’25年の漢字は「熊」。それほどクマ被害に悩まされた年だった。12月に入っても人里へ下りて来るクマがいて、冬眠をしないクマが増えるのではないかとも言われている。
クマは冬眠中に出産する。冬眠しなくても出産できるものなのか。
「出産するときは落ち着いた場所が必要なので、冬眠している穴の中でないと、出産はむずかしいと思います」
こう語るのは、北海道大学大学院でクマの冬眠や繁殖などを研究し、「ヒグマの会」の会長も務める坪田敏男教授。
冬眠中に出産するのだから、秋ごろに交尾するのかと思いきや、
「クマの交尾期は5~6月ごろですが、受精卵(正確には胚)は子宮内にとどまり、着床しません。これを狠緇加抉筺蹐箸いい泙后C緇欧垢襪里蓮冬眠に入るタイミング。それから2ヵ月の妊娠(胎子発育)期間を経て出産します」(坪田教授・以下同)
どうして、クマは狠緇加抉筺蹐覆匹箸いκ法をとるようになったのだろうか。
「進化の中で起こったことなので、正確なことはわかりません。推測すれば、いちばんいい時期に交尾して、いちばんいい時期に出産するためだろうと思われます」
クマの冬眠は、だいたい11月下旬から4月下旬の5ヵ月間。妊娠期間は2ヵ月で、生まれと後に独りで歩いてエサを食べられるようになるまで3ヵ月かかる。
「独り立ちするときエサがないと死んでしまう。エサ環境がよくなる春に合わせて、クマは1月下旬から2月上旬にかけて出産します。妊娠期間が2ヵ月なので、ふつうなら11月下旬くらいに交尾することになります。
ところが、その時期は冬眠に備えて食いだめをして、脂肪をたくさん蓄えておかなければならない。繁殖のためにエネルギーを使っている場合ではない。そのために狠緇加抉筺蹐箸い戦略をとったのだと思います」
狠緇加抉筺蹐蓮▲マのほかにもミンク、イタチ、アザラシ、コウモリなどでもみられ、いずれも進化の過程で最適な時期に交尾して、最適な時期に出産するために狠緇加抉筺蹐魍容世靴燭里世蹐Δ函坪田教授は言う。
クマの子どもは、生まれたときは数百グラム。手のひらに乗るぐらいの小ささだ。まだ目も開かないし、しっかり歩くこともできない。
「草食動物は肉食獣に襲われる危険があるので、できるだけ成熟した子どもを産み落とします。けれど、クマやイヌ、ネコなどの食肉類動物は襲われるリスクが低いし、小さく産んだほうが出産もラク。なので、小さく産んで大きく育てます」
数百グラムで生まれた子グマが3ヵ月で歩けるようになるのだから、相当な成長スピードだ。
「クマのミルクの成分を調べると、高脂肪、高たんぱく。栄養価の高いミルクを与えて、一気に育て上げます」
この間、母グマは寝たまま。出産しないメスグマより眠りは浅いかもしれないが、排尿も排便もしないという。
「不思議なのは、人間だったら2~3週間寝たきりになると筋肉も骨も衰えて歩けなくなるのに、クマはほとんど変化がない。5ヵ月の冬眠から目覚めたら、歩いてエサを探しに出かけます」
クマの繁殖・冬眠には、まだまだわかっていないことがたくさんあると坪田教授。
「たとえば、着床していない胚がどうやって生きていくことができるのか。おそらく母グマの子宮から栄養を与えているのだろうと思いますが、現在のところ、まったくわかっていません。11月下旬にどうして着床が起こるのかも不明です。そもそもどのようなメカニズムでクマが冬眠するかもわかっていないんです」
クマが冬眠するのはエサがなくなるからではないのか。
「それは理由であって、メカニズムではない。冬眠は特殊な生理機構で、体温が下がりますし、心拍数や呼吸数も下がり、排せつしない。体の中の全部の臓器が生理機能を変えるわけです。そのようなことがどうやって行われているのか、ほとんどわかっていません。
これらを解明するには血液を採取したり、脳波を調べたり、筋肉組織や骨の組織の一部をとったり、実験的なことをやらなければなりません。ただ観察しているだけでは、何もわからないのです」
12月、北海道では99%のクマが冬眠に入ったという。クマの体の中でどんなことが起こっているのか。謎はいっぱいだ。
▼坪田敏男 北海道大学大学院獣医学研究院教授。北海道に生息する大型哺乳類、クマ、シカ、アザラシを対象とした行動、繁殖、遺伝、感染症、生態などについて研究を進めている。とくに、生物多様性の保全をめざした保全医学および保護管理学の視点を重要視している。中でも、クマ類の生理・生態についての研究にもっとも力を注いでおり、冬眠や繁殖など他動物にはないユニークなメカニズムの解明が当面の研究課題。研究者や行政職員、ハンター、一般市民などが参加して人とヒグマの共存に向けて活動する「ヒグマの会」の会長も務めている。
取材・文:中川いづみ