ペコちゃんmilkyドーナツ 有明ガーデン店。洋菓子店と同じく、ペコちゃんの店頭人形も(写真提供:不二家)
ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載。第3回の<前編>に続き、不二家のドーナツ専門店オープンの裏側に迫ります。
古くから街にある菓子店には共通の課題がある。顧客が共に歳をとり、じわじわと減っていくことだ。不二家も例外ではなく、客の年齢層は50代、60代など高めが中心。しかも、手土産やお祝いなどの需要がほとんどで、そう頻繁には訪れない。
ドーナツ専門店「ペコちゃんmilkyドーナツ」の存在は、その解決の一手にもなったと同社の洋菓子事業本部 店舗オペレーション部部長の金田剛さんは説明する。
なぜなら、フードコートに来る客層は20代、30代が中心で、「買い物ついで」など、日常的に訪れている。
不二家の洋菓子店。昭和の頃から顧客に愛されてきた(写真提供:不二家)
しかもドーナツであれば、朝ごはんやおやつ、夕方小腹が空いたときなど、さまざまなシーンで手軽に食べられるため、購入機会も増えるからだ。
milkyドーナツ。米油で揚げるため、時間がたってもふんわりやわらかな食感が保たれている(写真提供:不二家)
実際、「ペコちゃんmilkyドーナツ」に来るのも、若い世代が中心だ。
10代の学生や幼児のいるファミリーも多く、「1つ食べておいしかったから、また買いに来た」「フードコートで食べてみておいしかったので、手土産に買って帰った」など、さらなる購入への流れも生まれている。
接触回数の増加に伴い、ブランド単体だけでなく、不二家という企業全体の認知も広がりつつある。
今後は、SNSなどを通じての客の発信にも期待を寄せている。
ペコちゃんmilkyドーナツの持ち帰り専用箱。かわいさも手土産に選ばれる理由に(写真提供:不二家)
業績的に見ても、店舗単位で単月黒字が出ているそうだ。
これには、もともと初期投資が軽く、人件費が低いことも影響している。そのうえフードコートでは、ほかの店のメニューと合わせて、ソフトクリームやドリンクを購入する客が多い。それらは原価率が低いため、利益が出やすい構造なのだ。
ペコちゃんmilkyドーナツ 横浜ワールドポーターズ店。イートインスペースには、学生や子ども連れのファミリーの姿もよく見られる(写真提供:不二家)
好調な「ペコちゃんmilkyドーナツ」だが、開発チームはどんなメンバーだったのだろうか。
最初にキーマンとなったのは、「ドーナツに造詣が深い役員」だという。最初の発案も彼からで、「ドーナツとソフトクリームの相性がいいことをよく知っていた」と金田さん。
その役員の下に総括的な立場として50代の金田さんが座り、20代の男女を含めた、年齢も経験もバラバラのメンバーが集められた。ドーナツ業態の経験者もおり、60代の役員のアドバイスを受けながら、みんなで意見を出し合いブランドをつくりあげていったそうだ。
デザインに若手の意見が強く反映された、ペコちゃんmilkyドーナツの持ち帰り専用箱(写真提供:不二家)
なかでも店舗設計やパッケージには若手の意見を優先的に取り入れ、ドーナツをくわえたペコちゃんを大きくデザインした。
ロゴのキャラクターの人気を受けてつくられたアクリルチャーム(写真提供:不二家)
そのかわいさは客の心を捉え、特に持ち帰り専用箱が「お土産にぴったり」と幅広い世代に喜ばれている。
キャラクターが予想以上に人気になったため、チャームもグッズとして販売し、好評を博している。「ペコちゃん人気のすごさを改めて感じています」と金田さんは手応えを語る。
けれど、ここで少し疑問が湧いた。通常、新業態の開発に当たっては、アゲインストが吹きがちだ。ドーナツのチームが立ち上がった際、社内に反対の声はなかったのだろうか。
おそるおそる金田さんに聞いてみると、「ネガティブな声はなかった」と間髪入れずに否定された。どうしてだろう。
不二家は1910年に創業した、115年の歴史を持つ企業だ。しかし、現在の平均年齢は36歳と若い。そのため、若手の意見を押しつぶさずに吸い上げ、「積極的にチャレンジしてもらおう」「活躍の場をつくっていこう」と背中を押す風土があるという。
