「店長の年収を最大2000万円に引き上げる」――うどんチェーン最大手「丸亀製麺」を運営するトリドールホールディングス(HD)が今年9月17日に発表した“大胆すぎる人事制度”が話題を呼んでいる。
同社の直近の業績は相変わらず絶好調だ。8月14日に発表した2025年4~6月期の連結決算は、純利益が43億円(前年同期比の2.9倍)と、3年ぶりに過去最高益を記録。主力の丸亀製麺ほか国内事業が順調で、客足も伸長しているという。
そんな矢先に飛び出したのが「年収2000万円」だ。昨今、物価高が長引く中、外食業界では今春より賃上げの機運が高まっている。そうした背景と、同社の圧倒的な資金力を鑑みれば、店長の年収を現在の最大520万円から2000万円と大幅に引き上げるとした丸亀製麺の処遇改善は、十二分に理解できる。
だが、今回の報道を鵜呑みにして本当に良いのだろうか。民間企業の平均給与が478万円(国税庁調べ)とされる時代に、いくら会社が好調とはいえ、その4倍以上もの給与を実現することは可能なのか――。表向きの金額だけでは見えてこない、その実情を探った。
まずは、今回トリドールHDが新たな取り組みとして導入した「ハピカンオフィサー制度」について見ていこう。
どこか“キラキラワード”のように映る「ハピカン」という言葉は、「ハピネス(幸福)+カンドウ(感動)」を意味する、同社の造語。創業者である粟田貴也氏が提唱する「心的資本経営」、すなわち、顧客を感動させることで店舗が盛し、その成果がまわりまわって従業員に還元され、幸福になるという経営思想を色濃く表したものだという。
具体的な制度内容としては、従来の店長制度を撤廃。店長が担っていた業務を他の店舗メンバーへ移管し、店長の代わりに「ハピカンキャプテン」と呼ばれる役職の人物が、店をリードしていくというものだ。
注目を集めた「年収を最大2000万円に引き上げる」としたのも、このハピカンキャプテンとなる。同社によれば、’25年11月の制度導入開始から3年間で300名のハピカンキャプテンをつくり、うち年収2000万円クラスを10人育成することを目指すとしている。
丸亀製麺をめぐる一連の新制度について、外食業界の関係者たちはどう見ているのか。外食専門コンサルタントの永田雅乙氏はこう語る。
「今年5月に店長の年収を最大1000万円超に引き上げた『すかいらーくHD』をはじめ、外食の賃上げは今や必然の流れとなっています。背景にあるのは、深刻な人手不足。まったく解消が見込めない中で、大胆な賃上げにより競合他社よりも優秀な人材を確保する狙いなのでしょう。ただ正直なところ、気がかりなこともあります……」
「トリドールHDの狙いは十分に理解できる」と見解を示す前出の永田氏。だが、一方で懸念すべき点もあると言う。今回の賃上げの対象が、会社全体ではなく、ハピカンキャプテン、つまるところ店長に“集約”されているという点だ。同氏が続ける。
「一般的に外食企業で働く社員の給与というのは、通常、店長→エリアマネージャー→さらにその上の役職……という形で、階級が上がるにつれて比例して上がっていくというのが普通です。その点、今回は、店長という役職のまま給与を上げるというが、一番のポイントです。
まず、懸念すべきは、店長の業務や責任がこれまでより肥大化することです。たとえば、先述したすかいらーくHDの場合、『ガスト』や『バーミヤン』の店長などは、1店舗の運営をだけでも、十分年収1000万円いくと考えられます。
ですが、丸亀製麺の店長として年収2000万円を実現するには、どう考えても複数店舗を運営しなくてはならないと予想できます。つまり、名前を『ハピカンキャプテン』と変えたとはいえ、役職は店長据え置きのまま、エリアマネージャーと同等の業務と責任を負わされると言い換えられます」
トリドールHDによれば、従来の店長業務の一部はアルバイトやパートなどに移管するとしている。しかし、社員である店長でしか出来ない店舗業務はけっして少なくない。
たとえば、丸亀製麺を語る上で欠かせない制度のひとつ「麺職人制度」がある。合格率約3割の厳しい試験を突破し、麺作りの技術と知識が優れていると認められた者に与えられる称号だが、この「麺職人(一つ星)」の大半を担っているのは店長たち。1店舗での麺づくりの作業量は言わずもがな、それが複数店舗にまたがるとすれば、これまで以上に過酷な重労働とならざるを得ないだろう。
懸念点はこれだけに留まらない。
「どうやら、今回の制度の目的に、丸亀製麺の店長たちを労働基準法における『管理監督者』にする意図があるようです。管理監督者とは、休憩や出退勤のタイミングが個人の裁量に任されるほか、賃金面で立場にふさわしい待遇を受けたりといった扱いが許されるというもので、年収2000万円というのも、この“ふさわしい待遇”というわけです。
しかし、管理監督者は労働時間の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務を担うという位置づけゆえ、一般労働者に適用されるルールは一部除外されます。つまり丸亀製麺では今後、どれだけ店長が残業などで長時間労働をしても、管理監督者という観点から許容されてしまうわけです」(前出・永田氏)
店長を管理監督者にしてしまう仕組みは、同じ外食チェーンでは「餃子の王将」が先んじて行っている。同チェーンは’14年、従業員のサービス残業などで未払い賃金が2億5000万円あったとして、労働基準監督署から是正指導を受けているが、それ以降、徹底して店長らを管理監督者にすることで、円滑な運営を実現しているという。
過去最高益を更新するなど業績好調な餃子の王将だが、そのウラには管理監督者として長時間労働により店舗を運営する店長としての働きがある。丸亀製麺もまた、今後、業績を支えていく上で、管理監督者を増やしていくつもりなのだろう。
「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが」と付け加えた上で、永田氏はこう漏らす。
「トリドールの粟田社長は非常に人柄が良く、部下からの信頼も厚いんですが、それゆえか『粟田氏のために頑張りたい』『会社を盛り上げたい』と、長時間労働もいとわないような社員も多く、いわば“ブラック気質”な一面があります。
実際、世の中ではブラックと批判されがちな外食の世界ですが、おカネが稼げれば死ぬほど働いてもいいという人は一定数います。そのため、今後、丸亀製麺の求人に応募が殺到することは間違いないでしょう」
丸亀製麺が刷新するのは人事制度だけではない。同チェーンにとって最大の課題“讃岐うどんの本場”香川県での存在感を高めることにも、近年目が向けられているという。つづく【後編記事】『「香川県民に愛されたい」丸亀製麺の片思いが切なすぎる…長引く関係悪化、改善のカギは《イリコの出汁》か』で詳しく解説する。
【つづきを読む】「香川県民に愛されたい」丸亀製麺の片思いが切なすぎる…長引く関係悪化、改善のカギは《イリコの出汁》か