複合商業施設「道玄坂通 dogenzaka-dori」が苦戦している。なぜだろうか(筆者撮影)
再開発が進む東京。「ハラカド」など、今までになかったコンセプトの商業施設が話題になる一方で、出遅れてしまったり、魅力が伝わりきっていない印象のビルも存在する。例えば、「道玄坂通」はその1つかもしれない……。
新著『ニセコ化するニッポン』を上梓した、都市ジャーナリストの谷頭和希氏が解説する。
渋谷に誕生した「道玄坂通 dogenzaka-dori」が苦戦している。
「通」とはいっても本当の通りではなく、複合商業施設の名前である。運営元は、ドン・キホーテでお馴染みのパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)。
上層階には首都圏初進出となる「ホテルインディゴ」、中層階はオフィスが入居し、低層階にはドン・キホーテやゴンチャをはじめとする商業施設が軒を並べる。
ただ、どうやらこの建物、特に商業部分について苦戦が続いているようである。フードスタジアム編集長の大関まなみ氏は「大苦戦の渋谷『道玄坂通』で一人勝ちする店の正体」の中で、そこに入る飲食店やドンキの戦略に触れながらその苦境の原因を語っている(ちなみに同施設内でもっとも賑わっているのはタピオカでお馴染みのティーカフェチェーン「ゴンチャ」だそうだ)。
そこでは「ソフト」の面から同施設について語られているが、ここではそれを包み込む「ハード」、つまり建築やデザインのあり方から同施設の苦境の原因を探りたい。
さて、同施設がPPIH運営であることは述べた通りだが、そのPPIHの看板である「ドン・キホーテ」の店舗を見ていて、私がいつも感心してしまうことがある。それが「街との一体化」だ。
【画像17枚】開業から間もないのにドンドン店が撤退、ドンキもコケた「道玄坂通」。そこで見た”驚きの光景”
特に都心部のドンキに多いのだが、その入り口は面する道に沿って大胆に開かれており、街路からその店の様子がよく見える。
新宿と新大久保のちょうど中間にあるドン・キホーテ新宿店。道に面して市場のように商品が並べられ、歩道と一体化しているような印象を受ける(筆者撮影)
こちらはドンキ新宿店の別の入り口。まるで夜市のような空間が広がっており、新大久保の裏手の個人店が並ぶ猥雑な雰囲気とマッチする(筆者撮影)
視覚的にもそうだが、例えば店内で流れるさまざまな音(聴覚)が聞こえたり、店によっては焼き芋のにおい(嗅覚)までが漂ったりして、通りすがっただけなのについつい店に入ってしまいたくなる。
こちらはドン・キホーテ横浜西口店だが、やはり店舗外観は道路に面して大きく開かれている(筆者撮影)
ドンキが店内の構造をあえて複雑にして「衝動買い」を誘発していることは有名な話だ。それと同じように、店舗デザインでもこうした「衝動入店」を誘発しやすいのがドンキの特徴であり、強みである。
これは何を表しているか。それは、ドンキとそれが立地する街が「一体化」しているということだ。街の中で異質すぎる存在にはならず、その街にまるで昔からあったかのようにじんわりと浸透する。それがドンキの業績の好調につながっている(この辺りについては拙著『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』で書いた)。
さて、こうした店舗の特徴を見て、改めて道玄坂通を見るとどうだろうか。
この施設の特徴の1つは、その名前に「通」と付いていることからもわかるとおり、街のパーツの1つとして使える施設が目指されていることだ。
具体的には、施設が面している道玄坂小路と文化村通りの間に、24時間通行可能な通路が作られている。商業施設の内部でありながら、まるで公共の道路のように使うことができる、というわけだ。
ここからは、渋谷の街に一体化しようという道玄坂通の強い意思がうかがえる。
PPIHが発表した道玄坂通についてのプレスリリース。「まだ知らない渋谷に出会える」と街歩きの「偶然性」を押し出し、渋谷の街になじもうとする意図が見える(筆者撮影)
