山岳取材の経験のある筆者が、山梨県の大菩薩嶺(標高2057メートル)の山頂を目前にした急斜面を登っていると、ピザ配達員姿の男性が軽々とした足取りで追い抜いていった。彼が手に抱える箱には「ホースレベルピザ」というロゴ。人並み外れた体力も含めて、びっくりして思わず二度見してしまった。その場に居合わせた周囲の登山客たちも「なぜ、こんな山奥にピザ配達員が?」と口々に驚きの声をあげていた。
【写真】ファストフードにアイスクリーム、ラーメン…… “デリバリー登山”に励む馬並さん
後日、気になって調べてみると、「ホースレベルピザ」は実在しない店舗だった。しかし、日本最高峰の富士山(同3776メートル)、中央アルプスの木曽駒ケ岳(同2956メートル)、八ヶ岳連峰の北横岳(同2480メートル)など、関東近隣の山々で同様の目撃情報があった。
この男性、ピザ配達員姿だけでなく、ビールの売り子や寿司職人、パティシエ姿で現れる時もあるという。彼は一体何者で、何が目的なのか。本人に連絡を取り、話を聞いた。【前後編の前編】
* * *
変わった格好で登山をしている男性の正体は、都内在住の会社員・馬並太志(うまなみ・ふとし)さん(活動ネーム、本名・年齢非公表)だ。月に1~2回ほど、仕事が休みの土日に関東甲信越地方の日帰りできる山を中心に登山し、インスタグラムや登山アプリ「YAMAP」などに活動の記録を投稿しているという。馬並さんは自身の活動についてこう語る。
「実際に誰かに商品を配達しているわけではありません。あくまで趣味として配達員などの格好で”デリバリー登山”をしています。他にも架空のハンバーガーやステーキ、カレー店の配達員、蕎麦やラーメンの出前、和菓子職人姿など合わせて10数種類のバリエーションがあります」
配達バッグや出前箱、トレーなどには「ホースレベルピザ」「ワクドナルド」「Asani SUPER TRY(アサニスーパートライ)」「日本橋宇まな美」など、実際にある飲食店をもじった架空の店舗や銘柄のロゴなどが描かれている。その中には、食品サンプルを仕込むほど細部までこだわり抜いているものもある。いずれも偽物ではあるが、実在してもおかしくないレベルのクオリティで、一見すると、もはや素人の”趣味レベル”の域を超えているのだ。
ある種、”寄行”にも思えるが、馬並さんなりの思いや目的があるという。
「”デリバリー登山”を始めたきっかけは、2021年にとある大手デリバリーサービスの配達バッグがネットで販売されているのを目にし、物珍しさから買ったことでした。『せっかく手に入れたのだから、このバッグを背負ってどこかに出かけてみよう』と思い立ち、高尾山を散策することにした。そしたら、観光客や登山客とすれ違うたびにリアクションがあって。なかには『お疲れさまです!』と声を掛けてくれる人なんかもいましたね。
自分でも意外だったのですが、知らない人から声をかけられたり、びっくりした表情で笑ってもらえたりするのがすごく楽しかったんですよ。周囲の親しい人を楽しませるのは割りと好きなのですが、かなり人見知りする性格なんですけどね。それで、またやりたいと思ってしまいました」
馬並さんの当時の趣味はドライブとランニングだった。当時、年に何回か挑戦するマラソンのタイムが縮まらないと悩んでいた彼は、まったく登山に興味がなかったものの、「登山なら山までドライブも楽しめるし、登山はランニングのフィジカルやメンタルを鍛えるのにいいかもしれない」と思いはじめ、”デリバリー登山”を続けることにしたという。
その後、馬並さんはピザチェーンなどの配達バッグもネットで購入し、それらを背負って登山する姿をインスタに投稿するようになった。しかし、そこで問題が起きた。
「ある大手ピザチェーンからは『ユニークな取り組みですね。PRしていただき、ありがとうございます』と商品券をいただきました。でも別の大手チェーンからは『弊社のロゴを勝手に使用しないでください』と抗議を受けてしまいました。そこで実在する店舗のバッグを使うのはやめることにしたんです」
活動自体をやめようとも考えたが、なんと登山で足腰が鍛えられ、マラソンタイムが2時間ほど縮んだというのだ。思わぬ”成果”があったことに加え、ほかにも”デリバリー登山”をやめたくない理由があった。
「やっぱり山を登っていると、きつい時もある。でも変わった格好で”デリバリー登山”をしていると、皆さんに声を掛けられるし、『なんだ趣味なのね。面白いことをしているね。笑ったら疲れが吹き飛んだよ』と笑顔をもらえる。知らない人とも会話が弾むし、お互いに山頂までがんばろうという気持ちになる。気づいたら、すっかりイチバンの趣味になっていました」
以降は実在の店舗の商標を侵害しないように「くすっと笑えるレベル」(馬並さん)にもじったロゴを作成し、活動を継続。自身の名前をもじったピザ配達員「ホースレベルピザ」以外にも、ビール「キリソ二番絞り」の売り子、「浅草うまなみ堂」「うまなみ寿し」「スシ口一(スシコウイチ)」などの和菓子や寿司職人スタイルもある。
またパティシエ姿の「パティスリー・フトシ・ウマナミGOTENBA」「ステルスおじさんのクッキー」「白い変人」、その他にも「馬い!馬並軒」「ゴーゴー壱番屋」「サーティーツーアイスクリーム」などバリエーションは驚くほど豊富だ。
馬並さんがさらに思いを語る。
「私がお届けするのは商品ではなく、『ユーモア』です。皆さんに驚いて、笑ってもらって、お互いに楽しく登山ができればうれしいですね。山で声を掛けてくれた方のリクエストで生まれたコスプレもありますし、準備段階でまだ公開していないものもあります。もし山で見かけることがあったら、ぜひ気軽に声を掛けてください」(馬並さん)
続く記事では、ユーモアたっぷりのアイデアが生まれる瞬間や、低予算で作成している本物さながらの小道具について、また「山をなめるな!」と激怒された体験についても語ってもらった。
(第2回へつづく)
<取材・文/中野龍>
【プロフィール】中野 龍(なかの・りょう)/フリーランスライター・ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。毎日新聞学生記者、化学工業日報記者などを経て、2012年からフリーランスに。新聞や週刊誌で著名人インタビューを担当するほか、社会、ビジネスなど多分野の記事を執筆。公立高校・中学校で1年7カ月間、社会科教諭(臨時的任用教員)・講師として勤務した経験をもつ。