仕事をしていると、「ダメ出しをするのが自分の仕事だと思っている人」に会うことがある。責任者的ポジションの人物なのだが、下(部下や下請け業者)から上がってきた各種書類や企画についてとにかく否定的なのだ。その書類を作った人はそれなりのクオリティに達していると思うからこそ、この厳しい人に提出するのだが、毎度ダメ出しをくらう。彼らは一体何を考えて、そうするのだろうか。
【写真】「ダメ出し」とは無縁? 筆者が敬愛してやまないライター仲間・“オバ記者”野原広子氏とのツーショット
先日、とある人物からほとほと参ったといった感じで、連絡が来た。プレスリリースを作るべく、企画書を広報のプロに見せたところ、「企画のタイトルが一目で分かりづらい」「何が利点なのか明確になっていない」「そもそもこれが成功するイメージが湧かない」と散々な言われようだったという。
私自身もPRプランナーとしての仕事はもう28年間もしているため、「何が悪いのでしょうか……」と相談をされたのだ。企画書を見ると企画タイトルも分かりやすいし、内容も目的も明確である。一体なぜそこまでダメ出しをされなくてはいけないのかがよく分からなかった。仮に私がプレスリリースを書くよう依頼されたとしても、この企画書をもとにすれば十分に面白く展開できるレベルによくまとまっていた。
こうした、ダメ出しをしがちな人々がよく使用する言葉がある。以下に列挙する。
「ふわっとしている」「核がない」「刺さらない」「もっと簡潔に」「どこかで見たような企画です」「オリジナリティが足りない」「何かが足りないような気がする」「『実は……』という驚きがないんだよ」
とにかく、すべてが「ふわっとしているダメ出し」なのだ。だが、立場としてはその人の方が上のため、ダメ出しをされる側は反論できない。かくしてダメ出しをされた側は何がダメなのか分からず苦悶し、そしてパワハラを受けていると感じてしまい、精神を病む。結局「何にでもダメ出しをするエラい人」はパワハラ体質で自分が優秀であることをひけらかし、さらには相手を精神的に屈服させたいだけなのだ。
私はかつて毎月900本のネットニュースを編集してきたが、ライターから上がってきた原稿に書き直しを命じるのは月に1本ほどであった。ライターだって自分が信頼して雇っているので無能ではなく、自分が修正して原稿をより良くすることしか考えていなかった。いわゆる「手離れ」が良い方が作業をする人間としてはありがたいものだ。
こうした姿勢は「あの人は仕事がやりやすい」ということで、ライター間で良い評判をもたらしてくれたのである。ダメ出しをするのが編集者(責任者)の仕事である、という考えを持ったことがないため、結果的に彼らとは良好な関係を構築することができた。というか、修正指示をするよりも自分で直してしまった方が圧倒的に早い。大量の原稿を世に送り出すためには修正依頼をしている余裕などないのである。
冒頭の企画書の話に戻るのだが、私が仮にこの企画書をリライトし、自分でプレスリリースを書いたとしよう。するとこの人物はさらにダメ出しをしてくると思われる。カネをもらってプレスリリースを書くのが仕事なだけに、勝手に自分の聖域を汚されたと思うのだろうし、改善された企画書にも文句を言うだろう。
だが、この手の人物は権威に弱い。私が会社員だった時代、下っ端PRプランナーとしてプレスリリースを会議に提出した。するとその場にいた営業担当とマーケティング担当が徹底的にダメ出しをしたのだ。私は彼らが言うがままに黙って聞いていたのだが、ダメ出しがあらかた終わったところでこうひと言だけ言った。
「これ、私が書いたプレスリリースをTさんが全部チェックし、加筆修正して今日の会議に提出するようGOを出したものなんですが」
Tさんは、PR業界の大重鎮である。私のこの一言に対し、彼らは「あぁ……、そうなんだね……。TさんがOK出しているんだったらこれでいいと思う」「私も同感です」となった。
実にくだらないやり取りではないか。権威主義ファーストで仕事をする人間がいかに邪魔な存在か、というのがこの時よく分かった。以来、私は自分が書いた企画書やプレスリリースも「これ、Tさんが全部チェックしてくれたものを持ってきました」と嘘を言うことにした。そうするとダメ出しは極端に減ったのである。
結局世の中は「何を言うかよりも誰が言うか」の方が重要だということを齢24にして学んだのであった。それなので、散々理不尽なダメ出しをされる方は、「こんちくしょー! 私だってエラくなってやる!」という反骨心と向上心をもって仕事をしてください。いずれ、リベンジすることができます。
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。
デイリー新潮編集部