都内で年間に亡くなる人の数は約14万人。このほぼすべての人が直面する火葬料金の高騰問題に、ついに行政も重い腰を上げた。火葬場に存在する利権構造や業界の因習に切り込んできた本誌・女性セブンが、都議会や取材現場の第一人者とともに火葬ビジネスの最前線を詳報する。
「火葬料金高騰に関する陳情は多いですね。『実家で葬儀をやったときには、あまりお金がかからなかったのに、東京で葬儀をするとどうしてあんなに高いんだ』と、地方と東京を比べたときに格差を実感するかたもいるようです」
こう語るのは、東京都の火葬料金高騰について、都議会で熱心に質問を重ねる関口健太郎都議だ。そんな関口氏だけでなく、関係者が「山が動いた」と口を揃える事態が起きたのは、昨年9月のことだった。
都政担当記者が解説する。
「東京都の小池百合子都知事が『料金を含む火葬場の経営に対して、行政指導できるように法改正を国に求めたい』と述べたのです。
これまで、東京都は東京23区に点在する火葬場の運営は、業者と所在地の区役所の問題という立場でしたが、初めて積極的に介入する姿勢を見せました。火葬料金をめぐる問題は、コロナ禍以降、多くのメディアや都議会で取り上げられるようになり、小池都知事もその声を無視できなくなったのでしょう」
都内に6つの火葬場を持ち、7割強のシェアを握るのが「東京博善」だ。親会社は東証プライム上場企業の広済堂ホールディングス。売上高こそ140億円程度の規模ながら、東京博善は営業利益約51億円をたたき出す、超優良企業である。
こうした盤石の経営状況にありながら、同社は燃料費の高騰などを理由に、近年、火葬料金の値上げを続けている。現在、東京都の火葬料金は約9万円で、2020年の5万9000円から、約53%高騰している格好だ。
「東京の火葬料金については、この東京博善の存在を抜きには語れません。全国の約97%の火葬場は公営であり、その料金は住民へのサービスとして、比較的安価に抑えられています。しかし、民間企業である東京博善に公金は入っておらず、住民サービスのために赤字に転落することは経営上許されません。
多死社会を迎え、火葬の需要は2065年まで増え続けるという試算もある。もはや火葬は公共インフラとなっていますが、東京23区ではその担い手が民間企業であるという”ねじれ”が生じているのです」(都政関係者)
なぜ東京23区だけ多くの火葬場が民営であり、料金が高騰し続けるのか──。
その背景を紐解くため、日本の火葬史と葬送のタブーを追ったノンフィクション『火葬秘史』を上梓したジャーナリストの伊藤博敏氏が解説する。
「日本では古くから『死』を『ケガレ』とする概念があり、ケガレを忌避する習俗から火葬場は”好まれない”施設として、社会の片隅に追いやられてきました。
しかし明治時代、政府の要請に応じて火葬場の移設に手を挙げたのが、明治の政商・木村荘平です。事業意欲が旺盛で、『大べらぼう』で『桁外れの奇漢』と称された木村は、当時、火葬と同じくタブー視されていた食肉事業で成功を収めた財産をもとに東京博善を設立し、火葬ビジネスに乗り出します」
東京の街作りが未完成の段階から、火葬ビジネスに参入した東京博善。昭和初期までに都内に6つの火葬場を持ち、現在とほぼ同じ規模を確立した。つまり、東京博善が都内の火葬場を独占できるのは、行政の骨格が形作られる戦前から、火葬場の運営に従事していたからだ。
一方、木村の死後は、浄土真宗や日蓮宗など複数の僧侶たちが役員に名を連ね、利益を考えない「宗教経営」に移行するが、昭和末期にはそうした体制も終焉を迎える。
「火葬独占の収益性に着目したのが、田中角栄の”刎頸の友”といわれた小佐野賢治でした。しかし、小佐野は東京博善を手中に収めた直後から身内に不幸が続いたため、同社の株式を廣済堂(現在の広済堂)の櫻井義晃に譲ります。
櫻井は、政治家から右翼、暴力団にまで幅広い人脈を築き、『昭和の怪商』といわれた人物。この櫻井のもとで、火葬場をホテルのように作り替える”近代化”を推し進め、収益の基盤をより強固なものとしました」(伊藤氏)
火葬ビジネスが高い収益性を持ちながら、昭和史に名を刻む豪腕経営者にしか手が出せなかったのは、前述のように、火葬場がアンタッチャブルな存在だったからだ。
しかし、2008年に遺体を棺に納める納棺師を主役とした映画『おくりびと』が世界的な評価を集め、日本人の意識に変化が生じるようになると、東京博善は資本市場の荒波に襲われる。
「きっかけは、当時の廣済堂に米投資ファンドがTOB(株式公開買い付け)を仕掛けたことでした。そこに参戦したのが村上ファンドの村上世彰氏や爆買いの仕掛け人で中国人実業家の羅怡文氏、麻生グループの麻生巌氏ら。熾烈な争奪戦を制したのは羅氏でした。
後に、彼は私の取材に対し、『買ったのは経済合理性によるものです。単純に株価が安く、いい投資先でした』と語っています。
羅氏からすれば、昨今の火葬料金の値上げも当然の帰結なのでしょう。燃料費が高騰しているのだから、値上げは必要だというシンプルな発想なのです」(伊藤氏)
中国人実業家のもとで合理化の道を邁進する東京博善。しかし、小池都知事の号令で、その立ち位置にも変化が生じそうだ。
「東京都の関与が進めば、当然、料金値下げへの圧力も強まるでしょう」(前出・都政担当記者)
前出の関口都議は、火葬場に対し、東京都の支援と管理が必要だと主張する。
「これからは『金も出すが、口も出す』という姿勢が大切。火葬炉の修繕に補助金を出したりする一方、値上げを認可制にするなど、料金のチェック機能を高める条例を作って、火葬場の”準公営化”を進める必要があると考えています。また、公営の火葬場の新設も今後の課題でしょう」
現在、日本人の99.9%が火葬され、骨となる。火葬場が公共インフラの1つであることは言を俟たないだろう。
明治の政商にはじまり、多くの男たちの手によって変遷を繰り返してきた火葬ビジネスは、いままさに新たな変革の時を迎えている。
※女性セブン2026年2月12日号