減少傾向だった万引きが、ここにきて再び増え始めている。警察庁の発表によると、2024年の認知件数は9万8292件。8万3598件だった2022年から17%も増えている。拡大しつつあるのが、セルフレジでの犯行や外国人グループによる組織的な犯行だ。
キャリア26年目のベテラン万引きGメン・伊東ゆうさんに、知られざる修羅場の数々を語ってもらった。
前回記事〈女教師がセルフレジに《もやしパス》を通して荒稼ぎ…万引きGメンが指摘「彼らはフリマサイトで盗品を売りさばいている」〉より続く。
万引きGメンの仕事には常に危険がつきまとう。声をかけてすんなり事務所までついてくる万引き犯ばかりではない。ときに犯人が大暴れすることもあるという。
実際、2023年10月には万引きGメンをクルマのボンネットに乗せたまま走行した男が、強盗殺人未遂の容疑で逮捕されている。
「その万引きGメンって私なんですよ(笑)。事件があったのは、屋上に駐車場があるタイプの小売店でした。この駐車場にクルマをとめている場合、未精算の商品を車内に持ち込むまで万引きは成立しません。距離を取りながら駐車場に向かう万引き犯を追っていたのですが、私に勘づいたのか、ドアを閉めるなりすぐにエンジンをかけたんです。
『逃がすか!』と思って反射的にクルマの前に立ち塞がったら、そのままクルマが急発進。ボンネットの上に乗ってしまいまして。走行した距離は70mくらいでしょうか。駐車場のスロープを下りる手前で振り落とされました。結局すぐに捕まりましたけどね」(以下、「」内は伊東ゆうさん)
ちなみに、万引き犯に轢き殺されそうになったのはこれで2回目だという。
「1回目は、万引きGメンになったばかりの頃です。このときは私の制止を無視した万引き犯が軽トラックを急発進させ、弾みで荷台に乗ってしまったんです。振り落とされそうになりながらもなんとか通報して、3キロ暴走したところで犯人は警察官に逮捕されました」
一見、力の弱そうな高齢者も油断は禁物だ。女性の場合は特に抵抗が激しい。
「店の外で『お支払いしてない商品ありますよね?』と腕を掴んだ途端、『何よ、離して!』と私を突き飛ばしてきますからね。でも、こっちだって逃すわけにはいかない。そうすると今度は作戦を変えて、『助けてえええ!』と叫び出すんです。助けてほしいのはこっちですよ(笑)」
だが、伊東さんの経験上、最も凶暴なのは外国人だという。蹴り、頭突き、目潰し……。彼らはありとあらゆる方法で逃れようとする。しかし、フルコンタクト空手で黒帯を持つ伊東さんは、どんな暴漢だろうがたちまちねじ伏せる。
「つい最近も、厄介な外国人万引き犯にやられました」と、痛々しい傷跡が残る右手を見せてくれた。
「逃げようとするペルー人を取り押さえたときに思いっきり噛みつかれたんです。この夫を助けようと女房まで乱入してきて、もうプロレス状態でしたよ。『何も盗んでいない!』とさんざん、わめいていたくせに、バッグを開けたら山ほど商品が入っていましたからね」
こうした数々の修羅場をくぐりぬけてきた伊東さんは、冷静な態度と鋭い眼差しもあいまって、どこか近寄りがたいオーラを漂わせている。しかし意外にも涙もろい一面もあるという。伊東さんが思わず涙を流したのは、幼い万引き犯と対峙したときだった。
「小学校2年生ぐらいのお姉ちゃんと年長さんくらいの男の子が、夜の大型スーパーにやって来たんです。2人とも服はボロボロで、お姉ちゃんなんて汚れて真っ黒になったプリキュアのサンダルを履いていましたからね」
年端も行かない子どもたちが買い物カゴも持たず、店内を歩き回っていたら嫌でも目立つ。姉の小さな手には、使い古されたくしゃくしゃのビニール袋が握られていた。
「離れて見ていたら、お弁当やお菓子、ジュースを堂々とその袋に入れていくんですよね。一通り選び終えると、レジを通さないままフードコートで食べ始めたんです。お姉ちゃんが弟に一生懸命ご飯を食べさせていました。本当なら一口食べた時点で声をかけなきゃいけない。でも、あのときはどうしてもそれができなかった」
