痛めると屈むことさえままならなくなる……。人生100年時代、健康長寿を全うするには「股関節」が“命綱”だ。だが、年を重ねると、股関節痛を訴える人は増えていく傾向にある。最終的には手術しかないのか。否、「究極の体操」で対処可能な場合もあるのだ。【高平尚伸/北里大学大学院医療系研究科整形外科学・スポーツ医学・リハビリテーション科学教授】
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【写真を見る】股関節痛に効く「究極の体操」とは
年を取ると、体のいろんな所に不具合が出てくるものです。とりわけ感じるのは「股関節」ではないでしょうか? 股関節痛でスタスタと歩けない。特に冬は、気温が下がるのに伴い体も冷え、股関節痛が一層ひどくなる。痛くてしゃがむのさえつらい……。股関節痛を訴える人は50代以降の女性に多く、加齢とともに増加していきます。
人生100年時代にできるだけQOL(生活の質)を維持するためには、自足歩行が極めて重要になってきますが、例えば股関節を骨折した人の5年後の生存率は約50%にまで低下してしまいます。「股関節の健康」を保つことがいかに「健康な人生」にとって大切かがお分かりいただけると思います。
そこで股関節を痛みから守るためにみなさんにお勧めしたいのが、今日からすぐにできる体操です。道具いらずで、特別なテクニックも不要。私の患者さんの中には、毎日熱心に続けていたら股関節の痛みがなくなったという人がかなりいるのです。
〈こう力強く説くのは、股関節外科学が専門の高平尚伸医師だ。
北里大学大学院医療系研究科整形外科学/スポーツ医学/リハビリテーション科学の教授を務める高平医師は、推定患者数が最大で500万人超とされる変形性股関節症の最小侵襲手術(MIS)のオーソリティーであり、またリハビリテーション学の権威でもある。手術、リハビリ双方に精通しているからこそ、高平医師は「手術でなくても症状を改善できる患者さんもいる」と述べる。〉
私の外来を受診する患者さんには、「ほかの病院で手術しかないと言われました。やっぱり手術しないとダメですか?」と聞いてくる人が少なくありません。確かに、画像検査などで手術がベターと判断する患者さんもいます。しかし、中には「ちょっと待てよ」と思う患者さんも結構いるのです。
そんな患者さんには、私が考案した股関節痛軽減のための体操「3Dジグリング」をまずはお勧めしています。手術が嫌だとおっしゃる患者さんほど、熱心に取り組みます。するとだんだん痛みが軽減し、そのうち画像検査で軟骨や骨の再形成(リモデリング)が確認されるようになるケースがあるのです。手術の適切なタイミングは逃さないでほしいものの、その前にやってみる価値のある体操が3Dジグリングです。
やり方はこうです。足を肩幅に広げて立ち、両手を股関節の上にあて、両膝と股関節をやや深く曲げて腰を落とします。その状態で、痛くない範囲で腰をしなやかに大きく360度回します。イメージするのは、フラダンスの腰の回し方です。腰を軸にし、背筋をまっすぐに保つと回しやすいでしょう。
1分ほどかけてゆっくりと右回りを10回。終わったら、また1分ほどかけて左回りを10回。これを1セットとし、朝昼晩に各1セット、1日に3セット行います。
こんなシンプルな体操で、股関節痛が軽減するのか、不思議に思われる人がいても当然です。しかし、この体操で股関節の軟骨や骨の再形成が促されることは画像検査で確認しており、そればかりか、手術すら困難な変形性股関節症がジグリングで著しく改善した2例については論文も発表しています。
なぜこの体操を私が推すのか。これから分かりやすく説明していきましょう。
歩く、走る、立ち上がる、しゃがむといった動作すべての要となるのが、股関節です。股関節は骨盤と太ももの骨をつなげる関節です。骨盤にはお椀のように凹んだ部分があり、太ももの骨の先はボールのような形をしています。お椀部分を「寛骨臼(かんこつきゅう)」、ボール部分を「大腿骨頭(だいたいこっとう)」と言います。お椀にボールがはまり込むことで、足が前後左右に動き、ぐるりと回すこともできるのです。寛骨臼と大腿骨頭の接続部はそれぞれクッションのような軟骨で覆われ、骨同士が直接ぶつからないようになっています。
