監修医師:本多 洋介(Myクリニック本多内科医院)
群馬大学医学部卒業。その後、伊勢崎市民病院、群馬県立心臓血管センター、済生会横浜市東部病院で循環器内科医として経験を積む。現在は「Myクリニック本多内科医院」院長。日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医。
迷走神経反射とは、長時間の同じ姿勢から別の動作を行う際に生じる心拍数の減少や血圧の低下です。血管迷走神経反射とも呼ばれ、原因不明の失神や発作の大半を占めています。強い痛みや疲れ・ストレスなどがきっかけとなって引き起こされるケースがほとんどです。迷走神経という副交感神経の1つが反射的に働くことで、心拍数が減少したり血圧が低下したりすると脳が貧血状態になります。これによって、さまざまな症状が現れてひどい状態になると失神を引き起こします。失神による転倒から、事故や外傷につながることもある危険な疾患だと留意しましょう。
迷走神経反射が起きる原因は、急激なリラックス状態に神経が切り替わることからなる脳の貧血状態によるものと考えられています。迷走神経を反射的に働かせてしまう原因は以下のとおりです。
長時間の同じ姿勢から動き出す刺激
体への痛みによるもの
恐怖感
緊張感
ストレス
疲労感
脱水
アルコール
人混みや閉鎖空間などの環境によるもの
これらの迷走神経反射を起こす原因には、人間に備わっている自律神経が関係しています。活動しているときに働く交感神経と、心身ともにリラックスしているときに働く副交感神経が自律神経です。
状況に応じて交感神経と副交感神経が切り替わることで、体の状態を調整しています。迷走神経は副交感神経の1つです。
そのため、迷走神経が刺激されると自動的にリラックス状態へ切り替わり、急激に心拍数が減少し血圧が下がります。
脳への血流量が不足すると意識を保つことが難しいため、結果的に失神へつながってしまいます。
心身の状態や環境による原因以外にも、塩分制限や飲酒、薬によって起こることもあるため、注意が必要です。副交感神経に働く可能性がある薬は、α遮断薬・硝酸薬・利尿薬・カルシウム拮抗薬などになります。
迷走神経反射を発症すると、即座に失神へつながるわけではありません。迷走神経反射を引き起こしやすくなる前兆や初期症状がいくつかあります。
迷走神経反射は、体を動かしているときや寝ている姿勢で起こることは少ない症状です。立っていたり座っていたりといった、同じ姿勢を維持しているときに発生しやすくなります。特に午前中に起こりやすいことが特徴です。
例えば、電車での通勤中・注射を打つとき・立ったままの朝礼後に失神して運ばれるなどがあります。
電車での通勤の場合、長時間の同じ姿勢から動き出す刺激やストレス、人混みや閉鎖空間などの環境によるものなど複数の原因が考えられます。
このように迷走神経反射は1つの原因というよりも、複数の原因が重なっている状況で起こりやすいことも特徴といえるでしょう。
よくみられる注射を打つときに失神するのも、恐怖感・緊張感・ストレス・体への痛みによるものなどの複数の原因に該当しています。
迷走神経反射の原因がいくつか重なる状況の場合には、失神する可能性も高くなるため注意が必要です。
迷走神経反射にはいくつかの初期症状がみられます。以下のような症状が、重なって出る場合もあります。
血の気が引く
気分が悪い
冷や汗
吐き気や嘔吐
あくびが出る
急に眠くなる
全身脱力感
頭が重い
頭痛
腹痛
視界がぼやける
視界が暗くなる
めまい
上記のような初期症状は、前駆症状とも呼ばれています。血の気が引いたり吐き気やめまいがしたりといった初期症状は一般的に数分間続きますが、心臓が原因で起こる失神の場合は数秒で意識を失います。症状が悪化すると、気の遠くなるような強いめまいが生じて失神する可能性が高いため、注意が必要です。あくびが出たり急に眠たくなったりするといった初期症状は気付きにくい場合もあります。同じ状況で同じ症状が何度も出ている場合には、循環器内科で受診することをおすすめします。
