減少傾向だった万引きが、ここにきて再び増え始めている。警察庁の発表によると、2024年の認知件数は9万8292件。8万3598件だった2022年から17%も増えている。拡大しつつあるのが、セルフレジでの犯行や外国人グループによる組織的な犯行だ。
近年発生している万引きの驚きの実態について、ベテラン万引きGメンの伊東ゆうさんに話を聞いた。
この日千葉県のとある小売店に、“客を装った人間”が二人、紛れ込んでいた。
「アイツ、たぶんやるよ」
男の鋭い視線の先にいるのは、買い物を楽しむ一人の若い女性だ。これといって怪しい様子は見られない。
女性は棚から化粧水を2本手に取ると、さりげなくあたりを見回しながら、客が少ない売り場のほうへと歩き出した。誰もいない通路に吸い込まれていく姿を見て、男に緊張が走る。女性は素早く通路の両端を確認すると、慣れた手つきで2本の化粧水をエコバッグに放り込んだ。
隣の陳列棚の隙間から一部始終を見ていた男の顔は険しい。
店内をぐるりと一回りした女性は、そのままレジの脇を抜けて店の外へ。
と、その瞬間、男が女性の前に立ちはだかる。
「お姉さん、こんにちは。はい、逃げない、逃げない。事務所でちょっと話聞くだけだから。お金払ってない商品、あるよね?」
万引きGメン–。伊東ゆうさんは、この仕事を始めて今年で26年目を迎える。これまで捕まえた万引き犯は6000人以上。テレビでもたびたび特集が組まれるスゴ腕Gメンだ。
「目を見ればだいたい分かりますよ。彼らは商品ではなく周りを見ている。店員や客の動き、バレずに万引きができる死角を確認しているんです。でもどの万引き犯も行動パターンはほぼ変わらない。手に取るように次の行動が分かっちゃうんですよ。
だから万引き犯を見つけるたび思うんです。『俺、アンタのこと、アンタより知ってるよ』って」(以下、伊東さん)
もはや伊東さんは万引きGメンとして至高の領域に達していると言っていいだろう。ただ、いくら熟練のハンターとはいえ、わずかな油断が失敗につながる。獲物の勘は鋭い。特に厄介なのが、警戒心の強い若者や監視役がいる夫婦だ。逆に、隙が多い高齢者や警戒心が薄い常習者は、伊東さんに見つかった時点でほぼ“運命”が決まる。
「本当に狩りに近いです。万引き犯がこちらの気配に勘づけば失敗するし、私が先に万引き犯の殺気に気づき、最後までバレなければ仕留められる。いまでも犯行の瞬間を目撃するたび、興奮で心臓の鼓動が早くなります」
そんな万引きGメンと万引き犯の攻防は、近年激化している。
減少傾向にあった万引きの認知件数は、2022年の8万3598件から一転、2023年の9万3168件、2024年の9万8292件とにわかに増え始めている。2022年比で17%の増加だ。
近ごろ、小売業界では人手不足を背景にセルフレジの導入が進んでいる。
伊東さんによれば、それに伴い“セルフレジ万引き”が増えているという。万引きの増加を恐れて導入をためらっている店もあるほどで、効率化とリスクのはざまで小売店はジレンマに陥っている。
「セルフレジ万引きは、売り場で商品を隠す従来の万引きに比べて、言い訳がしやすいのが特徴です。たとえ万引きを指摘されても、決定的な証拠がない限りは『うまくスキャンができていなかった』などといくらでも言い逃れができてしまう。
監視する店員に対してレジの数が多いケースが一般的で、堂々と万引きをやられても気づけないこともある。怪しい動きに気づけたとしても、トラブルを嫌がって店側もあまり指摘しにくい実情があります」
なかでも横行しているのが、スキャンするふりをしてバーコードを指で隠す手口だ。スキャン時に商品を2つ重ねて、1つだけしかバーコードを通さない「重ね打ち」という手口も多い。6本パックの缶ビールにいたっては、缶に印字されたバーコードをスキャンして、1本分の料金しか払わない不届き者もいる。
さらに、「もやしパス」と呼ばれる大胆な手口まで生まれている。本来の商品バーコードではなく、あらかじめ用意して持ってきた、格安商品の代表格であるもやしのバーコードをスキャンしてセルフレジを抜けてしまうのだ。
「先日、この手口で何度も犯行を重ねていた30代の女をようやく捕まえました。実際は約2万円分の化粧品とシャンプーを買っていたのに、レシートに印字されていた金額はたったの1000円。事務所でバッグを開けてもらうと、もやしの袋から切り抜いた29円のバーコードが大量に出てきました。
ここ数年で転売目的の万引きは激増していて、多くの犯人が盗品を大手フリマサイトに出品しています。駆けつけた警察官にスマホを確認してもらうと、やはりこの女もそうだった。ざっと見た限り、新品の化粧品やヘアケア商品など300個以上を転売していました。1個1000円以上する商品を29円で仕入れていたんですから、相当儲けたんじゃないですか。
しかも、普段は学校で教師をしているっていうんですからね……。こんな奴が子どもを教えているなんて信じられない。この女は悪質だと判断されて、警察に逮捕されました」
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