お金が持っていようが、いまいが、人が亡くなると必ず発生する「相続」。多かれ少なかれ「お金」が絡んでくるので、仲の良い家族でも相続を境に険悪に……というケースは珍しくありません。そんな相続で人生がガラリと変わることもあるようです。
都内で一人暮らしをする28歳の会社員、佐藤健太さんは、実家からの電話に頭を抱えていました。数ヵ月前、突然の病で他界した父の遺品整理を進めるため、実家に戻るよう促されたのです。
月収25万円ほどだという健太さん。手取りにすると20万円を切るほど。同年代と比較しても、低収入に甘んじている……そんな現状。そこから実家との往復飛行機代、LCCを使っても2万円強を捻出するのは――痛い、痛すぎる。それでも「飛行機代を出してくれるなら帰る」とは言えるはずなく、重い足どりで帰省したといいます。
実家に着くと、母と妹がすでに作業を始めていました。リビングには父が大切にしていた趣味の品々が並べられ、思い出話に花が咲きます。しかし、健太さんは心ここにあらず。父が残したものは、いったいどれほどの価値があるのだろうか――そんなことばかり考えてしまいます。
父の書斎は、生前の面影そのままに、几帳面に整理されていました。本棚には読みかけの本が並び、机の上には眼鏡が置かれたままです。健太さんは、父が最後に座っていた椅子にそっと腰掛け、引き出しを開けました。中には、年代物の万年筆や、使い古された手帳など、父の愛用品が収められています。中に入っているものをひと通り出すと、引き出しの底が二重になっていることに気づきました。
「なんだ、この仕掛けは?」
そう思いながら底を外すと、そこにこっそりとしまわれていたのが一冊の古い通帳。何気なく手に取ったその通帳はかなり古いもので表紙は色褪せています。パラパラとページをめくっていくと、最後に記された数字に健太さんは眉をひそめます。記帳された金額は、一瞬では把握できず、謎の数字の羅列に見えたといいます。「いち、じゅう、ひゃく――」と数えていき、やっと金額がわかったところで、思わず二度見。その額、自身の月収の100倍以上の驚くべきものだったからです。まさか、父がこれほどの貯蓄をしていたとは。健太さんの知る父は、質素倹約を旨とし、贅沢とは無縁の生活を送っていました。その通帳に記された数字は、健太さんの想像をはるかに超えるものだったのです。
古い通帳に記された金額を目の当たりにし、健太さんは大きな衝撃を受けました。同時に、今まで漠然としか考えていなかった「相続」という現実が、一気に押し寄せてきたのです。
通帳の存在を告げると、「あーよかった、見つけたんだ」という母の反応。実は、通帳の存在について、母は聞いていたそう。「どこにしまっているかお前にいったら、使ってしまうからって、お父さん、何も教えてくれなかったんだもん」と笑う母。
「ちゃんと隠しておくから、万一のときは宝探しのように楽しんでくれって。本当に見つからなかったら、どうしたのかしら」
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]令和5年調査』によると、24.7%の世帯が「金融資産*はない」と回答。特に20代は36.8%と、3世帯に1世帯はかなり脆弱な家計という状況にあります。
*日常的な出し 入れ・引落しに備えている部分を除く、預貯金、金銭信託、積立型保険商品、個人年金保険、債券、株式、投資信託、財形貯蓄などの金融商品
一方で、相続によりまとまった資産を手に入れるケースは珍しくありません。たとえば、国土交通省の調査によると、注文住宅を購入した人のうち、実に11.9%が家を建てる土地は「相続を受けた」と回答。首都圏に限ると19.7%に上ります。それだけ東京を中心とした大都市圏の“家持ち”は、相続によって富をなしているということ。相続によって人生逆転、というのも夢ではないのです。
だからこそ、相続には仲の良い家族であっても争いはつきもの。遺言がなければ、法定相続人が遺産を分割します。佐藤さん一家であれば、母が遺産の1/2、2人の子どもたちが1/4ずつ。これが法律で決められた分け方ではありますが、そこに「私は介護をしたから、もっと多くもらえる権利がある」「私だって、結構面倒をみたわ」などといった言い争いになる……よくあるパターンです。また遺言があった場合も、「そんなの不公平だ!」と声を荒げる人が出てくるというのも、相続あるあるです。
通帳の発見後、健太さんは相続手続きを進めることにしました。しかし、手続きは想像以上に複雑で、時間と労力を要するものでした。特に、長期間放置されていた預金口座の場合、銀行側で「休眠預金」として扱われている可能性も。休眠預金とは、最終取引日から10年以上経過し、かつ取引が行われていない預金のことを指します。これらの預金は、一定の手続きを経て、公益活動などに活用されることがあります。その額、2021年度末時点で約1,200億円に上るとか。
幸い、発見した預金通帳は休眠預金になることなく、無事、相続財産に。家族間で何ら争うこともなく、遺産分割は終了。相続税の申告も行い、貯金ほぼゼロだった健太さんの預金通帳には、1,000万円をはるかに超える金額が記されています。
急に大金を手にし、散財をするかといえばそんなことはなく、健太さん、キャリアアップを目指し、活動をスタートさせたといいます。
「結婚の予定があるわけではないのですが……私も、父のように遺産を残せる人になりたいと思うようになりました。そのためにも、しっかりと稼げるようにならないと、今のままではいけないと、思うようになったんです」
大金は人を変えるとはよく言ったもの。健太さんも相続を境に、人生は大きく好転したようです。
[参考資料]
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]令和5年調査』
政府広報オンライン『放置したままの口座はありませんか?10年たつと「休眠預金」に。』