法律事務所で働いていた50代の女性事務員が、上司にあたる80代の男性弁護士からげんこつで殴られるなどのハラスメントを受けたうえ、解雇されたのは不当だとして、地位確認と損害賠償を求めていた訴訟は、東京高裁で和解が成立した。
和解は9月27日付。男性弁護士と共同経営者である別の弁護士が女性に解決金を支払い、女性が退職する内容で、女性側が11月26日の記者会見で明らかにした。
「裁判が終わっても、私の魂が2人を許すことはあり得ません。2人には、そのことを理解して今後生活してほしいし、弁護士という責任ある立場の方々にも理解してほしいです」(女性)
女性が2022年2月7日、横浜地裁に提訴していた。
3月25日の一審・横浜地裁判決(眞鍋美穂子裁判長)などによると、女性は2010年から法律事務所で勤務。男性弁護士からパワハラを受け、2019年3月に病院でうつ病と診断され、同年10月から休職。2021年3月には労基署は労災を認めた。
ただし、労災認定前の2020年7月、女性は解雇されている。
1審判決は、男性弁護士による暴行・暴言によるハラスメントと、セクハラを認め、女性の人格権を侵害する不法行為と認定した。
同判決は次のようにセクハラやパワハラの事実を認めた。
「事務所内でげんこつで、痛みを感じさせる程度の強さで、その頭頂部を殴打するということを継続的におこなっていた」
「『40歳前後の女性は一番性欲が強くなる。そういう時はどうするんだ』などと女性が不快感を覚える性的言辞を述べるなどしていた」
また、休業中の解雇も無効と認め、約960万円(提訴前に男性弁護士から500万円が支払い済みのため、実際の認容額はこれを合算したもの)の支払いを命じた。双方が控訴していた。
解決金の金額など和解の詳細な内容は明かされなかったが、女性側は「ある程度満足している」と述べた。裁判の終結に伴い、男性弁護士に対する刑事告訴も取り下げたという。
精神疾患を発症し、今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しむ中で、和解から会見まで時間を要した理由について、女性は「和解協議中に生きるのを諦めようとして救急搬送され、長期入院することになってしまった」と説明した。
ハラスメントの事実関係について男性弁護士は争っており、すべての訴訟手続きを通じて謝罪することはなかったという。また、男性弁護士らからの解決金がどのような趣旨で支払われたものかは不明だとしている。
女性は「法曹界のハラスメントについて、法律のプロであり、被害に遭った人たちが駆け込む法律事務所、その弁護士が加害者になるのは、私の中でありえないこと」と述べた。
「同じような被害に遭われている方もいるかと思いますが、狭い世界で、強い立場と弱い立場がはっきりしているせいか、我慢せざるをえません」(女性)
女性の代理人をつとめた嶋量弁護士は「弁護士の世界は”ムラ社会”にたとえられ、(訴訟の)相手が弁護士であるということは、非常に勇気がいることだったと私も思います」と振り返る。
「相手が誰であろうと、忖度なく、弁護士の世界は自律的に解決ができるんだと、だからこそ監督官庁もなく、弁護士会の自治が守られているんだと、きちんと弁護士につながれば解決できるんだと、この事件の解決や原告さんの姿を通じて知ってもらえたらうれしい」(嶋弁護士)
法律事務所や弁護士会の使用者(弁護士)による雇用者(事務員)へのハラスメントをめぐって、法律事務所と弁護士会で働く811人の事務職員(うち女性681人)を対象した今年6月のアンケート(全国法律関連労組連絡協議会)では、7.0%が「職場でセクハラがある」、23.1%が「パワハラがある」と回答している。
「弁護士会や法律事務所でも残念ながらパワハラ、セクハラもある。経営者弁護士が雇っている弁護士へのハラスメントも聞くことがある。事務局員へのハラスメントも多数あると考えられる。今回の件をきっかけとして、同じ思いをしている人が少しでも減れば」(女性代理人の佐々木亮弁護士)
「プロを相手に裁判を起こしたり、言葉を投げかけることはものすごく勇気が必要です。私もすごく怖かったです。病気になる前に、立ち向かうなり、逃げるなりしてほしい。自分のためにも、誰かのためにも裁判を提起しました。病気になる前に自分の身を守ってほしいです」(女性)
(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)