静岡県伊東市議会の臨時会が今日(10月31日)10時に開会した。自身の学歴詐称疑惑がきっかけで市議会から不信任決議を出され、市議会を解散した伊東市の田久保眞紀市長は、市議選の結果として前職の議員が全員当選したことを受け、再度の不信任議決がなされ失職することが濃厚となっている。
しかし、元東京都国分寺市議会議員で地方自治法に詳しい三葛(みかつら)敦志弁護士は、臨時会招集前、弁護士JPニュース編集部の取材に対し、「田久保市長はその気になれば、あと7か月、市長の地位に居座ることも可能」と憂慮していた。どういうことか。
地方自治法101条1項は、「普通地方公共団体の議会は、普通地方公共団体の長がこれを招集する」と定め、長に議会の招集権限を付与するとともに義務を課している。これは定例会と臨時会のいずれにも適用される。
三葛弁護士の冒頭の指摘は、長がこの規定に違反し議会を開かなかった場合の罰則がないことが根拠になっている。すなわち、仮に田久保市長が市議会を招集せず、その状態が続いた場合、議会が開かれない状態が、来年5月頃まで続いてしまうリスクがあったということである。
三葛弁護士:「問題は、市長が議会を招集しない場合にペナルティーがなく、しかも、この場合には代わりに議会を招集できる者もいないということです。
市議会議長は、議会運営委員会の議決を経て、長に対し臨時会の招集を請求することができます(地方自治法101条2項)。また、議員定数の4分の1以上で、市長に対し臨時会の招集を請求することも認められています(同条3項)。
それでも、市長が議会を招集しない場合は、市議会議長が、議会運営委員会の議決を経て議会を招集することになっています(同条5項、6項)。
議長及び副議長は、選挙後の初議会において、最も年長の議員が臨時議長として職務を行い、選出されることになっています(107条、103条1項)。それ以降であれば、先ほど述べたような議長による議会の招集が可能となります。
ところが、現在の伊東市のように、市議会議員選挙の直後では、議長も議会運営委員会も選出されておらず、存在しません。
前述のルールはそもそも最初の議会が開かれることが前提であるため、議会が招集されない場合には適用の余地がありません。そして、臨時議長はあくまで臨時であるため、現行法上、議会の招集はできません。
結局、田久保市長が議会を招集しなかった場合、議員たちにはなすすべがありません。現行法のしくみの上では、在任中ずっと、議会を招集しないことも可能になってしまいます」
議会が開かれないことにより、どのような弊害が考えられるか。
三葛弁護士:「行政活動は本来、議会が定める条例に基づいて行われます。また、予算は議会の承認により執行されます。さらに、議会による行政に対するチェック機能も重要な役割です。
もし議会が開かれなければ、それらの活動がすべてストップしてしまいます。
例外として、『特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき』など、一定の場合には、長には議会の議決を経ずに『専決処分』を行う権限が認められています(地方自治法179条1項)。予算についても専決処分を行うことが可能です。
しかし、市長みずから敢えて議会を招集しない場合は、『特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき』とはいえないため、究極的には住民訴訟により専決処分自体が無効とされる可能性があります。
専決処分は、事後に議会に報告して承認を得なければならず(179条3項)、条例制定や予算に関する重要な内容が議会で否決されたら、速やかに是正のため必要な措置を講じなければなりません(同条4項)。
こうした制度を『悪用』すると、一時的にではあれ、長の独裁がまかり通ってしまうことになります。いずれにしても、市政が停滞し混乱を招くのは必至です」
もし、市長が議会を招集せずに居座った場合は、現行法上、どのような方法が考えられるか。三葛弁護士は、「結局、市民の請求によりリコール(解職投票)を行う方法しかなさそうです」と指摘する。
三葛弁護士:「リコールは、その自治体の有権者のうち一定数の署名を集めれば選挙管理委員会に解職投票を請求でき、そこで有効投票総数の過半数が賛成すれば、長が解職となる制度です(地方自治法13条2項、81条、83条)。
伊東市の有権者数は5万6955人なので(10月18日現在)、その3分の1にあたる1万8985人以上の署名を集めればリコールを請求できるイメージです。
しかし、解職投票の請求は就任から1年経たないと認められません(同84条)。田久保市長が就任したのは今年5月29日なので、リコールに向けた署名集めは早くてもこれから約7か月後の来年5月29日以降ということになります。
一般市民にとってはリコールの署名集めをすること自体が大変な負担です。ただし、リコールすらなされないとなると、市長の任期いっぱい異常な事態が続きかねません」
不信任議決を避けるために長が議員選挙後の初議会を招集しない場合、このように「デッドロック」の状態が生じることになる。
三葛弁護士は、地方自治法を改正し、議会側に議長が決まるまでの開催権限を付与する方法を提案する。
三葛弁護士:「前述したとおり、議長と副議長がいずれも欠けた場合は、最も年長の議員が臨時議長として職務を行うことになっています。そこで、この臨時議長に、議長を決めるまでの間だけ、日にちを区切って、臨時議会の招集の権限を付与するというものです。
もし、最年長者が臨時議長として議会を開催しない場合には次に年長の議員が臨時議長を務めるようにします。こうすれば、議員の誰かが必ず臨時議長として議会を開催し、議長の選出までこぎつけることになります。
そこまでいけば、あとは議会で粛々と、不信任の議決を行うだけです」
田久保市長の学歴詐称疑惑をめぐる一連の騒動を通じ、地方自治法の「バグ」(欠陥)が明らかになったといえる。
地方自治法を改正する場合、国だけでなく地方自治体の意見を幅広く聴取し、時間をかけ、慎重を期して行われなければならない。三葛弁護士は、だからこそ、国が速やかに法改正作業に着手することが求められると強調する。
三葛弁護士:「長が議会の招集を拒んだ場合に、事態を打開する手段が議会にはなく、住民によるリコールしかないというのは、バグの修正が代議制民主主義に組み込まれていないという意味で、深刻な事態です。
昨今、様々な自治体で長の不祥事が問題となっていますし、従来は『さすがにそんなことはしないだろう』と思われてきたことを平気でやってしまう長もいます。十数年前、議会を開かず専決処分を乱発した某市長の手法を踏まえ地方自治法が一部改正されましたが、それでも残ってしまっていた問題と考えられます。
『ごく例外だから対処しなくていい』という性善説で成り立ってきたことが、もはや成り立たなくなっている時代です。少なくとも、今回のような法の欠陥が明らかになった以上、速やかに法改正が行われることが望ましいといえます」