ドーナツという新事業に対しても、「新しいお客様をどんどん増やして既存のケーキ店も利用してもらえるよう、積極的にチャレンジしていこう」という一致団結ムードがあった。
milkyクリームドーナツの春限定フレーバー、苺ミルク(3月31日頃まで発売)(写真提供:不二家)
開発に当たっては現場が主導して進めながら、経営層の意見も積極的に取り入れられた。ある意味理想的な組織の在り方だが、不二家がそんな組織になったのには、ある転機があった。
2007年に業績が悪化し、山崎製パンが不二家株の35%を取得、グループの傘下になったのだ。そこから組織は大きく変化していったという。当時の平均年齢が42歳だったのに対して、社員も大幅に若返った。
いつしか、「若い人が働きやすい、やりがいのある仕事を進めていこう」という機運が起こり、今では、若手と中堅社員がフラットにコミュニケーションをとれる環境がある。若手がさまざまな挑戦をして成果も出しており、今回の事業もそのひとつだったのだ。
パッケージの裏側には、ペコちゃんと仲良しのオスの仔犬 ドッグも(写真提供:不二家)
不二家の2024年12月期の売上高は、約1,099億円で対前期比104.2%。営業利益は約22億円で、対前期比167.2%を記録している。
その一角を担う事業について、意外な話も聞かせてもらった。不二家は中国の杭州に現地法人と工場を持っており、海外事業のなかでもかなりのウェイトを占めているという。驚いたのは、そこで生産・販売している商品の9割が、日本ではあまり目立たない存在である棒付きのポップキャンディだということだ。
中国で人気のポップキャンディ(3月18日に期間限定ソーダ味入りでリニューアル予定)(写真提供:不二家)
飲食店で子どもへのおまけによく渡される、あの、平らで楕円形の棒付き飴である。「中国では、ペコちゃんのキャラクターも含めて20年以上親しまれており、日本より高い価格で売れているんですよ」と金田部長は教えてくれた。老舗企業の海外展開の多様性を示す興味深い一例だ。
話を戻そう。国内では、ドーナツ以外の新事業も始まっている。特に注力しているのが、天然水市場への参入だ。
不二家ネクターは2024年に発売60周年を迎えた(写真提供:不二家)
近年、地震などの自然災害時における備蓄需要に加え、健康志向の高まりから、高品質な国産天然水市場は右肩上がりで成長し続けている。
現在、不二家は富士裾野にあるホームパイ工場の敷地内に天然水のボトリング工場を建設しており、2025年12月に生産を開始予定だ。
興味深いのは、この事業でも「既存リソースの掛け算」が徹底されているところ。
天然水自体は、これまでホームパイ製造にも使用してきた水源を活用。また、飲料水の「ネクター」「レモンスカッシュ」などで培った生産・販売ノウハウも活かしている。つまり、既存のリソースを掛け合わせているのだ。
まさに、ドーナツ事業で成功した「ブランド資産の再編集」手法の応用である。それが確実に、消費者に刺さるアウトプット、新業態として生まれ変わっている。
ペコちゃんmilkyドーナツは、不二家のリソースの結集だ(写真提供:不二家)
2022年9月には新たにベトナムにも合弁企業を設立し、2025年10月頃には、クッキーをメインに現地での生産を開始する計画も進める不二家。
将来的には、ASEAN諸国にも販売網を広げる予定だ。そこでは果たして、どんなリソースが組み合わされるのだろうか。
【もっと読む】不二家「ミルキー味のドーナツ」一体なぜ生まれた ロングセラーを新業態に生まれ変わらせる戦略 では、不二家が新たに始めたドーナツ専門店の魅力について、ライター・編集者の笹間聖子さんが詳しくお伝えしている。
まろやかなミルキークリームを詰めた、milkyクリームドーナツ(写真提供:不二家)
不二家で昭和30年代頃から販売しているソフトドーナツ(写真提供:不二家)
ソフトドーナツは現在、毎週金曜日のみエリア限定で販売している(写真提供:不二家)
milkyドーナツソフト。プレミアムmilkyソフトクリームのコクと甘さが生地の甘さを引き立てる(写真提供:不二家)
milkyドーナツのプレーン(手前)、チョコレート(奥右)、いちご(奥左)(写真提供:不二家)
(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)