〈米の自給率はほぼ100%。日本人にとって、米は食料安全保障の要――〉農林水産省のホームページにはこう書いてある。
だが、日本は米を、海外から輸入している。
1993年、政府は関税貿易一般協定(ガット)ウルグアイ・ラウンドの合意に基づき、米の輸入の一部自由化を決定。1995年から無関税の「ミニマムアクセス(最低輸入量)米」を受け入れている。現在の輸入量は、玄米で年間約77万トン。
さらに昨年からの米不足と価格高騰で、ミニマムアクセス米とは別に、民間による米の輸入も増え始めている。これでも「米の自給率100%」と言い切れるのか……。
農業経営学が専門の宮城大学名誉教授、大泉一貫さんは次のように話す。
「今、主食用米の国内生産量は680万トンほどです。これに、飼料用米や輸出米などを足すと780万トンになります。
ミニマムアクセス米は毎年77万トン入ってきますが、その内、主食用は10万トン。主食用の米の国内生産量680万トンに対して、海外から輸入している主食用米は10万トンだから、農水省は自給率を『ほぼ100%』としているんでしょう」(以下、大泉名誉教授)
一方、ミニマムアクセス米以外の米の輸入には1キロ341円の関税がかかるため、これまで民間企業による輸入はわずかだった。ところが、国産米価格の高止まりが続く中、民間輸入が急増。’23年度には368トンだった輸入量が、’24年度は1月末時点で991トンと、昨年度1年間の2.7倍に上っている。
「商社の『兼松』は年内に米国産カルローズを1万トン輸入すると言っています。輸入米には1キロ341円の関税がかかりますが、関税を払っても採算が取れるのであれば、民間企業はコンスタントに輸入すると思いますよ」
農水省は「’24年産米が出回れば、不足感は解消し、値段も下がる」と説明していたはずだ。しかし農水省によると、’24年産の米は前年に比べて18トン増えた一方で、農協など主な集荷業者が1月末までに確保した米は前年比で23万トン少なかった。どうしてなのか。
「農協に集まらなかった背景には、’23年産米の不足と集荷競争の激化があります。
農水省は’23年の米不足の原因として、酷暑によるシラタ(白未熟粒)やカメムシの発生で一等米の流通量が減ったことと、インバウンドの増加で米の需要が大きくなったことを挙げていました。
ただし、米の収量を示す作況指数が’23年は101と平年並みで、作況上は不作だったわけではありません。インバウンド需要も関係なくはないですが、それよりもコロナが明けて外食需要が増えたことが大きいでしょうね」
’23年のインバウンド数がコロナ禍前の約8割まで回復したとはいえ、日本の米不足を引き起こすほど消費したとは想像し難い。
「農水省が取りまとめている米の卸や販売業者の民間在庫は、昨年の6月末時点で153万トンありました。民間在庫は通常、端境期の8月に少なくなりますが、すでに6月には前年より約40万トン少なかったんです。
それでも民間在庫が153万トンあれば、1ヵ月の需要量を約50万トンと見ても、7月~9月まで困らなかったはずです。農水省も大丈夫と踏んでいました」
ところが、去年8月に気象庁が初めて「南海トラフ地震臨時情報」を発表したことで、米の買い溜めが起きた。その結果、民間在庫はどうなったか。
「新米が出る前に食い潰し、9月の時点で新米を先食いしてしまいました。そのため、在庫が40万トン足りないまま新米の流通が始まったわけです。
今年の2月に入り、農水省は、21万トンの米がどこかに消えたと言い出した。『流通がスタックしている』というのが江藤(拓)農水大臣の言い分。この間、民間在庫の不足は増え、2月末時点で44万トンになっていました」
しかし、農水省が決めた備蓄米の放出量は21万トンだ。
「44万トン不足しているわけですから、足りるはずもありません。しかも、高い米価で入札させているので、販売価格も期待するほど安くならない。5キロ4000円を超える直近の平均販売価格より1割も下がれば御の字ではないでしょうか」
米の自給率100%を掲げる日本で、令和に起きたこの「騒動」、大泉さんは「諸悪の根源は米を潰そうとする減反政策」と断言する。
「農水省は米価を維持するために50年もの間、需要に見合った生産を農家に強いてきました。需要に見合うだけとなると当然、生産量は減ります。人口は減少する一方で、一人当たりの消費量も減っているわけですから。
『減反政策』は’18年に廃止されたことになっています。ですが、『生産の目安』を提示する形に変えただけで、実態は変わっていません」
米価が下がらないよう農協も、事実上の減反政策に反旗を翻すことなく歩調を合わせてきたという。
「稲作農家は現在、全国に55万戸あります。民主党政権の’12年には107万戸だったのが、13年間で半分に減ってしまいました。