迷走神経反射の検査・診断は問診が中心となります。問診では、失神した状況はどのような感じだったのか・初期症状はあったのか・どれくらいの頻度で失神しているかを詳しく確認します。
ただし、ほかの病気によって失神している可能性も否定できません。失神につながる病気は多岐にわたります。
起立性低血圧
不整脈
急性大動脈解離
大動脈弁狭窄症
肺塞栓症
肺高血圧症
脳血管障害
上記のような病気が隠れていないかを調べるために、心電図・血液検査・尿検査・24時間ホルター心電図・運動負荷心電図・心臓超音波検査などが行われることもあります。
原因不明の失神や発作も迷走神経反射と診断される可能性が高いことにも留意しましょう。
迷走神経反射の治療は、失神の頻度や症状の重症度によって異なります。生活指導・誘発因子の改善・薬物治療・非薬物治療が一般的な治療方法です。それぞれの詳しい治療内容は以下になります。
生活指導は、迷走神経反射による転倒の事故や外傷を防ぐことを目的としています。初期症状が現れた場合の対処方法や、迷走神経反射を回避したり失神発作を遅らせたりするための治療方法です。そのため、迷走神経反射を起こしやすい状況の把握が重要になります。
誘発因子の改善は生活指導につながりますが、どのような状況が迷走神経反射を起こしやすいかを患者さん自身が理解し、誘発因子をなるべく避けることを目的とした治療方法です。迷走神経反射が起こる原因によって多少誘発因子は異なりますが、一般的には以下が誘発因子として考えられています。
脱水
長時間立ち続けるもしくは座り続ける
アルコールの大量摂取
採血や予防接種
医療現場では、採血や予防接種の際に不安・緊張・恐怖を感じ、針による痛みによってイスやベッドに倒れ込む姿が見受けられます。このような場合には、医師に迷走神経反射のことを伝えて不安や痛みを取り除くための心身ケアを行うことが大切です。
生活指導や誘発因子の改善でも失神を繰り返す場合や、高齢者は失神による転倒や外傷リスクが高くなるため、薬物療法が考慮されます。使用される薬物は以下のとおりです。
β遮断薬
ジソピラミド
抗コリン薬
交感神経刺激薬
鉱質コルチコイド
セロトニン再吸収阻害薬
上記の薬物を用いることで、心収縮力や血管収縮を抑制したり血圧の低下を予防したりする効果が見込めます。
非薬物治療は、ペースメーカ治療を指します。ペースメーカーとは、心臓を正常に動かすために電気信号で支える装置のことです。起立調整訓練や薬物療法で効果が得られない患者さんや、長い心停止を伴う患者さんなどに考慮されます。ペースメーカー埋め込み手術が必要な治療方法です。
迷走神経反射は誰にでも備わっている機能で、健常者であっても状況によっては失神する可能性のある疾患です。何らかの原因によって、自律神経のバランスが崩れると発症しやすくなります。恐怖・疼痛・驚愕などのストレスに弱い、もしくは生活習慣が乱れている場合には、迷走神経反射になりやすいでしょう。迷走神経反射は初期症状が数分続くことが一般的です。もし、初期症状を自覚した場合には、その場でしゃがみこんだり横になったりして休むことが大切です。休めば脳の血流が良くなるとともに症状も改善され、意識も通常であれば1分以内に回復します。もし迷走神経反射が起きそうな状況になりそうな場合には、以下の方法を取り入れてみましょう。
立ったまま足を動かす
足を交差させて組ませる
お腹を曲げてしゃがみ込む
両腕を組み引っ張り合う
上記のように体を動かすことで迷走神経反射を回避できたり、失神発作を遅らせたりできます。あくまでも予防方法なので、迷走神経反射の症状を自覚した場合には速やかに病院へ行くことが大切です。
参考文献
神経調節性失神:血管迷走神経性失神|昭和医会誌
環境整備・スタッフ教育|国立国際医療研究センター・国際感染症センター
失神の診療|一般社団法人日本心臓病学会