが、性被害がフラッシュバックするため、書くことができなかったという。
「レポートどころか、一緒にボランティアに行った仲間の顔を見るのもイヤで大学を中退しました。私は自分の運命を恨むだけでは満足せず、大学まで憎悪の対象にしてしまったんです」
「自分の運命を恨んだ」女性は他にもいる。
2のケースに該当するB子さん(30代)。彼女が性被害にあったのは高校生の時だったという。
「相手は東京からボランティアに来ていた40歳くらいの男性でした。アニメの話で意気投合したのをきっかけに、親しく話すようになったんです」
支援物資の仕分けを担当していたという男性は、B子さんやその家族に優先的に食べ物や日用品を渡してくれたという。
「いつも優しくしてくれたし、穏やかな人だったので、私はすっかり気を許していました」
ある日の夜、支援物資が運ばれて来たトラックで作業をしていた男性は、トイレから出て来たB子さんに物陰から声をかける。
「何だろうと思ったら『今日届いた支援物資の中にB子ちゃんの好きな●●(アニメキャラクターの名前)の洋服があったよ。こっそり抜いて隠してあるから一緒に取りに行こう』と言うんです。私はろくな着替えも持っていなかったし、特別扱いされたことが嬉しくて、ついて行ってしまいました」
男性はB子さんを支援物資が保管されている倉庫に連れ込むと、彼女を羽交い絞めにし、積み上げられた段ボールの上に押し倒した。
「すぐにタオルを口に押し込まれたので声が出せませんでした」
それまで「優しいおじさん」だった男性が別人のように豹変したことにショックを受けて放心状態になっていたB子さんは、「身体にまったく力が入らなかった」と語る。
「今まで経験したことのない痛みと恐怖でした。このまま殺されるんじゃないかと思ったくらいです」
欲望を満たした男性は散らばった段ボールをかき集めると、それを布団のようにB子さんに掛けながら、
「一緒に戻ったら怪しまれるから、しばらくそこで隠れていろ。誰かに話したら、恥をかくのはお前とお前の家族だからな」
という捨て台詞を残してその場を去ったという。
「お尻の下に敷いていた段ボールに血がついていて、悔しくて泣きそうになりました。でもその時の私は、自分の身に起きたことを誰にも知られたくないという気持ちのほうが強かった」
その後、男性は何事もなかったかのようにB子さんに接して来たそうで、彼女は極度の人間不信に陥った。
「男性恐怖症にもなりました。特に中年男性の体臭に嫌悪感を抱くようになってしまい、すれ違っただけで吐き気が止まらなくなりました」
食欲もなくなり、眠ることもできなくなったB子さんは高熱を出して病院に搬送されているが、退院して来た時にもう男性はいなかった。
「あれから15年たちましたが、性経験は後にも先にもあれだけです。なんで私がこんな目にあうのかと自暴自棄になって自殺を考えたりもしましたが、震災で亡くなった人たちのことを思うと、せっかく生き残った命をムダにしてはいけないと思いとどまっています」
「命が助かっただけでもありがたい…」それは被災者なら誰しもが考えることかも知れないが、なかには、その被災当事者から被害を受けた女性もいる。
3のケースに該当するのは、C子さん(40代)。看護師をしていた彼女は、勤めていた病院に辞表を出してまで、被災地に赴いている。
「ボランティアに行きたいと言ったら院長に大反対されたので、辞めるしかなかったんです。学生時代、旅行が趣味だった私にとって被災地は何度も訪れた思い出の場所でした」
C子さんは避難所だけでなく、支援のため被災者の自宅も訪れた。
「医者の数が足りなかったので、被災者の方の体調管理もしていました。持病を持っている被災者のバイタルチェックが主な役目でした」
そんなC子さんが性被害にあったのは、まさに往診先でのことだった。
「60代の男性です。被災のショックから精神状態が不安定だったので、目が離せないと思って、つい長居してしまったのです。急に攻撃的な様子になったなと、警戒した途端に襲いかかって来ました」
C子さんは格闘技経験者だったが、それでもかなわなかったそうだ。
「60代とは思えない力で、飢えた獣のようでしたね。栄養状態も良くなかったので、まさか襲われるとは思っておらず、油断していました」
幸い射精には至らなかったようだが、C子さんが身体を引き離すと、男性は泣きわめきながら部屋の中を転げ回ったという。
「ケガでもしたら大変と、押さえつけるのに必死で自分のことにかまってはいられなかった」と話すC子さんだが、その後、冷静になった時には涙が止まらなかった。
「悲しいとか悔しいというのもありましたが、それ以上に情けない気持ちでした。自分に対してもそうですし、相手に対しても、です」
未曾有の災害を経験したのだから、まともな精神状態でなかったとしても無理はない――。C子さんはそう考えて自分を納得させるしかなかったようだ。
被災者なら誰もが少なからず心に傷を負っているが、その傷をさらにえぐるような性被害を受けたのは、現在も被災地で暮らす、D子さん(50代)。彼女は70代の義両親と子どもを連れて、避難所で暮らしていた。
「義両親はともに神経質なところがあって、避難所での生活に疲れ果てていました。『口に合わない』と言って食べ物を受け付けようとせず、常に不眠気味で泣いてばかりいたんです。私の目には心身ともに限界が来ているように映りました」
異変が起きていたのは義両親だけではなかった。
「小学生だった子どもたちもストレスからか、おねしょをしたり、チック症状が出たりしました。連絡がつかないままだった夫の安否も常に気になっていました」
追いつめられて行くD子さんに、あるとき、被災者だという男が声をかけてきた。
「その男性は被害の少なかった地域にある宿泊施設の経営者でした。私たち一家の様子を見て、『特別にうちに連れて行ってやってもいいぞ』と言ってきたんです。『風呂にも入れるし、できたてのメシも食えるぞ』と」
D子さんは「家族に少しでも楽をさせてあげたい」という一心で、男の申し出を受けることにした。
「それで避難所を統括している方に、『親戚が来ているので、一緒に自宅を片付けて来る』とウソをついて、家族みんなで男性のところに行ったんです」
男性の宿泊施設で食事をし、入浴もできた。家族がふかふかの布団で寝息をたて始めた頃、D子さんはあらためて男性にお礼を言いに行った。
だが、自室にいた男性はD子さんを招き入れると「お礼はアンタでいいよ」と不穏な言葉を口にする。
「それが何を意味するかはわかっていました。当然拒否するつもりだったんですが、私が言葉に詰まっていたら『イヤなら今すぐ、みんな揃って出て行ってもらうぞ』と脅されて、言いなりになるしかありませんでした」
これは脅迫をもって行われた立派な性暴力だが、目的を遂げた男性は「これは合意だからな」と念を押すような言い方をしてきたという。
「ふざけるな、と思いました。でも警察に駆け込んだところで不同意だったという証拠はないし、逆に私たちの身勝手な行動が明るみになって、周りから白い目で見られるだけなんじゃないか、と思ったんです」
悪い夢を見たと思おう――D子さんがそう思い続けていたところに、夫の死亡が知らされる。
「罰が当たったんだと思いました。苦しい思いをして亡くなったであろう夫から、『お前も苦しめ』と言われている気がしましたね」
「東日本大震災女性支援ネットワーク」が2011年11月から2012年12月までに行った調査では、確かに複数の性被害が報告されている。だが、それは氷山の一角でしかない。今回、取材に応じてくれた女性たちのほかにも、沈黙を続けるしかなかった人は少なくないだろう。
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