声優を“人間国宝”に指定できないか―― そんな質問主意書を提出した国会議員がいる。立憲民主党に所属する衆議院議員・杉村慎治氏である。
【写真】もし声優を人間国宝にするなら第1号は? 見れば誰もが納得するレジェンド声優の肖像
日本発のアニメが世界的に注目されるなかで、プロフェッショナルとしての声優の仕事にも注目が集まっている。その一方で、声優業界は労働環境の問題や、商品である声が生成AIに悪用されるなどの様々な問題も抱えている。そんななか、杉村氏は声優の地位向上を図る切り札として、人間国宝化を提唱したのである。
人間国宝は正式には重要無形文化財保持者といい、歌舞伎役者や能楽師、伝統工芸の職人などが選ばれるイメージだ。近年は落語家も選ばれるようになったが、まだまだ新しい分野の仕事から指定されている人はごくわずかである。果たして、声優から人間国宝を出すことは可能なのだろうか。杉村氏に直撃した。
――杉村さんが、声優の仕事に注目したきっかけは何だったのでしょうか。
杉村:私は国会議員になる前はテレビの番組制作の仕事をしていて、声優さんと接する機会がありました。声優はアニメのキャラクターに声を充てるイメージがありますが、その仕事は多岐にわたっています。テレビの番組のナレーションや映画の吹き替え、さらにアイドルのような活動をしている方もいます。これだけの才能ある方々の仕事にもっと光が当たってほしいと考え、国会議員になった暁にはそういった仕事をしようと思いました。
――なるほど。議員になる前から声優に注目していたのですね。
杉村:議員になる前、立憲民主党の総支部長時代にも、声優の方々から社会的地位の向上や賃金に関する相談を受けることがありました。業界で有名な方もいらしてくださいました。そこで、およそ700人いる国会議員の1人である私が、少しでも後押しできないかと思ったのです。
――杉村さんは、いわゆる“オタク議員”なのでしょうか。
杉村:いえ、私はアニメや漫画に特別詳しいわけではありません。むしろ「平均的な日本人と同じ距離感」でこれらのコンテンツに接してきた人間です。だからこそ、偏りのない視点から声優の仕事の文化的価値に気づけたのだと思いますし、同じような立場の議員が声を上げることにこそ意味があると考えました。
――声優を人間国宝に指定することは、現実的に可能なのでしょうか。
杉村:現在の人間国宝の制度は、ご存じのように伝統文化の保護などには比較的手厚いのです。法的には、「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの」とされています。私はこの定義に、現代の声優の仕事も十分当てはまると考えています。もちろん、日本の伝統工芸や伝統芸能は大事ですし、守っていくべきでしょう。その一方で、声優の活動の恩恵を若い世代は強く受けていますし、声優の仕事が伝統芸能に影響を与えている例もあります。歌舞伎で、「風の谷のナウシカ」や「ONE PIECE」が原作の作品もありますからね。
――声優が落語とか歌舞伎と同じ立ち位置の人間国宝に指定されたら、確実に話題になりますね。
杉村:はい。声優の仕事を世間に広く知ってもらうことができる、いい機会になると思います。実際、僕は国民からも支持されると思うんですよ。「ドラゴンボール」の孫悟空の野沢雅子さんや「キン肉マン」の神谷明さんの演技で友情を学んだ、人生に影響を受けたという人は多いでしょう。これはもう、人間国宝になるにふさわしい仕事ですし、国のために貢献してきたとみるべきです。国がコンテンツ産業を基幹産業と位置づけるのであれば、それを支える人々への評価や敬意を国民全体で共有していく必要があります。そうでなければ、労働条件の改善にもなかなかつながっていかないと思っています。
――おっしゃる通りですね。
杉村:私は少し前に、ある癌患者の子どもが登場する番組を見たことがあります。余命が少しというお子さんに対し、野沢さんが悟空の声で「おまえ、絶対がんばれよな」「劇場公開を見にきてくれ」とテープに吹き込んで送ってあげたら、寝たきりだった子どもが劇場公開まで生き抜き、その翌日に亡くなったそうです。こういう話を聞くだけでも、声優の仕事ってすごいと思うんですよ。人の命を支えることができるのですから。
