大阪・関西万博が4月13日に開幕すると、SNSにはさまざまな「行ってきた」投稿があふれた。そのなかのひとつ、怒鳴っているらしき相手に警備員が土下座をする動画が報じられ「土下座万博」とネット民が名付け拡散、カスハラ疑惑がかけられ炎上状態となった。臨床心理士の岡村美奈さんが、警備員が土下座を選択した理由、土下座の動画がネット炎上に至った背景を分析する。
【写真】土下座が行われたのは会場の入り口付近。入場のためゲートに並ぶ人たち
* * *「土下座万博」といわれる動画が4月22日、SNSで拡散され炎上した。場所は大阪市此花区の夢洲で開催中の2025年大阪・関西万博の会場入り口付近。来場者とみられる男性の前で、警備員がひざまずいて土下座している映像がSNS上にあふれた。
土下座という行為を”恥”と捉え”苦痛”を感じる人は多い。不祥事や事故を起こした者が深い謝罪と請願の意を表すために土下座するというのが本来の目的だが、話題となった人気テレビドラマ、TBSの日曜劇場『半沢直樹』の土下座シーンから、強要されて無理やり地面に膝をつき、頭をこすりつけるという印象が強くなった面もあるようだ。おまけにハラスメントが問題視されているご時世だけに、万博での土下座動画を見た人々が過剰に反応したのも無理はない。
フジテレビによる第一報をきっかけに拡散したこの動画では、男性客が何か大声を出したようで、警備員が右手に帽子を持ち、両手を地面につけようとしていた。膝を折りうなだれるように土下座する男性の前で、ピンク色の鞄を左肩にかけた男性が、怒鳴り声をあげ、それを見下ろすように腕組みをして立っている。一見しただけでは、男性の姿勢と腕組みという仕草から高圧的な態度を取っているように見える。両手をついて男性に頭を下げ、立ち上がったところで映像は終わった。これがネットで拡散する中で「土下座万博」と大きな騒動になった。
フジテレビの報道で「この動画を取った撮影者によると、男性が警備員さんに”土下座しろ”的な大きな声を発していた」「(自分の)横にもう一人の警備員さんがいて、その怒鳴っている時に”これがカスハラなんだな”っていう話をしていた」と動画撮影者の証言が報じられたこともあり、土下座を強要したカスタマーハラスメント(カスハラ)と炎上したのだ。その後、事の詳細を伝えたJ-CASTニュースの記事で主催者の日本国際博覧会協会の広報報道課は、きっかけは男性客が万博から帰るにあたり、シャトルバスで会場を結ぶパーク&ライドの駐車場の場所を警備員に聞いたことだと説明。
正確な場所を案内できなかった警備員は、駐車場スタッフがいるデジタルサイネージ(電子看板)の場所を教えたが、男性は警備員を「なぜ分からないんですか?」と詰問。警備員が「申し訳ありません」と謝罪し、再度デジタルサイネージの場所を教えた。男性がその場所へ向かったが、警備員が無事に行けるか確認しようとしたところ、男性が踵を返し大声を出して詰め寄ってきた。警備員は身の危険を感じて、自ら土下座したというのが経緯だという。
身の危険を感じて、突発的に土下座したという警備員の心情も理解できる。昨今は街中や電車や地下鉄での迷惑行為でも、下手に注意したり、相手を刺激したりすると、注意した方が危ない目にあうというケースもみられる。これ以上のトラブルを避け、周囲に迷惑をかけないためと、自己保身の手段として行ったのだろう。自分から土下座という方法でこの一件を終わりにしようとした警備員にしてみれば、動画が拡散されたことは不本意だったはずだ。だが万博会場という注目を集める場所で、警備員が客へ土下座する姿は、見た者にとって衝撃的な光景だ。
男性が土下座しろと言ったかどうかはわからない。だが土下座しろ!という言葉がなくても、相手が威圧的な態度で出ていれば強要と取られやすい。日ごろから世間やメディアで見聞きするさまざまなハラスメントに対して、怒りや憤りを感じている人たちならなおさら、そう思うだろう。土下座からくる強烈なマイナスイメージが多くの人々の感情を逆なでし、状況や詳細を確認するより、目にした映像の印象そのものにメディアや人々が反応してしまった結果が今回の拡散と炎上ではないだろうか。
男性はその後やってきた家族とともに立ち去ったといい、家族は申し訳なさそうにしていたという。ネット上では男性を特定するような書き込みが始まっている。土下座の経緯を検証することなくセンセーショナルに報じたメディアは正しかったのか、その姿勢も問われるだろう。