昼間は家具やベッドの隙間に隠れていて、夜になると這い出し、就寝中の人の血を吸う “トコジラミ”の被害が日本でも増えているという。
「トコジラミに刺されて精神が崩壊しかけた」「あんな体験は二度としたくない」と話すのは、害虫駆除のプロで、日本におけるトコジラミ駆除研究の第一人者でもある、足立雅也さん(808シティ代表)。
トコジラミとはいったいどんな生き物なのか、刺されるとどんな症状を発症するのか?刺された跡の特徴は?お話を聞いた。
「戦後まもなくの時代は、日本全国どこの家庭にもトコジラミは生息していましたが、生活環境の改善やライフスタイルの変化、殺虫剤の普及等によって、日本では1970年頃を境にほぼ全滅したと考えられていました。しかし、2010年前後から再び被害が増えはじめ、新型コロナが収まりインバウンドが戻った今、トコジラミの被害はますます増加傾向にあります」
近年被害が増えているとはいうものの、おそらくこの記事を読んでいる人のほとんどは、トコジラミの姿を実際には見たことがないはず。まずトコジラミの生態について足立さんに聞いてみた。以下、箇条書きでまとめておこう。
●トコジラミは吸血昆虫だが、シラミやダニの仲間ではなくカメムシの仲間。●幼虫は薄黄色で半透明のため見つけにくいが、成虫は茶褐色で体長5~8mm前後なので、肉眼でも確認できる。●メス、オス、幼虫、成虫ともに人間や他の動物の血を吸って生きている。吸血された人は数日間にわたって激しいかゆみに襲われる。●夜行性なので明るいところは苦手。夜間に就寝中の人の血を吸うことが多い。●飛ぶことはできないが、荷物や衣服にくっついて長距離を移動する。●宿泊施設にしばしば生息している。●交尾したメスは1日に5個前後の卵をほぼ毎日産む(1カ月に約150個)。環境条件が整えば卵から成虫になるまで2カ月かからない。●5~10月の暖かい時期が活動期だが、室内においては1年中活動可能。
以上がトコジラミのプロフィールだが、強い生命力と繁殖力を持ったやっかいな生き物であることがわかる。なかでも生活者として一番気になるのが「吸血されると強いかゆみに襲われる」という点だ。
足立さんによると、トコジラミによるかゆみにはタイムラグがあるのが特徴で、不思議なことに刺されてすぐは、かゆみも腫れも感じない人がほとんどだという。
「トコジラミに刺されたときに感じるかゆみは、吸血の際に人の体内に注入されるトコジラミの唾液(血液の凝固を防ぐ役割を果たす)によって引き起こされるアレルギー反応によるもの。だから初めて刺された人は、体内に唾液に反応する抗体をまだ持っていないため、すぐにはかゆくはならないのです。
平均5~6回刺されると体内に抗体が作られ、それ以降は猛烈にかゆみを感じるようになるようです。そのかゆみたるや尋常じゃないので、甘く見ていると大変なことになりますよ」
尋常じゃないというが、どれくらいかゆいのだろうか?2011年頃、足立さんはトコジラミの生態を調査するために、トコジラミが大発生した宿に足を運び、自ら実験台となって刺されてみたことがある。
「そのときはホテルの研修会などでトコジラミについて解説するときに使う資料動画を撮影するのが目的でした。最初は就寝中に血を吸われるシーンを何カットか撮れれば、といった軽い気持ちだったのですが…。疲れていたのでしょうね。カメラを持って布団に横になっているうちに、いつのまにか寝てしまった。
20分ほどして目を覚まして電気をつけるやいなや悲鳴を上げそうになりました。布団の上には数え切れないほどの数のトコジラミがびっしりうごめいていて、服から露出していた手には30匹以上ものトコジラミがはり付き、一斉に血を吸っていたのです」
想像するだけでもおぞましい地獄絵図のような光景だが、本当の生き地獄はその後にやってきたという。
「刺された日はかゆみも腫れもなかったのですが、自宅に帰って5日後に刺された箇所がポツポツと赤くじんましんのように腫れてきて、強烈なかゆみが襲ってきたのです。
とにかく、かゆくてかゆくて一睡もできない。3日もすると寝不足に堪えられなくなって寝落ちするようになったのですが、やはり熟睡は無理。寝ながら無意識に患部を掻きむしって血だらけになってすぐ目が覚める。その繰り返しでした」
さらにかゆみと同時に足立さんを苦しませたのが、極度の寝不足とトコジラミへの恐怖心からくる視覚的妄想(まぼろし)だった。
「寝不足が長く続いたせいで、どんどん精神的にも追い詰められていき、やがては壁の小さな黒い染みや、自分の身体のホクロまでもがトコジラミに見えてきたのです。それと同時に“なぜ自分はたかが虫一匹にこんなにビクビクしているのだ”と、自己嫌悪にも苛まれるようになって…。かゆみと恐怖と自己嫌悪、その三つが頭のなかをぐるぐる駆け巡り、あのときは本当に精神が崩壊しそうでした」
足立さんは、その状態のまま1週間は耐えたものの、最終的には病院(皮膚科)に行くことに。処方薬である程度かゆみは収まったが、トコジラミに対する恐怖はその後もしばらく続いた。
「刺された宿から自宅にメスを10匹持ち帰ってきたとしたら1カ月で1500匹に増えてしまう計算になる。そんなことを考えて不安や恐怖がしばらく消えませんでした。トコジラミがいかに怖い害虫なのかが分かったという点では貴重な体験でしたが、二度とあんな体験はしたくありませんね」
結局のところ、トコジラミに刺されたらどうするかよりも、刺されないためにはどうするかを考え、行動することが被害から身を守るには大切のようだ。
足立雅也(あだち・まさや)害虫駆除や鳥獣対策を手掛ける「808シティ」代表取締役社長。大手害虫駆除専門チェーン店勤務中に全国コンクールで優勝。その後、業務用殺虫剤、噴霧器を販売する商社に転職。蚊やマダニに対する殺虫剤効力評価試験に協力する。宿泊関連業界、殺虫剤メーカーと協力し、トコジラミ駆除方法を研究し、講演や執筆にて全国に広める。独立後、自ら現場作業をする傍ら、数社の技術指導を行う。
取材・文=中村宏覚