2025年8月2日、とあるユーザーがXにて〈地元の祭きたら「仙台牛タン800円」 でも買ったら豚タンだった 良い商売してるね、客舐めてんな〉と、写真と共に投稿。900万以上のインプレッションとなるなど反響を呼んだ。
この投稿に対して、〈祭りってこういう詐欺があるからなぁ〉〈まったく驚かない。もっと闇深い〉など、露店(以下、テキヤ)への批判コメントが並んだ。
夏から秋にかけて、全国では様々な祭りがあり、テキヤの人たちも稼ぎ時である。ゆえに、こうした話題が噴出するのも致し方ないかもしれない。しかし、筆者の経験から、テキヤが「不真面目でインチキな商売」ばかりではないことをお伝えしたい。
筆者は、とりわけテキヤとは縁が深い。なぜなら、自身が40代の頃にテキヤ稼業を経験したからである。
この時は知る由もなかったが、テキヤのバイ(商売)は、傍目に見るほど楽なものではない。もちろん肉体的にもかなりキツいのだが、問題はその独特の文化でだ。言葉ひとつとっても、様々な隠語やフチョー(符丁)がある。バイが忙しいため、その隠語を彼らはいちいち教えてはくれない。
お客が立て込む繁忙期、指示が分からずにモタついていたら、邪険に扱われるのも茶飯事。筆者は、この隠語をマスターしたいクチであったから、楽しんで仕事をした。しかし、年末と正月三が日のアルバイトで小遣い稼ぎに当て込んで来た人たちは、指示がチンプンカンプンでストレスだったと思う。
アルバイトでも段々と修行を積むと、一端の即戦力として扱われるのがテキヤの社会である。筆者は、年末の小屋組みから年末年始のバイを含み、20日間ほど働いてからというもの、多忙を極める時期になると、いつも電話で呼び出されていた。
その経験に基づき、2023年にはKADOKAWA新書から『テキヤの掟――祭りを担った文化、組織、慣習』を上梓した。
この本の執筆に際して、東京下町の露天商組合に取材させていただいた。縁日にもお邪魔して様々なバイを見せてもらったが、昭和の頃のテキヤと比べると、ずいぶん衛生的であり、お兄さんたちのナリ(身なり)も小ざっぱりしているなと、感銘を受けたものである。
縁日のテキヤの商売にはいくつかのスタイルがある。
商品を並べるだけのナシオト、あるいはゴランバイ(親が子どもに見てゴランというところから「ゴランバイ」ともいう)。
コロビ(ゴザの上に商品をコロがし、タンカで商売する)、サンズン=三寸(組み立てた売台で三尺三寸のサイズ、あるいは、「軒先三寸借り受けまして」というごとき露店からきた呼称であり、タコ焼きや焼き鳥の売台はこれにあたる)。
ほかのネタ(商品)としては、ボク(植木商)、タカモノ(曲芸、見世物、幽霊屋敷など)、ハジキ(射的屋)、ロクマ(占者)、ヤチャ(茶屋、休憩所)、ジク(籤引き)、電気(綿菓子)、チカ(風船)などなどがある。
子どもには電気やチカ、ジクが人気で、青年はカップルでタカモノの幽霊屋敷、大人はヤチャ(数人で座れる飲食店)やタコ、イカなどで一杯というのが目的であろう。お年寄りには、ボクやコロビの古本が人気である。
このように、縁日では、テキヤの露店が店を連ね、子どもから老若男女誰もが楽しめるハレの場を提供する。
冒頭の「客舐めてんな」投稿に話題を戻すと、確かにテキヤでイカサマ的でグレーな商売をしている露店もある。実際に、筆者が携わったイカサマ的な商売をご紹介させていただく。
筆者の経験では、イカ焼きを担当した時、各部位を串刺ししたものを大皿に盛り、5枚ほど並べて置いていた。両サイドの皿には「身」と言って、切り落としのような端切れを3枚ほど串刺しにしたものを置く。この皿には400円と値段を付ける。
そして真ん中の皿には「ツボ」と言って、イカの胴体を並べておく。するとお客はすべてが400円と勘違いし、最も大きなツボを指さして「これ焼いて」と注文する。
焼きあがって「はい、800円ね」と請求する。少々心が痛かったが、値札が400円のものしか用意されていない。三寸(露店)の責任者からは「ツボは800円、ゲソは600円、身は400円で販売してくれ」と指示されているから仕方がない。ただ、「これ全部400円なのか」と、確認しないお客も詰めが甘いのだ。
だから、「えっ、400円じゃないの?」「お客さん、大きさが違うじゃあないですか。同じ値段なわけないでしょう」というやり取りになる。もっとも、子ども相手には、こうしたバイはせず、「これは800円だよ」と、事前に伝えるようにしていた。
ただ、イカサマ的でグレーな露店があると言っても、どの店も徹底している要素が食品の衛生管理だ。
テキヤが最も恐れるのは、食中毒を出すことである。というのも縁日では、様々な場所からテキヤが出張してきて露店を出す。
他所から商売に来たテキヤを旅人といって、ニワバの親分をはじめ若い衆=世話人(その祭りを仕切る責任者)が世話をする。この世話人も、よその土地に商売に出向けば、旅人となる。だから、よそのニワバで商売をして、食中毒など出してしまうと、そこの親分の顔に泥を塗ることになるので、過分なほど気を遣うのだ。
中でも注意を払っているのが食中毒。焼き鳥の肉も、ソーセージも、イカ焼きのイカも、一度ボイルして火を通して冷凍し、それを縁日当日に運び出し、クーラーボックスに入れて保管するなど、食中毒を防ぐ努力が日々行われている。
加えて保健所も度々巡回しては、露店の衛生状態を確認している。筆者も保健所から指導を受けたことがある。ジャガバターを担当した際、お客から「バターが多い」の「もっとバターを塗ってくれ」だの注文が多かったので、三寸の前にバターを置いてセルフサービスにした。
これに対して、保健所から「衛生上好ましくないので、注文の都度、バターを塗って提供するように」と注意されたことがある。そのくらい、テキヤは厳しい監視の下、営業しているのだ。

世間のイメージとは裏腹に、我々の想像以上に衛生的なものへと進化していたテキヤの世界。だが、グレーな商売がまったく消えたわけではない。その背景には、真っ当に商売に励む「なり手」の不足があるかもしれない。
つづく【後編記事】『「若者の入門はゼロ…」祭りのテキ屋が抱える《ネットで叩かれる》より辛い「後継者不足」の現実』では後継者不足に悩むテキヤ業界の現状を明らかにする。
【つづきを読む】「若者の入門はゼロ…」祭りのテキ屋が抱える《ネットで叩かれる》より辛い「後継者不足」の現実