ここ数年、お盆の時期になるとネット上で拡散される話がある。その話を見かけるたびに憂鬱な気分になるが、今年もまた繰り返されるだろう。その話とは、1985年8月12日に発生した、日本航空123便墜落事故を巡る「真相」についてだ。
【写真】「隊員を射殺…」ネット上で流布しているNHKのニュースとされる画像。しかしNHKは公式に否定した

筆者が中学生だった90年代後期にも、この手の話は書籍で出回っていた。曰く「日航機は自衛隊の標的機に衝突した」「自衛隊のミサイルが命中した」等といった話だ。ただ、それらは中学生の自分からみても荒唐無稽な陰謀論と言って差し支えなく、世間一般にそれほど浸透したとも言えなかっただろう。
しかし近年、日航機墜落を巡る陰謀論は大きな拡がりをみせている。その契機となったのが、元日航客室乗務員の青山透子氏の『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』に代表される一連の著作だ。
『日航123便墜落の新事実』は版元の河出書房新社によれば10万部を超えるベストセラーとなっている。また、学校図書館に適した図書を選定する全国学校図書館協議会の選定図書にも選ばれている。経済評論家の故森永卓郎氏も晩年に青山氏の著書に影響されて本を出版し、有名大学教授も取り上げている。
このような拡がりに対し、今年4月10日の参議院外交防衛委員会で、自衛隊出身である佐藤正久参議院議員(当時)も青山氏の著書を問題視して取り上げるなど、社会的影響はそれまでの陰謀論本とは比べ物にならないレベルとなっている。

青山本を問題視し、主張を否定する本やコメントを出す航空関係者もおり、元日航パイロットの杉江弘氏も青山氏の主張を検証する『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』(宝島社)を2017年に出版し、青山氏の主張を陰謀論と見做し、様々な点から反論を試みている。
しかし、残念ながら杉江氏の反論も青山本の影響拡大に歯止めをかけるに至らず、ここ数年の日航機陰謀論の盛り上がりは無視できなくなっている。そこで今回は、青山氏の主張とそのレトリック、明らかにおかしい点について記した後、筆者の専門である軍事面を中心にして青山本の問題点を整理し、その上で元自衛官に話を伺うことにした。微力ながら、世間のこの流れに抗いたいと思う。
『日航123便墜落の新事実』において、青山氏は自衛隊がどう事故に関係していると主張しているのか、ざっと挙げてみよう。
・公式記録に存在しない、F-4戦闘機2機が日航機を追尾していたという目撃証言・墜落寸前に赤いだ円形・円筒形に見える物体の目撃証言・墜落現場でガソリンとタールの匂いがしたこと、完全炭化した遺体があったことから、火炎放射器が使われ証拠隠滅された疑い
以上のことから、青山氏は自衛隊や米軍が関与していると疑わざるを得ないとしている。
青山氏が上手いのは、墜落について自衛隊や国家の関与を断定はしていない点だ。あくまで「仮説」としている。だが、その仮説に基づいて延々と話を進めており、続刊でもそれが前提となっているため、読む者には自衛隊が墜落に大きく関与し、国家がそれを隠蔽したという印象を与える作りになっている。
橋本昇
例えば、『日航123便墜落の新事実』には、墜落当初多数の乗客がまだ生存していたという証言が載っているが、発見された黒焦げの遺体は自衛隊あるいは米軍が火炎放射器で焼いたという推測も書かれており、これでは火炎放射器で乗客は生きたまま焼かれたと読者は思わされるだろう。
これは筆者だけの思い込みではない。版元の河出書房新社サイト内の「この本に寄せられた“読者の声”です」には、次のような感想が掲載されている。
果たして520名のご遺族の方、生還された(自衛隊に発見されず火炎放射器に焼かれなかった)4名の方もこの本はお読みになられたのでしょうか?
版元の読者の声に載るくらいだから、代表的な感想だったと思われる。このように青山氏の著作には、断定を避けながらも自衛隊、国家が墜落に関わったというナラティブ(物語)に読者を誘導する作りになっている。

