日本国内で猛威を振るう匿名・流動型犯罪グループ、通称「トクリュウ」。実行役が手を染める特殊詐欺や強盗の背後には、海外に拠点を置き、莫大な資金を吸い上げる巨大な指示役が存在する。
その「元締め」とも目される組織に対し、2025年10月、米国政府が動いた。組織の名は『プリンス・ホールディング・グループ』(以下、プリンス・グループ)。カンボジアを拠点とする巨大財閥である。
米国財務省と司法省は、同グループを「多国籍犯罪組織」と認定。人身売買、監禁、拷問、そして投資詐欺を産業規模で行っていたとして、グループ総帥の陳志(チェン・ジー、38歳)会長らを起訴した。
だが実は、米国が「多国籍犯罪組織」と断じたこの巨大財閥と、日本の外交当局との間には接点があった。駐カンボジア日本大使が同グループの関連施設を視察していたのである。
今から2年半前の2023年7月26日、プリンス・グループはあるプレスリリースを配信した。タイトルは〈植野篤志駐カンボジア日本大使がカンボジアのプリンス・ホロロジーで〉。
リリースには、1枚の集合写真が掲載されている。プノンペンにある同グループ傘下の時計職人養成学校「プリンス・ホロロジー職業訓練センター」で、白衣を着たカンボジア人の若者たちに囲まれ、中央で柔和な笑みを浮かべるのは、駐カンボジア特命全権大使・植野篤志氏だ。
一見、国際親善に見える光景だが、リリースに記された出席者の名前を見ると、単なる学校見学とは異なる様相を帯びてくる。犯罪組織として指弾されるグループの幹部たちが、日本の大使一行を「歓迎」していたことが明記されているからだ。
リリースによれば、この日、書記官2名が植野大使に同行した。そして一行を出迎えたのは、プリンス・ホールディング・グループの取締役兼事務局長、同グループ不動産会社・プリンス・リアル・エステート・グループのCEOら、組織の重鎮たちだった。
さらにリリースには、植野大使がこの視察で語ったとされる、同グループへの賛辞も紹介されている。
「産業人材の育成強化はカンボジアの経済発展のために重要だと考えており(中略)プリンス・グループの訓練センターにおいて、カンボジアの発展に貢献する優秀な人材が育成されることは素晴らしい取組みだと思う」
この発言と写真は、視察の翌日、同グループの公式プレスリリースとして配信された。この公式訪問は、グループにとっては「日本政府によるお墨付き」を得られ、幹部らが特命全権大使と直接接触する機会を持てたという意味で、大きなメリットがあったと思われる。
企業としてのプリンス・グループは日本人にはほとんど知られていないが、カンボジアでは有名な超巨大企業だ。首都プノンペンには、一等地にそびえ立つ本社ビルをはじめ、銀行、航空会社、ショッピングモール、高級ホテルなど、彼らの名がついた施設が並ぶ。中国系カンボジア人のチェン・ジー会長が率いるこのコングロマリットは、表面上はカンボジア経済を牽引している存在だが、米国司法省が公開した起訴状では、まったく違う姿が暴かれている。
彼らのビジネスの根幹は、高い壁と有刺鉄線で囲まれた「園区」と呼ばれる「詐欺施設」運営にあったとされる。「強制収容所」さながら、人身売買で集められた数千人の労働者をそこに監禁し、「フォン・ファーム(電話工場)」と呼ばれるシステムで、世界中のターゲットに無差別に詐欺メッセージを送信させていた。
米国司法省の起訴状によれば、ノルマを達成できない者には電気ショックなどの拷問が加えられ、チェン会長自身が「(労働力として使えなくなるから)殴り殺すな」と指示していた記録まで残されているという。彼らはこうして巻き上げた犯罪収益を、表向きの不動産事業や金融サービスを通じて洗浄(マネーロンダリング)していた。その規模は桁外れで、米司法省は今回、チェン会長が管理していた資産から約150億ドル(約2兆2500億円)相当のビットコインを特定。すでに米政府の管理下に置いた上で、史上最大規模となる没収訴訟を提起している。
駐カンボジア日本大使館は、純粋に優良企業という認識だったかもしれない。しかし、大使が視察を行った2023年7月の時点で、プリンス・グループは中国国内ではすでに、その違法性が指摘されていたという。
2024年2月の米系メディア『ラジオ・フリー・アジア(RFA)』の報道によれば、中国国内の未公開裁判記録において、2020~2022年にかけてプリンス・グループやその関連社員が関与したとされる違法オンライン賭博と資金洗浄に関する有罪判決が複数出され、判決文には「悪名高い国境を越えたオンライン賭博犯罪グループ」と記されていたという。さらに同報道は、北京警察が2020年5月、同グループをターゲットにした特別捜査班を設置していた、とも伝えている。
つまり、日本の大使がプリンス・グループ傘下の学校を訪問して「素晴らしい取組み」と称賛する数年前から、彼らは隣国・中国の当局から「犯罪組織」としてマークされていたのである。
だが、この「情報力の欠如」が招いた事態は、カンボジア国内の話にとどまらない。プリンス・グループは日本国内にも浸透を図っていたのだ。後編記事『高市首相が対策に躍起になるなか…!カンボジア詐欺組織の黒幕「プリンスグループ」が日本で開いた「一大イベント」』で詳報する。
【つづきを読む】高市首相が対策に躍起になるなか…!カンボジア詐欺組織の黒幕「プリンスグループ」が日本で開いた「一大イベント」