股関節は常時、上半身の重みを受け止めている部位でもあります。両足で立っているだけでも左右それぞれ体重の0.6~1倍の重みがかかっています。片足立ちになると体重の3~4倍。歩くときは体重の3~4.5倍、走ると体重の4~5倍、階段の上り下りで体重の6~8倍。普通に日々を送っているだけでも、股関節は頑張って重さに耐え続けているわけで、生活の仕方、または肥満、激しいスポーツなどで、股関節はかなりのダメージを受けてしまいます。
股関節が受けるダメージは、「股関節の軟骨のすり減り」という形で現れます。クッション的存在の軟骨がすり減っていくと、骨同士が直接ぶつかり合うようになって、やがて変形が進行していく。この状態を変形性股関節症と言います。
軟骨がすり減り骨が変形していくと、股関節の周りに炎症が起こり痛みが生じます。股関節痛の原因は変形性股関節症に限ったことではありませんが、股関節に違和感や痛みがある場合、中高年女性であれば9割以上、全体でも約8割が変形性股関節症といわれています。
変形性股関節症の典型的な症状は次の通りです。番号の数字が大きくなるにつれ、軟骨のすり減りが進行していると考えてください。
(1)歩いているときに、股関節に引っかかるような違和感を覚える。
(2)立ち上がりや歩き始めに股関節が痛む。
(3)長時間歩くと、足の付け根に痛みを感じる。
(4)椅子に座っているときに股関節に痛みがある。
(5)階段を上り下りするとき、手すりが必要。
(6)床や畳から立ち上がるとき、つかまるものが必要。
(7)しゃがむのがつらい。和式トイレの使用が困難。
(8)靴下を履いたり、足の爪を切ったりという動作が困難。
(9)安静にしていても股関節が痛む。寝ているときにも痛むので熟睡できない。
(10)歩行が困難。
(9)や(10)にまで至ると、残念ながら保存療法(手術以外の方法)だけではなかなか良くならず、手術の検討が必要となります。ですから、痛みが少しでも軽いうちに、冒頭で紹介した3Dジグリングを始めてほしいのです。さらに言うなら、痛みがなくても、3Dジグリングを始めてほしいと思います。
なぜなら、生まれつきあるいは成長の過程で股関節痛が生じやすい骨の構造をしている人が日本人には多いからです。変形性股関節症患者の9割がそれに該当するという報告もあります。
どういう構造かというと、骨盤のお椀(寛骨臼)の凹みが浅いのです。すると、お椀と接する大腿骨頭の面積が狭くなり、その特定の部分に体重の重みが集中するため、軟骨がすり減りやすくなる。若いときはそれでも問題がないのですが、年齢を重ねるにつれてすり減りが進み、違和感や痛みといった症状が出てきます。
生まれつきのお椀の凹みの浅さを、医学的には寛骨臼形成不全と言います。レントゲン検査で診断できますが、股関節に痛みがない段階で整形外科を受診し検査を受けようとは思いませんよね。現在は異常なしでも、今後はどうなるか分からない……。まさに転ばぬ先のつえとして、この体操をお勧めするゆえんです。
3Dジグリングには、ほかの体操やストレッチにはない利点があります。それは、「4大筋膜ラインを同時にほぐす」「股関節周りの22個の筋肉群をほぐし、強化する」「関節の滑りを良くし、軟骨に栄養を補給する」という三つを一度に成し遂げられるということです。
股関節痛がある人、特に寛骨臼形成不全による変形性股関節症の人は、骨盤が前傾しています。お椀の凹みが浅いと大腿骨頭のはまりが悪くてグラグラするため、骨盤を前方に倒し、大腿骨頭をより多く覆おうとするからです。
これが長く続くと、股関節周囲の筋肉群が屈曲し、縮こまってしまいます。すると股関節を動かしづらくなり、股関節を支える筋肉は衰え、股関節へかかるダメージが増してしまうのです。
つまり股関節痛を改善するには、股関節周囲の筋肉群の屈曲を取ることが不可欠。ところが、股関節周囲の筋肉群は22個もある上、全身の筋肉とつながっているので、ストレッチを一つや二つ行うだけではなかなか屈曲は取れません。効率よくほぐすには、全身の筋肉とつながる筋膜ライン(結合組織のネットワーク)をほぐす必要があります。