しかし、現実にはこの通りはガラガラ。正直、当初目指されていたような「通り」としては機能していないな……というのが正直なところだ。
どうしてこうなってしまったのか。
もちろん、ここは従来のドンキだけの店舗ではないから仕方のない部分はあるのだが、どうも全ての入り口がどこか奥まっていて、少し入りにくい感じを受けてしまう。
道玄坂小路に面しているところはかなり奥まったところに入り口があり、しかもそこに入る通りにはタピオカを飲んでいる人々の目の前を通過しなければならず、気軽に入る……という感じにはならない。
文化村通り側からは確かに開かれているような印象は受けるのだが、それでも実際に建物の入り口までが少し奥まっていて、どこか街から遠い存在のように見える。
せめて何かの店舗が道路に面して開かれていれば誘引力にもなるのだろうが、テナントも内を向いているような感じがして、街の中で浮いてしまっているように見えるのだ。
つまり、これまでのドンキが得意としてきたような「街と一体化する」側面が(理念的には達成されていても)、現実には薄いのではないか。
ハロウィンのときの道玄坂通。入り口で仮装をしている人がいて、それに人が集まっていたが、このときも中まで入っている人は少なかった。それほど入りづらい、というか入る場所として認識されていないのだろうか(筆者撮影)
そもそも道玄坂通が面している道玄坂小路や文化村通りの周りは、居酒屋や風俗店なども含めた猥雑な環境になっている。
道玄坂小路から見る風景。こうした風景の中にいきなりでかい建物が現れても……という印象を受けてしまうのは筆者だけか(筆者撮影)
そのためか、いくら地域のパブリックな通りを目指そうにも白を基調にした小綺麗な施設は、どこか似合わない現実もある。
低層の建物の中に突然現れるインディゴホテルも、どこか場違いな感じだ(筆者撮影)
いうなれば、渋谷の中に突然銀座や大手町にあるような建物が現れた感じ……といえばわかりやすいだろうか。それでは渋谷にいる人がスッと入らないのも納得だ。
すでに道玄坂通に入っているドンキは2回にわたって業態を変更している。それは、道玄坂通の目の前にMEGAドン・キホーテ渋谷本店があり、カニバリズムを起こしてしまっているからだろうが、こちらの入り口は正面にでかでかとマスコットキャラクターであるドンペンが鎮座しており、おなじみの水槽もある。
中の様子もよく見えるし、なんだか(いい意味で)いかがわしい感じがバッチリで、渋谷の周辺環境にぴったりだ。店内商品の違いなどもあるのだろうが、MEGAドン・キホーテ渋谷本店の方に人が殺到するのも頷ける。
逆にいかがわしさ満開のMEGAドン・キホーテ渋谷本店。巨大な看板・水槽・ドンペンと、ドンキのすべてがここにある(筆者撮影)
MEGAドンキ渋谷本店にはTENGAコーナーなどもあり、外国人観光客に大人気である(筆者撮影)
道玄坂通はPPIHにとって、「初」となる複合商業施設だ。東急や三井、三菱、森ビルが東京各地で行っているように、複合商業施設の開発はきわめて大規模で「1つの街」を作り上げるような作業でもある。
その意味でPPIHにとってはじめてとなる「まちづくり」事業でもあるのが道玄坂通だといえるが、それがなかなか苦戦しているようである。
それもそのはずで「まちづくり」となれば、これまでPPIHが行ってきたような「ドンキ」単体を作るのとは考え方がかなり変わってくる。街の中でそこを人々がどのように動くのか、という動線も合わせて考えたり、あるいは商業施設内に入るホテル・オフィス・店舗のバランスなど、考えるべきことは飛躍的に多くなる。
……と私などが言わなくても、当然この辺りはとても考えて作られているはずだ。
ただこの点、特にドンキが目指している「回遊型」の施設構造もマイナスには働いているようだ。道玄坂通では、渋谷の街に新しい通りを作り、そこを含めて渋谷の街全体を「回遊」することが目指されていた。
「回遊型」は、従来のドンキでもキーワードになっている言葉の1つ。店舗の場合、それは衝動買いを誘発しアミューズメント性を高めることで顧客満足につながっている(特にスーパーのような日常使いではなく、ディスカウントショップのような非日常的な用途が多い店の場合はなおさらだ)。
