いま、テレビ業界の実態に大きな注目が集まっている。発端となったのは、元SMAPの中居正広氏をめぐる、フジテレビの性接待疑惑だ。
元テレビプロデューサーの北慎二氏が上梓した『テレビプロデューサーひそひそ日記――スポンサーは神さまで、視聴者はです』(三五館シンシャ)には、そんな業界の知られざる裏側が洗いざらい描かれている。
某テレビ局に20年以上勤めた筆者が見てきた“異様な光景”とは–。
本書より、番組企画で豊胸手術をした女性の衝撃エピソードを紹介する(文中の登場人物や企業名はすべて仮名)。
前編記事〈「この業界に枕営業はあります」元TVプロデューサーが明かす、新人タレントが得る「意外な対価」〉より続く。
「戻ってきて早々で申し訳ないねんけど、営業企画の番組1本、担当してほしいねん」
東京から本社編成部に戻ったばかりの私に編成部長が声をかけてきた。
「もともとうちの営業が広告代理店と一緒になって、中洲クリニックとかスポンサーを数社見つけて企画を立ち上げたんや。司会は角広志で、中洲クリニックの回は女の子の整形のいろんなことを紹介する情報バラエティーや。人事異動で引き継ぐプロデューサーがおらへんから、頼むわ」
編成や制作が主導となって企画し、営業がスポンサーに売りに行く「自局制作番組」に対し、営業が主導してスポンサーありきで番組を制作し、番組制作費も売上げに計上するのが「営業企画番組」だ(ちなみに制作費を計上せずに電波料だけをもらって放送するものを「営業持ち込み番組」と呼んでいた)。
この番組はすでにスポンサーが決まっているうえ、制作費も計上できるため、営業的にはありがたい仕事といえる。
編成部長の説明によると、テレビ上方の営業が女性の整形をテーマにしたバラエティー番組を構想し、美容整形外科・中洲クリニックに持ちかけたところ、OKが出たのだという。
4社のスポンサーが毎週週替わりで提供して、中洲クリニックの担当回は月1回だ。
「営業ガチガチの番組やから、とくにすることもないねん。交際費も1本3万円ついてるし、問題ないやろ?」
交際費というのは、関係者で食事をしたり、タレントと飲んだりする際の費用で番組ごとに支出され、プロデューサーが差配できる。1本3万円の交際費はテレビ上方ではまずまずの金額だ。
「わかりました。営業が暴走(注1)しないようにチェックだけしておきます」
こうした営業主導の番組はともすればスポンサーの意向に必要以上に迎合し、露骨な宣伝臭が出ることがあるため、プロデューサーの立場で抑制しなければならない。そこだけ注意すれば大きな問題はなかろう。こうして私はプロデューサーを務めることとなった。
放送時間は土曜日の午前中。この時間帯はローカル局にとって非常に重要な枠だ。というのも、ゴールデンタイムと土日放送枠はほとんどキー局のネット枠で、われわれローカル局は手出しができない。その点、土曜日の午前中のいくつかの枠はわれわれがフリーハンドで稼げる。
広告代理店の担当者との打ち合わせの席のことだった。
「中洲先生の奥さんがやり手なんですよ。自分も医者なのに自ら施術の実験台になって宣伝したりするんですよ。中洲クリニックはこれからもっと伸びますよ」
【注1】営業が暴走
他の在阪局とくらべて視聴率が悪かったテレビ上方はお金を稼ぐためであれば、何をしても割と自由に許されていた。スポンサーをとってきてくれる広告代理店に対して、旅行に招待したり、売上げ金額に応じて商品券を提供したり、あの手この手で接待していた。
その広告代理店はほとんど中洲クリニック専業で、中洲クリニックの成長とともに業績を伸ばしていた。代理店の担当者・湯浅さんは自慢げに続ける。
「もともと最初にオープンした名古屋のクリニックのすぐ横に信販会社があったんですよ。この関係がミソなんです」
「ミソというと?」
「クリニックに二重(ふたえ)手術にやってきたお客さんに、中洲先生が『二重だけじゃなくて、あと鼻にプロテーゼを入れたら鼻筋が通って最高に綺麗になるよ』なんてささやくんです。でも若い女の子はそんなにお金を持っていない。そこで先生が魔法の言葉をかけるんです」
