現代社会において、相続は単なる財産の承継にとどまらず、家族の歴史や人間関係が複雑に絡み合う問題です。特に、核家族化やライフスタイルの多様化が進むなかで、予期せぬ相続問題に直面するケースが増えています。本記事ではAさんの事例とともに、過去の人間関係や財産管理の不備による相続時トラブルについて、木戸真智子税理士が解説します。※プライバシーのため、実際の事例内容を一部改変しています。

都内のタワーマンションに住む女性Aさん(70代)が孤独死しました。たまたま連絡した甥が、何度かけてもAさんが電話にでなかったことを気にしてはいたものの、「叔母は70代にしては見た目も若いし、暮れに会ったときにはいつもと変わらず元気そうだったので大丈夫だろう」と思っていた矢先でした。
ある日異臭がするとマンションの管理人から甥に連絡があり、管理人と家主の立会いのもと自宅を訪れてみると、Aさんが亡くなっていました。冬に異臭がするまで発見されなかったため、死後1ヵ月近く経過しているとみられました。Aさんと甥は頻繁に連絡を取りあう関係ではなく、お盆とお正月に会う程度でした。
というのも、甥の母親は数年前に他界しており、甥は代々引き継がれてきた実家を母親から引き継いで居住しています。母親はAさんの姉でもあったので、甥の住居はAさんにとっての実家でもありました。そのため、お盆やお正月には顔を合わせていたのです。
Aさんは独身でした。過去に結婚をしていた時期もあったのですが、数年で離婚してしまい子どももおらず、Aさんにとって甥だけが唯一の身内です。
そんななか少し前から気になっていたものの、言い出せずにいた甥の困りごとが浮上します。それは、実家の敷地が自宅、駐車場、アパートの3筆にわかれていること。この駐車場とアパートの2筆の土地は相続により、甥とAさんが1/2の持分で所有していました。
万が一のことがあったらどうしようかな、と考えているうちに思ってもいない事態に発展してしまったのです。

Aさんにとっての唯一の身内は甥です。実家の相続によって引き継いだ財産もAさんと甥で共有しているので、当然、Aさんの財産は甥が相続するしかありません。そこでさまざまな手続きを行うことに。手続きには大変な過程がありました。
死因を調べることはもちろんのこと、部屋の清掃も大きな負担です。賃貸物件であったため原状回復も必要になりました。多額の負担を甥が負うことに。叔母の遺産はその時点で判明しているものだけで2億円超ということがわかりましたが、口座も凍結されていましたし、そもそもほかにどのような財産があったのかもわかりません。わかっているのは、実家の土地1/2と親の代から受け継いでいる会社の株式などです。それ以外のことがわからないまま、平日は仕事、土日は遺品整理の生活がしばらく続きました。
そんなとき書斎から、1枚のメモが見つかります。そこにはある女性について書かれていました。Aさんはその女性のことをとても大事に思っていた、といった旨でした。甥はその女性に心当たりがなく、誰なのか探したところ、衝撃の事実が発覚します。
どうやら、Aさんはこの女性と過去に養子縁組をしていたようなのです。女性が、Aさんの元配偶者の親戚らしい、ということはわかりました。離婚が決まってもしばらくのあいだは養子縁組の関係にあったようなのですが、そのあと養子縁組は解消されました。当時、甥は子どもだったので詳しいことがわからず、Aさんが亡くなって初めて女性のことを知ったのです。
そして、ギリギリになりつつもAさんの相続の申告を終えました。今回のことで甥は大変な思いをしたので、自分が万が一のときは家族が困ることがないようにしようと心に決めました。
まずは自分の財産のリスト作成、そしてパスワードなどもまとめました。ワンタイムパスワードがスマホに送信されることも多いので、スマホの暗証番号も家族に共有しました。考えだしたら、あれもこれもと気になって、気がつけばAさんが亡くなってから2年が経とうとしていました。

そんなある日、税務調査の連絡がきました。孤独死だったため、そんなこともあるだろうと、甥も落ち着いて当日を迎えました。しかし税務調査の際、甥は衝撃の事実を聞かされます。なんと養子縁組をしていた女性にAさんは過去に贈与をしていたのです。
その当時の贈与財産が申告漏れであることを調査官から聞かされました。当時がどんな状況だったのか、甥にはまったくわからなかったので、驚くばかりでした。しかも叔母が養子縁組していたのは40年近くも前です。そんなに前のことが、なぜいま関係あるのかということもわかりません。甥はもう一度Aさんの遺品整理を行うことに。一体、どういう状況だったのか? 真相を探るため、膨大な量の書類を念入りに調べました。
調査によって出てきたのはAさんの養子縁組関係だった女性への切実な想いでした。離婚を機に、養子縁組の関係も解消することになったものの、Aさんにとっては大事な我が子のような存在だったことが伺えました。
結局、詳しいところになると調査官の情報提供もあってでしたが、Aさんは当時、養子縁組の関係だった女性に相続時精算課税制度を使って、3,000万円ほどの上場株式を贈与していました。その情報がなかったため、相続の申告の際は漏れていたのです。結果的に約1,400万円の追徴課税となりました。
お盆とお正月しか顔を合わせなかったこと、また、過去のことを話したがらないというAさんの性格もあったため、想定外の事実があとになって発覚する結果に。叔母にとっては自分が唯一の身内だったのだから、もっといろいろな話をしておけばよかった、と甥は後悔しました。
本人からしか聞けないこともあります。そしてAさんの家族に対する強い気持ちもあとになって知り、甥は申し訳ない気持ちになりました。もっと、家族として、密なコミュニケーションをとればよかった、さみしかっただろうなと胸が痛くなったのでした。
過去に解消された養子縁組であっても、贈与に関する情報は相続に影響を与える可能性があります。相続は家族関係や個人の歴史が複雑に絡み合い、思いもよらない問題が発生する可能性を秘めています。
「自分の場合は大丈夫」と思わずに、ご自身の家族や親族とのコミュニケーションを大切にし、生前のうちに将来について話し合っておきましょう。
木戸 真智子
税理士事務所エールパートナー
税理士/行政書士/ファイナンシャルプランナー