ドンキ店内の様子。ついつい欲しくなる、工夫にあふれた店づくりだ(筆者撮影)
しかし、それは街でも同じわけではない。同じことを街レベルで行ってしまうと「動線が分かりづらい」といった声も当然ながら出てくる。
事実、道玄坂通については私も最初に訪れたときに「これはいったいどこにつながっているんだ?」と思った。渋谷は「谷」と付くだけに坂道が多く、面的に施設を開発しようとすると、どうしてもこの地形的な影響を免れることができない。元々そのような土地でさらに中が分かりづらい……となると、なかなかそこに足が向かないのも納得だろう。
プレスリリースより。渋谷の複雑な地形の中にドーンと作られていることがわかるだろう。これは、かなり地形の影響を受けるはずだ(筆者撮影)
PPIHは、1つの店に失敗しても、迅速にそれに対応して店のあり方を変えたり、それに対処する企業風土を持っている。かつては神保町に出店した店をわずか数カ月でたたんだ、ということもあった。
道玄坂通に入るドンキにおいても、わずか数年のうちに業態変更を行うスピーディーさだ。それが現在のドンキの躍進を支える要因の1つになっているのは間違いない。
道玄坂通にかつてあった「キラキラドンキ」。Z世代をターゲットにした業態だが、「渋谷=若者の街=Z世代向け」という単線的な発想があったような気がする(筆者撮影)
ただ、商品や業態を変えることは店の中で完結したとしても、それが立地するハード面については得意の柔軟性を発揮することは難しい。なぜなら、それは建築やデザインの問題であり、変えようと思ってもすぐに変えられる類のものではないからだ。道玄坂通の動線が悪いからといって、1カ月後にそれを変えようといっても無理な話だ。
道玄坂通の問題の1つが「ハード」にあるのだとしたら、PPIHが得意としてきた迅速な変化も難しいのではないか。その点で、道玄坂通の先行きは怪しいといえるかもしれない。
実際、現在同施設内には「ジハン・キホーテSHIBUYA」という自販機だけが置かれたエリアが誕生している。
こちらが「ジハン・キホーテ」の様子。だが、訪れた日も人はほとんどいなかった(筆者撮影)
筆者はさまざまな商業施設を見ているが、空きテナントが増え、そこに無造作にゲーム機やカプセルトイマシーン、マッサージチェアなど無人運営が可能なものが置かれはじめたら危険信号だと思っている。すでにその兆候があるのは、危険だと言わざるを得ない。
とあるショッピングモール。こうなると、けっこう厳しい。人が来ず、テナントも入ってくれない、魅力のない空間だと自らアピールしているようなものだ(筆者撮影)
あるいはこういう空間。これも厳しい(筆者撮影)
ただし、これまでさまざまな局面を乗り切ってきたPPIHである。中に入るテナントの工夫などを含め、今回もなんらかの方法でこの苦境を乗り切る方法を見せてくれるかもしれない。

これは個人的な見解なのだが「道玄坂通」という名前を「ド・ウゲンザカ通」と変えてみるなど、どうだろうか。
ドンキを強くイメージさせる「ド」を強調するのだ。というのも、多くの人に聞いてみても「道玄坂通をドンキの会社がやってるなんて知らなかった」という声が多いからだ。
せっかく一般に浸透しているドンキとイメージが結びついていないのはもったいない。こうして名前を変えるだけでも、施設をアピールすることにつながるのではないか。
今はなんだか妙に意識が高い感じがして、扱いに困ってしまっている同業も多い気がするが、「ド・ウゲンザカ通」になれば、メディアも取材に訪れやすくなる気がする。
まあ、こんな提案は私の妄想にしても、いずれにせよ、PPIHの道玄坂通における次の一手を待ちたい。
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(谷頭 和希 : 都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家)