今や全人口の3割が65歳以上となった高齢化大国ニッポン。身寄りのない高齢者や「できるだけ家族は頼りたくない」という高齢者も急増する中、その受け皿として「身元保証」「高齢者終身サポート」なるサービスが急拡大していることをご存じだろうか。家族代わりの役割を果たす“篤志の事業”のようにも見えるが、法規制が追い付いていないのをいいことに、不健全な事業者が乱立している実態があるのだという。
(前後編の前編)
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【写真】身元保証会社への「財産の贈与」に国も注意喚起!?「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」のチェックリスト30項目
「ではこちらにサインをお願いします」
とある独り身の高齢者宅。身元保証人となって、生活支援から死後の事務手続きまでを一手に引き受けてくれるというスーツ姿の男がそう促すと、高齢者は「名前書けばいいのね」と応じる。そこに「全ての財産を遺贈する」という文言があることを知らずに――。
超高齢化社会の日本で、身寄りのない高齢者が急増している。2020年の国勢調査のデータによれば、65歳以上の一人暮らし世帯は約672万と、20年前に比べて2倍以上。現役世代にとっても「独身で、両親は他界している」「親しい親族がいない」ということは珍しくない時代だ。他人事と切り捨てられる人はむしろ少数ではないだろうか。
その一方で、高齢者施設への入居や賃貸契約のためには「身元保証人」が求められることが多く、身寄りのないことが原因で契約を結べないという事態が多発している。さらに行政への申請ごとや自身の死後の対応なども含めると、「頼れる家族が身近にいない」ということは、現代社会の大きな問題と化しているのである。
そんな社会的ニーズの受け皿として市場が急拡大しているのが、「高齢者等終身サポート」といわれるサービスだ。家族に代わって「身元保証」のサービスを提供するだけでなく、買い物や通院、行政手続きなど日常生活のサポートから、葬儀やライフラインの停止など死後の事務手続きまで、まさに「家族が行うこと」を代行。昨今では、「親とは縁を切りたいけど、最低限のサポートはしなければ」と考える中高年層の申し込みも増えているという。身寄りのない高齢者やその周辺の現役世代にとって、救世主と言わんばかりの存在なのだ。
「“いざというときに頼れる家族がいない”“できるだけ家族は頼りたくない”という人が増加する中、高齢者終身サポートのニーズが高まっているのはたしかです」
そう話すのは、『老後ひとり難民』(幻冬舎新書)、『自治体が直面する高齢者身元保証問題の突破口』(第一法規)などの著書がある、日本総合研究所の沢村香苗氏。
「私が調査を始めた2017年当時は100程度と見られていた事業者数は、その後行われた総務省の調査によれば、23年時点で少なくとも400以上にまで増えています。これまでは身寄りがなくとも、行政や地域社会での支え合いによって何とかなっていたところが、身寄りのない高齢者の急増によって、そうもいかなくなった。そんなニーズの受け皿として、民間の事業者が多く立ち上がっている状況です」
しかし、
「何の届け出も必要なく誰でも開業できる上、監督省庁は定まっておらず、法規制も追いついていない。こうして無秩序なまま需給ともに急拡大したため、真っ当に事業を行っているところもあれば、不健全と言わざるを得ない事業者も散見されるのが現状です」
その実態について広く知られるきっかけとなったのが、2016年、当時2000人もの契約者を抱えていた日本ライフ協会が経営破綻した“事件”である。
「同協会は、利用者がサービスを受けるために預託していた金銭を不正に流用した上で破産し、約2000人分の預託金の返還ができなくなりました。その額は5億円近くにも及びます。預託金の管理には弁護士を介在させる三社契約の形をとるはずだったのが、いつしか協会が直接管理するようになっていたようです。こうした杜撰な運営方法なども重なって起こった事件ですね」(沢村氏)
かくして高齢者の終身サポートという事業が世に認知されることになったのだが、それ以降もなかなか是正は進んでいない。国民生活センターによれば、同事業に関して消費生活センターに寄せられた相談件数はむしろ増加傾向にあり、2019年度は133件だったのが、5年後の24年度には313件にまで増えている。
「身元保証サービスの解約に関する相談、事業者が信頼できるのかという問い合わせ、さらには『受けていた説明よりも高額になった』『付帯されているはずのサービスが提供されていない』など、料金や契約内容に関わる相談も寄せられています」(国民生活センターの担当者)
沢村氏は、
「もともとは地域社会が家族代わりになってやっていたようなことが、ニーズの広がりによって事業化されてきたような世界ともいえます。ですから業界としてまだまだ未成熟で、料金の相場などもない状態なんですよね。あるいは10人以下の小規模事業者が大半ですから、契約当初は問題がなかったとしても、利用者が年齢を重ねていくごとにサポートしなければならないことが増えて、事業者のキャパシティを超えてしまっていることも考えられます」
こうして発生するトラブルの最たる例が、冒頭に紹介したような「遺贈」に関するものだ。後編の記事【弁護士から宗教法人まで…高齢化で激増する「身元保証」「終身サポート」 信頼できる事業者はどう選べばいいのか】では、財産の全額を事業者に遺贈することもあるという慣例の実態や、適切な事業者の選び方などについて詳述している。
デイリー新潮編集部