兵庫県の斎藤元彦知事を告発した元県民局長の私的情報が県議らに漏洩した問題で、第三者委員会は5月27日、井ノ本知明・前総務部長の関与を認定し、「知事や元副知事の指示のもとに行われた可能性が高い」とする報告書を公表した。これを受けて会見に応じた斎藤知事は相もかわらず……。
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「一つのご指摘としてあると思うが、私は漏洩に関する指示は一切していない」
斎藤知事は28日の会見で、第三者委の報告についてこのようにコメントした。
これまでも斎藤知事は、百条委員会から知事のパワハラなどについて「一定の事実が含まれていた」と認定され、告発文書への県の対応を「全体を通して大きな問題があった」と指摘されても、「一つの見解が示された」と意に返さない回答だった。
3月19日に最終報告が提出された前回の第三者委は、告発文書に記載された言動の多くを「パワハラに当たる」と認定し、告発者を特定させたことは公益通報者保護法に違反すると結論づけた。その際に斎藤知事は「公益通報の論点は司法の専門家でも意見が分かれている」などと持論を展開した上で、「適切だった」と反論している。
何を指摘されても「真摯に受け止める」などと言いつつも、頑なに自分の非を認めないのが斎藤知事のスタイルと言っていいだろう。上記の通り、斎藤知事の態度は今回も同様だったが、腹心の部下たちが反旗を翻したことは大きい。知事自身の処分について「給与のカットを含めて考えていく」方針だという。
そもそもは昨年3月、元県民局長が斎藤知事を告発する文書を報道機関に送付したことから始まった。文書を入手した斎藤知事は「徹底的に調べてくれ」と副知事(当時)らに文書作成者の特定を命じる。作成者が元県民局長であることが判明すると、彼のパソコン等を押収。その中にあったごく私的文書を県議たちに触れ回っていたのが井ノ本前総務部長と報じられていた。もちろん井ノ本前総務部長は否定していた。
第三者委は今回、井ノ本前総務部長から元県民局長の私的情報を提供されたという県議3人から証言を得ている。報告書の一部を抜粋する(原文ママ、【】は編集部註)。
まずT議員は《4月19日の夕方16時30分頃、会派の控え室に一人でいたときに、両手に大きいファイルが2つか3つ持ってE氏【井ノ本氏】が入ってきた。【中略】E氏から「これ、見てくださいよ」「ほんまたまったもんちゃうで、(※省略)。A氏【元県民局長】はなにやっとるんやという感じ。こんな人間が作った文書信用できるわけないやろ。(※以下省略)」というようなことを言われた》
そしてS議員は《日付は覚えていないが、令和6年4月22日の前、E氏が話があると訪ねてきたので、乙会派の会議室で会った。アポイントは取っていなかった。/E氏は「A氏のパソコンからこんなものが出てきました。見て下さい」と言い、ファイルを開けて見せてきた。/自分は目が悪いので、よく見えず、「何ですか」と聞いたところ、E氏は「(※省略)日記です。ちょっと(※省略)日記なんです。」と答えた》
さらにU議員は《4月の中頃までのことであるが、元県民局長の私的情報であることを前提として、ファイルを開いて(文書を)見せられたことはある。【中略】会話までは覚えていないが、E氏が「こんなことあるんですよ」と言って、ファイルの一部を開いたと記憶している》
いずれも井ノ本前総務部長がこれ見よがしに情報を提供してきたことを証言したのだ。
当初、井ノ本前総務部長は私的文書のファイルすら持っていないと否定していたが、第三者委の事情聴取に対し供述を変更し、ファイルを受け取った事実を認めたものの「ファイルを見せて回ったことはない」と否定していた。ところが、今年2月になって代理人弁護士の作成した弁明書の中で、県議たちに《私的情報の概要を情報共有の意図で、口頭で伝えたことはある。ただし、具体的な資料は提示していない》とそれまでの供述を大きく変更した。さらに「知事及び元副知事の指示によるものである」とし、その場に斎藤知事の最側近と言われた小橋浩一理事(当時)がいたことも付け加えた。
その小橋前理事に第三者委が行った事情聴取にはこうある。
《「昨年4月上旬ごろ、元県民局長の私的情報の件を含めて知事に報告した際、いろいろな案件がある中で、その私的情報があったということも含めて、根回しというか議会の執行部に知らせておいたらいいんじゃないかという趣旨と理解できる知事からの発言があった」【中略】その後、知事からそのような指示があったことを副知事に相談した際には、「副知事が『そらそうやな。必要やな。』という発言があったと思っている」》
斎藤知事の側近で“4人組”と言われたうちの2人が反旗を翻したのだ。これらの証言をもって第三者委は「知事や元副知事の指示のもとで行われた可能性が高い」と結論づけたのだ。だが、それでもなお斎藤知事のスタイルは揺らがない。
中には「もう一度、百条委員会を」と報じたメディアもあるが、それでは堂々巡りだろう。知事は「県政を進めることで責任を取る」と言い続けているが、そんな県政に嫌気がさした兵庫県職員は続々と退職している。この異常事態から脱するにはどうすべきなのか、元東京地検特捜部の若狭勝弁護士に聞いた。
「今回、停職3カ月の処分が下された前総務部長は地方公務員法の秘密を守る義務(守秘義務)違反を認めているわけですから、刑事告発されて有罪となれば1年以下の懲役、50万円以下の罰金が科されます。そして第三者委が認定したように、知事と副知事がそれを指示したということならば、守秘義務違反の教唆犯、強い指示であれば共同正犯に問われる可能性があります」(若狭弁護士)
とはいえ、第三者委の報告書だけで捜査当局が動くとは考えにくい。
「誰かが告発すればいいのです。刑事訴訟法第239条の第2項には《官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない》とあります。つまり、県職員は犯罪があると思われるときには告発の義務があり、これに違反すれば懲戒の対象となります」(若狭弁護士)
だが今回、県は前総務部長を刑事告発しないと発表している。ましてや県職員のトップである知事の告発などできるのだろうか。
「なんだかんだ理由をつけて有耶無耶にしてしまう可能性があります。前総務部長に守秘義務違反があって、それを知事や副知事が指示したと第三者委は認定しているのですから、告発義務は生じると思います。ただ、斎藤知事は再選したばかりで、その重みというものがあるでしょうから、実際のところ告発はしにくいでしょうね」(若狭弁護士)
ならば誰が告発すべきなのだろう。
「誰でもできます。兵庫県民でも県民以外の一般市民でも、第三者委の報告書を元にすれば可能です」(若狭弁護士)
斎藤知事の告発に動いている県議もいるというが。
「刑事告発はすべきだと思います。第三者委もしっかり調べたと思いますが、警察当局などの捜査機関や司法当局の下できちんと調べた上で結論を出すことが本来のあるべき姿だと思いますし、斎藤知事にとってもいいことだと思います」(若狭弁護士)
斎藤知事の首に鈴をつけられるのは国家権力だけかもしれない。
デイリー新潮編集部