2月の衆院選において、結成直後の新党「中道改革連合」から出馬し、落選した候補者たちは今、何を思うのか。彼らに後悔の念はあるのだろうか。
【映像】「5爺」と話題になった中道の結成会見(実際の様子)
ニュース番組『わたしとニュース』では、立憲民主党にも公明党にも基盤がない中で選挙戦を戦い、東京17区で敗れた反田麻理氏をスタジオに招き、落選候補者たちの現状や立候補の背景について、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指す「FIFTYS PROJECT」代表の能條桃子氏とともに深掘りした。
2月の衆院選で結成されたばかりの中道から出馬した反田氏は、全くの無名からの挑戦だった。出馬した東京17区で自民党の平沢勝栄氏に大差で敗北したが、落選後も中道として活動を続けている。
「先は全然見通せなくて、確かに選択肢はあまりないかもしれないけれど…。後悔は全くなくて、失っているのかもしれないけど、私としては失ったものは何一つなかった。(やりたい政策を)嘘偽りなく訴えることができたのは、本当にありがたい経験だった」(反田氏)
早朝の東京・赤羽駅前で、雨の中チラシを配り続ける男性。同じく中道から衆院選に挑んだ中原翔太氏だ。長妻昭氏の秘書を務めた経験もあり支援を受けながら挑んだ選挙だったが、自民党の高木啓氏に敗れた。それでも、中道での挑戦に意味はあったと語る。
「中道で出てよかったと思っている。中道の鉢を割らずに、どれだけ国民の皆さんに信用される政党にしていくかの方がむしろこれから大事」(中原氏)
次の選挙にも挑戦したいという中原氏だが、現状について「現時点で具体的なものはありません」と明かし、落選後の活動は手探りで続けている。
さらに、28歳という若さで政治の世界に飛び込んだ候補者もいる。生理の貧困の支援活動など社会課題に向き合ってきた河野有里子氏だ。政治経験ゼロの中、出馬した京都2区で結果は4位となった。
「中道ができていなかったら出ていなかった。現実は甘くなかったが…」と振り返る河野氏。しかし、すでに前を向いている。
「『中道もう終わりだ』とか『なくなっちゃう』みたいなことを言われるけど、それを見るたびに気分も落ち込む。中道で頑張ろうと思っている私がいるのに、そういう声だけを拾わないでほしい。私が戻るところがないというか、後ろを振り返っても何もないというのが正直なところなので、もう中道と前に進んでいくしかない」(河野氏)
落選後、頼れるものは少ない中で、それでも中道で続けるのか、続けていけるのか、それぞれの道を模索している状況だ。
そもそも、なぜ反田氏は中道を選んだのか。結成会見を見て嬉しかったという反田氏は当時の思いを語る。
「結成会見を見て本当に嬉しかった。ずっと永田町で国会議員の秘書として働いていたので、政治は見ていて、自民党が総裁選でもなかなか子どもの話とか女性の話、普通に生きている私たちの声(がなく)、私たちを見ているのかな?と思うことが本当に多かった」
「批判も多い会見ではあったけれども、このまま高市(早苗)氏の人気に押されて、私たちの声が届かないのではないかと思っていた時に、覚悟を決めた先人たちが新しい党を作って、受け皿になろうと。分断とか対立が前の選挙では煽られていたが、そうではなくて協調する党を作ろうというのを見て、私も続かなきゃと思った」
一方で、結成会見は「5爺」と揶揄されることもあった。
「正直、『やっちまったな』とは思った。引いて見てみれば、やっぱり絵面としておじさんしかいない。ただ、開けてみれば自民党より立憲や公明の方がジェンダー平等は進んでいるし、政策的にも不安は全くなくて。むしろ私たち世代の女性が見えていないなら出て行かなきゃいけないと思った」
「もう一つ、ピンチの時だけ女性を担ぎ出すのは、あまり好きではなくて。ただ、大事なことを決める幹部の中に女性議員がいなかったという事実は本当に猛省すべきだとは思う。今後も変えていかなきゃいけないところだろう」
これを聞いた能條氏は「ずっと受け皿になる野党がない中で、新党が立ち上がることにビビッと来るみたいなのは少しわかるような気がするが、それで立候補まで突き進めるのはすごいと思った」としつつ「議員の秘書をされている中で、正直自民党から出た方が政策が通る、みたいなのは結構あると思う。自分の政策的なスタンスは一旦置いておいて、まずは自民党に入ってできることからやっていく。そうではなくて、こっち(中道)となったのはどういうところだったのか」と疑問を投げかけた。
反田氏は「私が仕えていた議員は無所属だったけれども、野党側の動きとか議員とかいろいろ見ていた。まずは自民党に入って中から(変えていく)というのをよく聞くけれど、実際それも本当に難しいと思っている。中には子どものこととかジェンダー平等とか、もちろん自民党にも『中から変えていくんだ』と一生懸命やっている方がいて、それは一つの道だとは思うけれども、私は野党側からみんなの声を受けて、それを政策に反映するとか法律にしていくというロールモデルがいたので、私はこっちからやりたい、嘘偽りなく訴えることができると。そして中道ができた、『よし、やる!』みたいな」と自身の考えを明かした。
「例えば、選択的夫婦別姓とか同性婚とか、自民党でこれまでずっとできなかったことは、私にとっては当たり前にやらなきゃいけないことだと思っていた。加えて、外交とか安全保障に関しては現実路線で行ってほしいよねと思っているし、そういう声は多くあるというデータもあったので、中道はいけると思った。大きな受け皿になると思って、今でも思っている」(反田氏)
(『わたしとニュース』より)