しかも、前述した故森永卓郎氏が出された著書『マンガ 誰も書かない「真実」 日航123便はなぜ墜落したのか』(宝島社)に青山氏は監修として関わっているが、F-4戦闘機がミサイルで日航機を撃墜したり、中曽根康弘首相(当時)が火炎放射器による証拠隠滅を指示するシーンがハッキリと描かれている。その後で「仮説です」と言っても、読者に与えるインパクトは計り知れないだろう。
他の「読者の声」をみてみよう。
・国家による犯罪が、事実であっても、実に被害者は、悔しいとおもいますが、国会、内閣の金配り、情報操作、工作活動には太刀打ちできないとおもいます。・でもこんなひどいことが行われていたとは。ショックです。・嘘で塗り固め隠蔽された重大事件。知らなかった自分は戦慄を禁じ得なかった。・どこかの国なら映画化されるだろうか?いや米軍、自衛隊が関わっていては無理だろうか。・この本の内容を信用したいですが、出版後なぜ出版社や著者が抹殺されないのか。
版元がこれらの感想を紹介している以上、そう読まれるのが自然ということなのだろうが、青山氏はあくまで仮説だと主張している。しかし、著作の中で青山氏は仮説に仮説を重ねた上で、政府の非道に怒り、違法な命令を拒否できぬ自衛官を嘆き、日本社会の風潮を憂いている。これでは、「読者の声」に寄せられた感想がああなるのも、無理からぬことだろう。
また、『日航123便墜落の新事実』では、次のようなことも書かれている。
緊急放送が続々と流れ、テレビや新幹線内のニューステロップで事故が報道された。その中には多くの人々が驚いた緊急報道があった。それは『自衛隊員二名が射殺された模様』というものだったが、その数分後『先ほどのニュースは誤報でした』という内容だった。具体的には二十時頃、『ただ今現地救助に向かった自衛隊員数名が何者かに銃撃され、死者負傷者が多数出た模様です。情報が入り次第お伝えします』であったと記憶する。なおこのニュースは二〇一〇年まで動画投稿サイトで流れていたが、今は削除されている。
この記述は事実であるならば重要なものだが、ここだけの言及に留まっており、唐突感が拭えない。そして、こんな緊急報道が当時あったことを記憶している人はいるだろうか? 少なくとも筆者の周りには確認できなかった。青山氏は当時見たのだろうか? また、青山氏が動画投稿サイトで見たと主張しているニュース映像だが、おそらく次のキャプチャ画像の動画だろう。

このキャプチャ画像の動画は、少なくとも10年以上前から存在し、今もネット上で確認できる。これは当時の実際にあったNHKのニュース映像に緊急速報のテロップが表示されているものだが、映像のアナウンサーは全く別のことを話している。そして、テロップの位置もフォントもまるで実際のものとは異なり、素人目にもフェイクに見える。そもそも、テロップの内容は一体どこが発表した報道なのか分からず、不自然極まりない。
この映像の真偽についてNHKに照会したところ、広報局より下記の回答を頂いた。
「偽動画であり、このような内容を報道した事実はありません。なお、このようなNHKの偽動画については、必要な手続きを進めて削除に努めるなど、適切に対応していきます」

NHKは当該の映像を偽動画としている。この映像を青山氏が見たと主張するならば、青山氏はなんら確認作業をとらず、単にネットで見かけた雑なフェイクを真に受けたことになる。違う映像だったと主張しても、存在を証明できないものだ。実在不明なもので自衛隊の関与を匂わせていることになる。
他にも、こうしたフェイクとも与太話ともつかない話がちょくちょく出てくる。「核心に近づくと妨害や脅迫が増えるから気を付けた方がよい」と忠告する元自衛官が登場し、青山氏は逆に核心はこちらだと暗示されたと感じるシーンがあるが、そんな身近に核心とやらを知っている元自衛官がいるなら、その人を追及すれば終わる話ではないだろうか。
〈もしやミサイルの種別を混同している…? 「日本航空123便墜落事故」の陰謀論があまりにも“ズサン過ぎる”納得の理由〉へ続く
(石動 竜仁)