今、米の6割は、全国の稲作農家55万戸のうち、4%に当たる規模の大きい農家が作っています。残りの4割を、96%の規模の小さい兼業農家が作っている。
米価が下がらないように、農協が『米を作るな』『生産調整しろ』と言っている間に、ほとんどが兼業農家になり、やめていってしまった。
結局、米価を維持する目的で、時には需要を下回る生産量を示すなど、非常にタイトな需給管理をしてきた結果、高温障害で流通量が多少減り、需要がほんの少し増えたぐらいのことで米がたちまち足りなくなりました。しかも、すぐに備蓄米を放出すればよかったのに、それもしなかったため価格が高騰し、こんな大騒動になってしまった。
需給が不安定な時代には、もっとゆとりを持った需給管理が必要です。農水省が稲作農家に求めるべきことは、減反ではなく増産なんです」
農水省は3月19日、’25年産主食用米の作付面積が全国合計で128.2万ヘクタールとなり、’24年産を2.3万ヘクタール(1.8%)上回る見通しになったと発表。19道県の農家が増産の意向で、生産量は10万~12万トンほど増えるとみている。
「これまで農水省の『目安』に従って生産を制限してきた農家は、江藤農水大臣の『米の生産は自由』という発言を聞き、『目安は無視していいんだ』と判断したと思います。農家は農協や農水省の考えから離れ、まだまだ増産すべきなんです」
’24年産を1.8%上回る128.2万ヘクタールの作付面積について、大泉さんはどう見ているのだろう。
「この数字では少ないですね。作付面積が10%近く増えないと、米価は下がりません。
ただ、農業現場の足下は弱く、作付けを拡大できる農家が少なくなっているのも日本農業の現実です。となると、末端価格5キロ4000円前後の定常化は避けられないでしょう」
農水省は14日、米の輸出を’30年に約35万トンまで伸ばす目標を示した。’24年輸出実績の8倍近く拡大させることを目指すという。生産量を増やすことで、現状のように需給が逼迫した際に国内向けに回すなどの狙いがあるようだが……。
「私は、米は輸出産業になり得ると考えています。減反を止めて増産を図り、輸出を拡大せよと言い続けてきました。
今、米を必要としている主な国はインドネシア、フィリピン、アフリカ諸国などです。特にアフリカのニーズが非常に高い。ところが、世界全体の米の貿易量は生産量の8%程度でしかないんです。
そこに日本が輸出することで8%が10%になるとしたら、国際米市場が安定する。国際貢献にもつながるわけです」
農水省が提示する「35万トン」は、輸出量として適正なのか。
「輸出の現状からすると、非常に高い目標といった感があります。ですが、600万トン輸出米を生産する力はもともと持っています。日本には潜在生産力が1300万トンある。国内消費量は700万トンなので、日本の稲作産業を維持するために増産分の600万トンを輸出し、需給が逼迫した場合は国内用に回せばいいんです。
差し当たって、35万トンまでどう増やすか。言葉だけで終わってほしくはないですね」
増産すれば米価は下がる。それだけ国際競争力はアップする。
もっとも、「作付けを拡大できる農家が少なくなっている」(大泉さん)今の日本に、1300万トンの米を栽培できるだけの生産者はいるのだろうか。
「そこが問題です。先ほど全国の米の6割を4%の稲作農家が作っていると言いましたが、その中には、作付面積100ヘクタール以上の大規模農家も存在します。そういう100ヘクタール規模の農家を現在の倍に増やし、生産性の高い農業をやってもらうことが出発点です。彼らの経営力を強化していくことは喫緊の課題です。
大規模農家が出てきたのは、実はここ10年ぐらいのことなんです。法人化し、稲作だけでなく野菜も栽培するし、食品加工や畜産を手がける農業法人もあります。大規模な農業経営者には地主の後継者や師弟が多いので、地域経済の活性化にも熱心です。
ただ、農業をビジネスとして捉えているものの、まだ足腰が弱いという弱点もあります。若い農業経営者が力をつけ、大規模化がトレンドになれば、やがて96%の小さな兼業農家は土地を預けるようになるでしょう。
国や自治体が、農業の規模拡大や付加価値・生産性の向上に大きくかじを切れば、米に関するほとんどの課題は解決するはずです。そうなると日本の稲作、農業は大きく変わります」
米は日本人の主食だ。食べられなくなっては困る。食料安全保障の強化となる農業政策への転換を、国民は望んでいる。
▼大泉一貫(おおいずみ・かずぬき) 農業経済学者、宮城大学名誉教授。1949年、宮城県生まれ。1974年、東京大大学院農学系研究科修士課程修了。宮城大教授、同副学長などを歴任。著書に『日本農業の底力』(洋泉社)『希望の日本農業論』(NHK出版)『フードバリューチェーンが変える日本農業』(日経BPマーケティング)など。
取材・文:斉藤さゆり