筋膜ラインには大きく分けて、体の前面、背面、側面をそれぞれ覆うもの、そして体に巻き付くように覆うものの四つが存在します。これらの四大筋膜ラインを同時にほぐすには、360度すべての方向によどみなく連続的に動かす回転運動が最適です。まさに、股関節を360度回す3Dジグリングです。股関節や膝を曲げるスクワットに近い姿勢を取るので、股関節の筋肉も鍛えられます。
ところで、今お話ししている「jiggling(ジグリング)」とは関節を小刻みに動かすことで、日本語訳は「貧乏ゆすり」。実は、椅子に座り、かかとを上下に小刻みに動かす「ジグリング」が、関節の動きをよくする「滑液」の循環を促し、軟骨に栄養を補給する働きがあると研究で実証されており、変形性股関節症の運動療法として日本整形外科学会のガイドラインでも推奨されているのです。
ただそれだけでは、筋膜ラインや筋肉群への効果があまり期待できませんから、それに前後左右上下の動きを含む立体的な運動をプラスし、「3Dジグリング」と名付けました。人前では行儀がよくないとされる貧乏ゆすりですが、股関節痛対策としては大いに活用してください。
いつでもどこでもできる体操ですが、難点は、継続しないと効果を得られにくいこと。私は患者さんに「最低でも3カ月は続けてください」と伝えています。「朝起きたらまず体操」「歯磨き中に体操」「テレビのCM時に体操」などと決めて、日々の習慣に組み込んでしまうと継続しやすいかもしれません。ただし、症状が重く、3Dジグリングで痛みが悪化するような場合は、無理に続けず、主治医に相談してください。
股関節痛対策には、股関節に負担をかける生活動作をできる限り避けることも欠かせません。「床に座る」「和式トイレでしゃがむ」「しゃがんでモノを取る」「布団の上げ下ろしをする」「正座をする・あぐらをかく」「片足重心で立つ」「足を組む」「急激に体をひねる」などは、いずれも股関節に負担をかけます。股関節痛のことを考えると、日本式の生活よりも、椅子やベッドを使う洋式の方がお勧めです。
股関節に負担をかける、よくある生活習慣としては、「買い物で重い荷物を持つ」「肩に重い荷物をかける」「満員電車で踏ん張る」「犬を連れて散歩する」。全部をなくすことは難しくても、一つ一つ減らしていけば、股関節をいたわることにつながります。
いつも身近に置いておくと便利なのが、柄の長いマジックハンド、もしくは挟む部分が広い火ばさみ。床に落ちたものを持ち上げるときも、深くしゃがまずに済みます。火ばさみは、先端部分に布テープを巻いておくと安全です。靴下を履くときは、椅子に座った状態で靴下を履けるソックスエイド(前かがみになれない人をサポートする自助具)を利用するといいですよ。
靴は、歩行時のクッション性が高いソールのものを。足の甲の周りに余裕があるものがよく、股関節痛でかがむのが大変な人は、マジックテープで留めるタイプのものが履きやすいです。
スポーツに関しては、やり過ぎると股関節に負担がかかり、やらな過ぎると筋力が落ちてやはり股関節に負担がかかります。股関節痛があるうちは水中ウォークや軽いウォーキングにとどめ、股関節痛を克服したら好きなスポーツを、ちょうどいい範囲で行うようにしてください。違和感や痛みを感じる強度は論外、やった後に「股関節の辺りが重くなる/動かしづらくなる」場合は、強度を下げましょう。
変形性股関節症は、手術が大きな効果をもたらす病気でもあります。人工股関節に置き換える人工股関節全置換術を受けると、「どちらの足の股関節が痛かったか思い出せない」という声も上がるほど、痛みが消えます。しかし手術の前にやれることはたくさんある。ぜひ、日々体重の何倍もの重さに耐え、必死に頑張っている股関節をいたわり、ケアしてあげてほしいのです。
高平尚伸(たかひらなおのぶ)北里大学大学院医療系研究科整形外科学/スポーツ医学/リハビリテーション科学教授。股関節痛におけるセルフケアの重要性の啓発に力を入れるとともに、患者自身が簡単にできる運動療法の指導にも当たる。日本股関節学会理事、日本整形外科学会専門医、日本人工関節学会認定医。
「週刊新潮」2026年1月29日号 掲載