国内有数の観光地、奈良公園で外国人観光客のスカートの中を盗撮したとして、奈良県警は50代の男性を逮捕した。
男性のものとされるYouTubeチャンネルには、1年足らずで2000本もの動画が投稿され、総視聴回数は1億回を超えていた。シカと戯れる外国人女性を撮影したものがほとんどで、スカートの中が見えている動画ばかり再生数が回っている。
ところが、観光に訪れた外国人女性は、撮影や投稿の事実も知らず、被害は放置されていると言えそうだ。
反面、「被害者」は少なくないのに、捜査機関が被害者を特定することは困難でもある。
弁護士は、盗撮と投稿の行為を罪に問うことができない可能性も指摘する。動画投稿プラットフォーム側の対策の必要性にも言及した。
奈良署によれば、大阪府守口市の50代男性は、5月31日昼ころ、奈良公園でシカと一緒に撮影するためしゃがみ込んでいた女性のスカートの中をスマホで撮影したとして、県迷惑防止条例違反の疑いで逮捕された。
男性は容疑を認め「YouTubeに女性の下着がうつる動画を投稿すれば、再生回数が伸びて収益が上がる。だから奈良公園に多くいる外国人観光客を狙って、その下着を盗撮していた」と述べたという。
男性のスマホには主にアジア系とみられる外国人女性たちの下着がうつった動画が複数あったという。その日も10人ほどを撮影したとされる。
男性のものとみられるYouTube動画は、10万人以上がチャンネル登録していた。昨年夏に開設され、これまで約2000本の動画が投稿されている。そのほとんどが奈良公園のシカと一緒に撮影する女性を狙ったもので、スカートの中がうつされている。
奈良署は取材に「奈良公園の盗撮被害をうったえてきた外国人観光客はいない。今回の事件でも急いで撮影されたと思われる被害者を探したが、現場から見つけることができなかった」とする。
外国人女性たちは自分が盗撮されたことにも、顔も隠されないまま、盗撮動画を公開されていることにも気がついていないようだ。外国語圏に向けて構成されているわけでもない。
奈良県や警察も手をこまねいているだけではなく、「奈良市内の観光地で、国内外から訪れる観光客などを狙った痴漢・盗撮などの迷惑行為が深刻な問題となっています」として、今年のゴールデンウィークからDJポリスが外国語で痴漢や盗撮の注意を呼びかけている。
YouTubeには膨大な動画が存在するが、スマホから元データが消されていれば、男性の投稿かどうか証明することも難しい。観光客であれば、数日中に出国してしまうこともある。
男性はすでに6月2日には釈放されたという。このような動画チャンネルは他にも複数存在した。動画が転載され続けていることも考えられる。
今回の事件をめぐってどんなことが考えられるか。刑事事件にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
–公園で女性のスカートの中を撮影し、動画を投稿した場合、どのような罪に問われますか。
まず、スカートの中を撮影した時点で奈良県迷惑防止条例違反(12条1項2号)が成立します。法定刑は6か月以下の懲役または50万円以下の罰金です。
また、性的姿態撮影等処罰法違反(いわゆる撮影罪)にも該当し、こちらは3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金となります。
つぎに、このような動画をネットに投稿していることから、わいせつ電磁的記録媒体陳列罪(刑法175条1項)が成立し、2年以下の拘禁刑か250万円以下の罰金もしくは科料、または拘禁刑と罰金の併科刑となります。
–撮影された被害者が誰か特定されていないことで、刑事処分にどのような影響が考えられますか。
迷惑防止条例や性的姿態撮影等処罰法違反は非親告罪なので、被害者による刑事告訴は不要です。
理論的には被害者がわからなくても、写真や動画、目撃者の証言などがあることで、行為当時に被害者が存在しており、盗撮の被害を受けた事実が立証できれば、起訴して有罪判決が言い渡される可能性も考えられます。
しかしながら、検察官は起訴するかどうかを判断する要素として、被害者側の処罰感情も重視します。
被害者不明では、処罰感情があるかどうかも確認できないということになります。
また裁判所からは事実関係をできるだけ細かく特定するように求められますから(刑事訴訟法256条3項)、被害者がどこの誰か不明であり、現在もどこにいるのか不明ということですと、検察官としてはなかなか起訴にしくいのではないかと思います。
また、起訴されて有罪判決となった場合であっても、初犯であればまず執行猶予が付くことがほとんどです。
–観光地の奈良公園では多くの人がスマホを手に行動します。このような場所で盗撮被害を完全に防止することは非常に困難と思われますが、動画が投稿されるYouTube側の規制も考えられますか。
投稿されたわいせつ画像や動画をめぐって、YouTubeなどのプラットフォームにおける不適切な管理の刑事責任が近年議論されています。
たとえば、プラットフォーム側において他人が送信した児童ポルノ画像をサーバ上に記憶・蔵置させたまま削除せず放置した事件について、不作為による児童ポルノ公然陳列罪の成立を認めた裁判例などもあります(東京高裁平成16年6月23日)。
今回の奈良公園の事件では、児童ポルノではなくスカートの中の盗撮なので、厳密にはこの裁判例とは事情が異なりますが、理論的にはプラットフォーム側にも不作為によるわいせつ電磁的記録媒体陳列罪の成立が認められる可能性はあります。
【取材協力弁護士】澤井 康生(さわい・やすお)弁護士警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。事務所名:秋法律事務所事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/