(写真: amadank/PIXTA)
コンビニで気軽に買えていた「100円コーヒー」は、2022年以降値上がりを続けており、現在は130円以上となってしまったチェーンもあります。しかし、その理由を詳しく知っている人は少ないのではないでしょうか。
「トランプ政権下での関税率の見直しによって、日本へ輸入されるコーヒーにも影響が出てくる可能性がある」と述べるのは、これまでフィリピンや東ティモール、ミャンマーなどでコーヒー栽培指導に従事し、現在は「海ノ向こうコーヒー」で世界各国のコーヒー生豆を取り扱う山本博文氏。
トランプ関税がコーヒー相場へ与える影響は現時点では不明瞭なものの、山本氏は、2022年以降のコーヒー相場の上昇については、「ウクライナ戦争およびガザ戦争がコーヒーの国際取引や価格に大きな影響を与えた」との見解を示しています。
コーヒー相場に影響を与えた2つの戦争のなかでもウクライナ戦争に焦点をあて、コーヒー生産国ではない国同士の戦争に、コーヒーの価格が影響を受ける理由を、同氏の著書『世界のビジネスエリートが身につけている コーヒーの教養』より、抜粋編集してお伝えします。
コーヒー生産国でもないウクライナやロシアの情勢が、コーヒー相場に影響を与えるのはなぜなのでしょうか。
これには、コーヒー生豆が世界の先物市場で取引される金融商品であることが関係しています。
「コーヒー相場」とは、先物市場で取引されるコーヒーの価格のことで、ニューヨークとロンドンの先物取引所で決められています。
ただし先物相場はあくまで世界のコーヒー取引価格の目安として参照され、実際の取引価格は各産地のコーヒー取扱業者の間で決められています。
実はウクライナ戦争が始まった時期は、コーヒーだけでなく、他の先物商品の価格も軒並み上がりました。
特に小麦は14年ぶりの高値となり、小麦製品が高くなるという予測が飛び交っていましたが、これは農業国であるウクライナとロシアの主要輸出品目のひとつに小麦製品があり、それに依存している国がたくさんあったためでした。
こういった金融商品としての先物商品は連動することが多く、何かが上がると連動して他の金融商品も上がるということがあります。
そんな中、先物市場で取引される小麦以外の農作物も値上がりすると予想した投機筋(短期で先物商品・金融商品を売買してその値差から利益を得る人たち)が、コーヒーを含めた他の穀物類に投資(買い注文)をしたことにより、コーヒー相場の上昇にもつながったのです。
このほか、化学肥料の調達が困難になるという予測が出されたことも、コーヒー相場の上昇に拍車をかけました。
ロシアは化学肥料やその原材料となる化学物質の世界最大の輸出国ですが、戦争・紛争下では「物・人・情報」の流通がストップしてしまう恐れがあります。
そのひとつが化学肥料です。
コーヒーの生産において、化学肥料は欠かせないものとなっています。
特に生産量の多いブラジルでは大規模な土地を持つ農園でコーヒーを栽培することが多いため、化学肥料がないと生産量と品質を維持するのが困難になります。
そのため、ブラジルをはじめとして化学肥料のほとんどを輸入に頼っている生産国の生産量が下がってしまうのではという懸念や、化学肥料の仕入れ価格が上がってしまうのではないかという予測が生じました。
そして、将来のコーヒー相場が上がる前に買い注文を入れようとした実需筋(コーヒー産業の関係者。投機ではなく、消費・加工を目的とした商品購入をする人々)と投機筋双方の動きによって、先物相場が高騰しました。
しかし実際には、ブラジルは順調に化学肥料を輸入することができ、それほど大きく影響は受けませんでした。
ただ化学肥料の仕入れのコストアップは免れることができず、結果的に生産コストは予想通り上がることになってしまいました。
このように、生産高に影響を与える事態が実際に起きても起きなくても、こうした「懸念」や「予測」がコーヒー相場の動向を大きく左右するということもあります。
前述のウクライナ情勢は、為替にも大きく影響を与えました。
2022年1月の円・ドル為替は110円台で推移していたのに対し、3月には120円台、半年後の10月には150円と、円の価値がみるみる下がっていきました。
円安の状態になると、海外から輸入している商品の仕入れ値は高くなります。
日本で流通しているコーヒーのほとんどは海外からの輸入に頼っているため、為替相場はコーヒー価格に大きく影響します。
(画像:『世界のビジネスエリートが身につけている コーヒーの教養』より)
例えば、1kg当たり10ドルのコーヒーの場合、2022年1月(110円/ドル)の時点では、1100円で買えたものが、同年の10月(150円/ドル)には1500円に上がってしまいました。
円安の為替に加えて、コーヒー相場も上昇傾向だったため、1kgあたり10ドルで買えていたコーヒーが、半年後には12ドルになっていました。
これにより日本での原料の仕入れ価格は、産地によっては前年の2倍以上まで高くなる事態となり、日本のコーヒー関連会社も、やむなしと値上げを発表することになったのです。
このように、コーヒー産地とは直接関係のない国々を含めた国際情勢が、コーヒー価格に影響を与えているのです。
2025年2月末のコーヒー相場は、2021年にブラジルで霜害が起き、コーヒー生産量が大幅に減ったことで相場が高騰した時よりもさらに高く、8ドル/kgを超え、コーヒー相場の史上最高値を更新しました。
2024年度は霜害などで生産量が大きく減ったという事実はなかったのにもかかわらず、なぜ相場がここまで上がっているのでしょうか。
その要因のひとつは、世界全体のコーヒー消費量が増えたことです。
特に注目すべきは、アジアの国々での需要増加です。
これまで、世界有数のコーヒー生産国であるインドネシアやベトナムでは、自国で生産したコーヒー生豆は外貨を稼ぐために輸出され、国内で消費されるのは生産ラインから外れた低品質なコーヒーや低価格のインスタントコーヒーでした。
しかし、経済が発展したことで高品質なコーヒーを自国でも消費できるようになり、世界の需給バランスが大きく変化したのです。
また、世界第2位の経済大国である中国のコーヒー消費量は、過去10年で約150%増加しました。
都市部の若年層の間でコーヒーの人気が高まり、国内のチェーン店も急速に数を増やしています。

これらアジアの国々のコーヒー市場は今後も拡大が予想され、世界的なコーヒー需要を押し上げていくと見込まれているのです。
こうしてコーヒー相場の上昇原因を多角的に見てみると、皆さんが何気なく飲んでいる一杯のコーヒーが、世界とつながっているという感覚が湧いてくるのではないでしょうか。
コーヒーというレンズを通して世の中のニュースに目を向けると、私たちの日常と遠く離れた生産国の事情をより身近に感じることもできるようになります。
つまり、コーヒーは世界を見るための新しい視点を与えてくれる飲み物なのです。
(山本 博文 : 株式会社坂ノ途中 執行役員)