フジテレビの人気ドラマ『最後から二番目の恋』シリーズで、鎌倉市観光推進課の課長兼秘書課課長、観光推進課部長を経て、『続・続・最後から~』では、定年後の姿で登場する中井貴一(63)演じる主人公の長倉和平。生真面目で几帳面、部下思いながらもやや融通が利かないこのキャラクターは、鎌倉の観光振興に情熱を傾け、時には部下に小言を言いながらも、信頼される上司として描かれている。
ドラマの中では、和平の真面目さが時にコミカルに、心温まるエピソードとして視聴者の心をつかんでいる。定年後も「指導監」として働き続ける姿が、鎌倉市役所をほのぼのとした職場と印象づけているのだ。またドラマでは、現市長から次期市長選立候補を頼まれる場面もあり、和平の指導力と信頼性が評価されていることが窺える。
しかし、現実の鎌倉市役所は、ドラマの温かい雰囲気とは異なる、トラブルに見舞われていた。
’25年3月末、職員15人が突然退職するという異例の事態が起きたのである。この大量退職には、鎌倉市役所の根深い問題が潜んでいるようなのだ。
「3月7日に開催された定例会で、’24年度の退職者の退職手当予算が承認されました。ところが、年度末最終日の3月25日に行われた定例会で、急遽15人分の退職手当として約6700万円の追加予算が必要との議案が提出されたのです。つまり、3月に入ってから15人の職員が突然退職を決めたということです」
こう語るのは、鎌倉市議会議員の長嶋竜弘氏(60)だ。鎌倉市の職員数は約1300人なので、15人という数字は職員数の1%を超え、それだけの人員が急遽辞めるのは異例の事態だという。
3月25日の定例会では、退職者の中に部長や次長、課長といった幹部クラスがいないことが明かされており、辞めたのは中堅以下の若い職員だという。
将来の鎌倉市を支えるはずだった彼らが、なぜ職場を去る決断に至ったのか。その背景には、鎌倉市役所特有の体質が関係しているようなのである。
この問題を追及し続けている長嶋氏が、市役所に根付く”体質”について、その実情を明かす。
「さまざまな課題が山積していますが、一番悪いのは市長(松尾崇・51)なのです。今、鎌倉市では市庁舎の移転計画が大きな課題となっていますが、本庁舎の住所を移す条例が否決されているので実現は不可能です。それなのに市長は『絶対に移転させる』と強引に進めようとしますが、当然ながら進展しません。その結果、市長が幹部職員に声を荒らげる場面もあるようで、その様子を職員から耳にしたこともあります。
また、彼は’09年から16年間も市長を務めていますが、トップとして判断することができず、指示らしい指示を出さない。結局、職員たちは場当たり的なその場しのぎの対応をせざるを得ませんが、失敗すれば幹部職員は市長から叱咤される。
こうした市長の意向、態度が上から下へと押し付けられ、最終的には若手職員にしわ寄せがいく。これが今の鎌倉市役所の現実です。そんな歪んだ松尾市政16年の風土の中で、上層部にはパワハラ紛いの行為に走る者もいるようで、私の元に届いた告発の大半には、課長以上と書かれていました。結果として、若手が15人も一斉退職したと、私は考えています」
実際に現場からは悲痛な声が上がっているという。’25年2月、長嶋市議の元に1通の手紙が届いた。そこには上司のパワハラが原因で退職者が出たという告発が記されていたという。さらにその後もメールや手紙での告発が続き、今年に入って5通もの被害報告が寄せられた。その内容から、大量退職の理由が垣間見える。以下、長嶋市議の元に届いたメールの抜粋である。
<突然のメール失礼いたします。また、諸事情から氏名などの個人情報を一切伏せてとなりますこと、何卒ご容赦ください。メールを差し上げたのは、鎌倉市役所の職場内パワハラについてです。先日、ある職員が上司からの酷いパワハラを受け、心を病んでしまい昨年暮れに退職した、という話を聞きました。(中略)
その上司という方は(人物が特定できるため略)普段はまったくそういうことをするようなそぶりがないが、いきなり豹変し激高するらしく、辞めた職員も部内の他の職員がいる前で度々叱責を受けていたそうです。辞めた理由として、表向きは職場異動により新しい業務に馴染めなかった、ということになっているそうですが、前にいた職場ではエースとして大変活躍しており、上司からの信頼も厚かったらしいです。(中略)
その上司の上司は何も知らなかったということは無いはずです。職場として辞めてしまった職員を守ってあげる努力、例えばその上司を指導矯正したりはしなかったのでしょうか。(中略)
そうでなかったとしても、心が壊れるまで苦しんでいる職員を、言わば見殺しにするような職場・組織でよいはずがありません>
メールは’24年末に退職した職員に関する内容だが、パワハラを見過ごす幹部職員の姿勢が明らかにされており、若い職員を見捨てる体質が感じられる内容だ。
また、別の手紙からは、松尾市長の態度が職場環境に深刻な影響を与えていることが窺える記述があった。
<市長もYESマン以外には、かなり立腹して怒られる方で、管理職は誰も意見を言えないそうです(自分に嫌な情報は耳を塞いでしまうそうで、長期独裁政権の悪しき形態だと元部長に聞きました)。そんな方に直接相談などできません>
鎌倉市にはハラスメントの相談窓口だけでなく、市長に直接意見を伝えられるホットラインも用意されているが、〈直接相談などできません〉という記述は、このホットラインを指していると思われる。この手紙について、3月25日の定例会で長嶋市議から質問された松尾市長は、
「やはり人と人ですから、いろいろなことが庁内でもございます。そういうところをひとつひとつ丁寧に見ながら、ひとりに負担がかかる、ひとりが仲間外れになると、そういうことがないように、しっかりと目配せをしながら組織運営にあたって参りたいと考えております」
と答弁した。「15人の一斉退職」を巡り、長嶋市議と松尾市長の主張は平行線をたどっている。このような現状を松尾市長はどう考えているのか。鎌倉市役所に問い合わせると、文書で以下のような松尾市長の回答が来た。
「鎌倉市職員には、いきいきと働き続けていただき、成長しながら市政運営にその能力を発揮していただくのが望ましい姿だと考えています。一方で、社会全般の流れとして、個人のキャリアの方向性やライフステージの変化などによりキャリアアップやスキルの向上などを求め、転職する方々が増加傾向にあると捉えています。鎌倉市職員となられた方が中途退職することは大変残念ですが、それぞれが選択された人生を歩むことを止められないと考えています」
また、若い職員が次々と辞めていく原因は松尾市長にある、と長嶋市議が指摘している点については、
「私としては、鎌倉市役所がそれぞれの職員が目指すキャリア実現の支援をし、組織とともに町が成長していく場であってほしいと考え、職員に対しては、決して私の想いを一方通行で伝えるのではなく、コミュニケーションを図ってきました。このような職員とのコミュニケーションを通じて、組織風土の改革に取り組んでいるところです。議員の指摘は真摯に受け止め、引き続き職員がいきいきと働くことができる組織づくりに注力してまいります」
とのことであった。内部告発で指摘されている内容については「手紙が市議会議員(長嶋市議)に届いたことは重く受け止めています」という表現にとどまり、ハラスメントの実態を認めることはなかった。今後も議会ではパワハラ問題や大量退職者が出た要因について、原因究明が続いていくものと思われる。
ただ、長倉和平が見せる、忙しくも皆が助け合う鎌倉市役所の雰囲気に少しでも近づくことを願ってやまない。
取材・文・PHOTO:酒井晋介