――杉村さんは、1月29日に「声優を重要無形文化財に指定等する可能性に関する質問主意書」を提出しました。
杉村:質問主意書のなかで、私は「声優は、演技力や表現力を駆使して作品の質を高め、その成果は日本の文化の海外発信にも大きく寄与していることから、歴史上、芸術上の価値を有する職能であると考えられる」「声優について、分野として重要無形文化財に指定するとともに顕著な技能を持つ者を人間国宝に認定すること、又は登録無形文化財とすることは、日本の文化産業における人材の社会的地位を向上させるだけでなく、我が国の文化的価値の再評価と発展にも資するものであると考える」と述べました。
――人間国宝の管轄をしているのは文化庁ですが、杉村さんの質問に対して反応はどうでしたか。
杉村:「『我が国の文化的所産としての価値』の具体的に意味するところが明らかではないため、お答えすることは困難である」と回答がありました。まだまだアニメは文化として評価を確立しているわけではない、という文化庁の価値観が影響しているのかもしれません。
――なるほど、やはりアニメはまだ新しい文化ということですね。いわゆる文化財的なものとして認められる可能性は、現時点では低いのでしょうか。
杉村:満額回答ではありませんが、それでも、「できない」と言っているわけではないんですよね。そこは救いでした。とはいえ、日本はどこまで行っても保守的なところがありますから、新しい概念を人間国宝の文化芸能枠に入れることには抵抗があるのかもしれません。既成概念を取り払う必要があるなと感じました。
――日本人は今まで見向きもしなかったものでも、国宝や世界遺産などのフレーズがつくと見る目が変わりますからね。だからこそ、人間国宝というイメージは大事だと思います。
杉村:もちろん絶対に人間国宝でなければならないわけではありませんが、やはり言葉の響きに格別なものがありますからね。日本のアニメ、クールジャパンは、日本の文化の地続きであるというデータが、学術的な研究として蓄積されていけば文化庁の見方も変わるのではないかと思います。昔の古文書や歴史書を見れば、声優の原点になるような語り部的な人がいたかもしれません。そういった裏付けができれば、文化庁のなかでも人間国宝としてふさわしいという声が高まってくるかもしれません。その意味では、コンテンツを学術的に支える学芸員のような仕事も、コンテンツ産業の振興には必要なはずですよね。
――もし声優の人間国宝第1号を選ぶなら、どなたがふさわしいでしょうか。
杉村:あまり一人を挙げることはしたくないのですが、やはり、野沢雅子さんではないでしょうか。日本国民の多くは「野沢雅子さんなら、人間国宝になっても違和感はない」のではないかと思います。聞くところによれば、業界内でもおそらく誰も文句を言う人がいないようです。他に該当者が思いつかないくらいの人選だと思います。象徴的な方が人間国宝になれば、国の関係省庁の見方は確実に変わりますよ。
――杉村さんの声優や、漫画・アニメに対する強い思いが伝わってきます。
杉村:私は、日本が国として文化や芸術に力を入れて、クリエイターを育てていく姿勢を打ち出すことが重要だと思います。そもそも、日本のコンテンツ産業は自動車産業に次ぐ予算規模になっていますが、気づいていないうえに知らない人も多いんです。
――今や、コンテンツ産業の市場規模は3兆円を超えるといわれていますからね。
杉村:私は、農業やモノづくりを強化していくのと同じ、人の生活を支える産業、インフラ産業を支える視点で、コンテンツ産業を下支えしていきたいんですよ。声優を人間国宝に位置付けることで、コンテンツ産業の大切さを広く知ってもらうきっかけにしたい。そして、コンテンツ産業が日本のために重要であるという意識が広がれば、きっと声優をはじめとするクリエイターの労働条件改善にもつながると考えています。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部