二人が食べ終わるのを待ってから、伊東さんは「お母さんはどこにいるのかな?」と声をかけた。おそらく彼らは大人の助けを待っていたのだろう。堰を切ったように泣き始めたという。
「落ち着かせてから事務所に連れて行き、警察を呼びました。シングルマザーの子どもたちだったらしく、母親がスナックに働きに出ているあいだに空腹に耐えられなくなり、犯行に及んでしまったんだそうです。
大勢の大人に囲まれながら健気に対応するお姉ちゃんの姿を見ていたら、なんだか涙が止まらなくなってしまって……。万引き犯を捕まえるのが私の使命です。でも目の前にいる子どもたちが悪い人間だとは到底思えない。放置したとはいえ母親も子どものために働いている。じゃあ誰が悪いんだろうって。いろいろと考えさせられた出来事でした」
空腹に耐えきれず万引きに手を染めてしまう人間もいれば、お金が有り余りながら平然と商品を盗む人間もいる。某百貨店で130万円のコートを万引きした女性はまさにそのケースだ。
「60代後半ぐらいの品の良さそうな女性でしたよ。宝石の付いた指輪を両手にいくつもつけて、いかにもお金持ちという雰囲気でした。お金には絶対困っていないはずなのに、店内に吊るしてあったミンクのコートを着たまま、何食わぬ顔で帰ろうとしたんです」
伊東さんは呆気にとられながらも、店を出たところで女性に声をかけた。すると「あら、試着中だったわ。すっかり忘れてた!」と白を切ってきたという。
「どう考えても立派な万引きです。だからルール通りに事務所に連れていきました。そしたら、よっぽどの太客だったのか、外商の担当者が『◯◯様~!一体どうなされたんですか!?』とすっ飛んできたんです。
結局、勘違いだったということになり、この客はミンクのコートと長財布をブラックカードで支払って帰っていきました。百貨店の人間も『ありがとうございました!』と頭を深く下げちゃったりして。いや、ただの万引き犯ですからね。
その後がまた最悪で、担当者から『大事なお客様を泥棒扱いされるとこっちが困るんです』と散々嫌味を言われました。彼らは万引きだと分かっていながら、大金を定期的に落としてくれる太客を疑えないんですよ。はっきり言って、異常な世界だと思いましたね」
小売業の進化は目覚ましい。ただ一方で、新たな仕組みが登場するたび、万引き犯はその隙を突いてくる。
関連記事で触れているように、セルフレジでの万引きは増えつつある。ショッピングカートにスキャンと決済機能を搭載したスマートカートの導入も一部小売店で進んでいるが、万引き犯に攻略される日が訪れるかもしれない。
「ただ、セルフレジやレジカートにおいては不正対策も進んでいます。高性能防犯カメラが搭載された端末を導入する店も増えてきていて、万引き犯の言い訳を簡単に見破れるようになっています。最近では映像チェックの結果、後日逮捕されるケースも少なくありません」
さらに、伊東さんの卓越した能力をAIに学習させる取り組みも始まっている。
「レジや防犯機器のメーカーに『伊東さんに匹敵する“万引きGメンAI”が欲しい』と言われて、数年前から開発に協力しています。ただ正直なところ、まだ私の感覚を完全再現できるレベルには至っていません。どうやら実現はまだ先になりそうですが、いつかはそういう時代も訪れるでしょう」
常に万引きの最前線を立ってきた伊東さんにとって、万引き犯とは–。
「ズル賢い泥棒ですよ。まるで反省の見えない万引き犯には、あえて“泥棒”という言葉を使って戒めています。憎いから強い言葉を使っているわけじゃない。自身の愚かな行為を少しでも後悔してほしいんです。どの万引き犯に対しても本当にこれで最後にしてほしいと常に思っています」
不埒な万引き犯が世にはびこる限り、万引きGメン・伊東ゆうの戦いは続く。
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