「魔法の言葉?」
「そう。隣の信販会社を紹介してあげるから、そこでローンを組んだら月々の支払いもたいしたことないし、うちからの紹介なら優遇金利でローンが組めるからって。これで一丁あがりってわけ」
代理店の湯浅さんはわがことのように鼻高々に中洲クリニック成功の秘訣を語った。
「なるほど。そうやって稼いで、そのお金をテレビ番組やCMに投じて、また新しい顧客を開拓するというわけですね」
「そうです。だから、今回の番組もたくさんの人に見てもらって、その人たちがゆくゆくは中洲クリニックで施術してもらえば、スポンサー費用も十分に元がとれるんです」
こうして中洲クリニック提供の「角広志のクールチャンネル」がスタートした。番組で扱う整形手術は多岐にわたる。二重まぶたなど眼瞼(がんけん)の手術や、鼻を高くする隆鼻(りゅうび)術、顔のたるみをとるフェイスリフト、豊胸手術などだ。
ある回の放送では、20代で胸の小ささにコンプレックスを抱えるという女性が豊胸手術を受けることになった。これから手術を受ける女性に取材し、術前の映像とインタビューを収録。そして、術後の本人がスタジオに登場し、中洲院長や司会の角広志らとやりとりするという流れだ。
「それでは登場です!」
番組のクライマックス、司会の角広志が叫んだタイミングで幕が上がり、上半身裸の女の子が登場してきた。2025年現在では信じられないが、当時は土曜日の午前中にこんな番組が茶の間に流れていたのだ。
おおっ!
スタッフが番組を盛り上げるための歓声を上げる。
ただ、スタジオの一番後ろのモニターで眺めていた私はその光景に得もいえぬ違和感を覚えた。何かがおかしい。
女の子の上半身をよく見てみると、たしかに術前よりも胸が豊かになっているのだが、左の乳首は上を向いており、反対に右の乳首は下を向いている。
失敗した福笑いのおたふくさんの目みたいに乳首が互い違い(注2)なのだ。
【注2】乳首が互い違い
あとから別の美容整形外科医に聞くと、人間の身体は左右対称ではなく、もともと少しだけズレていた乳首の位置が、シリコンパッドを入れることでさらに広がり、こんなことになったらしい。その外科医は「まあ、それも想定して補正するもんですけどね」と苦笑いしていた。
「ほ~ら、あんなにぺちゃんこだった胸がこんなに綺麗になってほんとに良かったね~!」
スタジオの中洲先生は声高らかにそう言う。女の子は嬉しいのか、恥ずかしいのか、うつむき加減ではにかんでいる。
フロアにいるスタッフたちも互い違いになった乳首から目を離せず、困惑している様子だ。
自局主導の制作番組なら、「ちょっといったんストップしよ」となるレベルなのだが、営業企画番組はスポンサーの意向が最優先される。中洲先生は上機嫌なので、ここでさえぎるわけにもいかない。
収録後、私はディレクターに尋ねた。
「胸、おかしかったの気づいたやろ?あれ、編集で少しは補正できるかな?」
「あそこまで互い違いだと、なかなか難しいかもしれません」
今のようにCGなどあまり使えない時代。仕方なくそのまま放送した。
これには後日談がある。私の知り合いに整形したいという女の子がいて、広告代理店の湯浅さんに話をした。
「まかせてください。お世話になっている北さんの頼みですから、中洲クリニックで一番手術がうまい先生にやってもらうように言っておきます」
「一番うまい先生?それは中洲先生じゃないんですか?」
「いや、中洲先生には絶対に手術させません。女の子には中洲先生が執刀しないのかとガッカリしないように言っておいてくださいね。逆に喜ぶべきことなのですから」
「どうしてですか?」
「中洲先生は海外から新しい技術を持ってきたりするのは得意なんですけど、決して執刀が得意というわけではないんですよ。なんせ彼が一番得意なのは商売なんです」
ジョークだったのか本気だったのかはわからないが、その後の中洲院長の活躍を見ていると、商売がうまいことだけは間違いがなかったようだ。
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