ある日突然、配偶者によって強制的に実子と引き離される事案が存在する。「実子連れ去り」と呼ばれる出来事だ。
【画像】腕にびっしり刺青を入れた西脇さんの仕事風景がこちら
現在長野県に在住する西脇大司さん(51歳)は、2020年1月20日、当時の配偶者(以下A)によって実子を連れ去られたという。
Aさんは西脇さんからDVを受けたとして警察署にも相談へ訪れており、西脇さんは取り調べを受けた。だがその後の捜査で、DVの事実がなかったことがわかった。それにもかかわらず、なぜ実子が連れ去られる事態に陥ったのか。西脇さんへのインタビューを通じ、一連の出来事を振り返る。
息子とのツーショット
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――ご自身の経験を公表しようと考えた理由を教えてもらえますか?
西脇 虚偽DVをでっち上げられて、7ヵ月間にわたって子どもと引き離されたんですよね。結果として私がDVをした事実がないことを捜査機関もわかってくれましたが、いまだに虚偽DVを申告した側は何らの制裁も受けていなくて……公平性を欠いている現実に憤りを感じたのがきっかけです。
市民団体「桜の会」代表の平山雄一郎さん、上田市の行政職員によると、私が虚偽DVを証明して子どもを連れ戻せた日本で初めての事例だそうです。私の事件が初めての虚偽DV事件であればいいのですが、もしも無実なのに実子を連れ去られている人が他にもいるのだとすれば、虚偽の申告を行った人間に対して毅然とした裁きがあってしかるべきだ思いますし、実情を少しでも多くの人に知ってもらうため、名前も顔も隠さずに取材を受けようと思いました。
――2020年1月20日、当時の配偶者に「実子連れ去り」をされたとのことですが、その日の様子を聞かせてください。
西脇 A(当時23歳)と息子と3人で長野県に暮らしていて、朝、息子を保育園に預けに行ったとき、職員が私を睨んでいるような気がしたんですよね。
9時頃に自宅へ戻り、その旨をAに伝えると、Aは「誰がそういう状況にしたと思ってるんだ!」と怒鳴り散らし、自宅を飛び出して自転車でどこかへ行ってしまったんです……。
実は、その日は11時頃に市役所のケースワーカーが家庭訪問に来る予定でした。少し前から夫婦で諍いがあって、話し合いをしようにもAが激昂して冷静になれないので、ケースワーカー立会いのもと話し合いをしようとしていたんです。
――もともとご夫婦が不仲であったとのことですが、原因は何でしょうか。
西脇 当時は確証はなかったのですが、Aに男性の影があったのが原因でしょうか。たとえば、夜に決まって「マラソンに行ってくる」と言って出かけ、数時間帰ってこなかったり、電話をしても、常に通話中だったり。
――不穏ではありますね……。ケースワーカーの家庭訪問はどう対応されたのでしょうか。
西脇 ケースワーカーから連絡があって、「家庭訪問に伺えなくなったので、役所に13時頃来てほしい」と言われたんです。Aにもその旨を連絡しようと電話をしたのですが、連絡はつかず、私ひとりで役所へ行きました。
ケースワーカーとの面談が終わり、14時頃に警察署から連絡が来たんです。「AがDVの相談に来ているから、警察署へ来るように」ということでした。私には身に覚えがないので、「人違いではないですか?」と聞きましたが、何度聞いても「Aが来ている」とのことで。
――それで、警察署へ出向いたのですか。
西脇 息子を保育園に預けたままなので、迎えに行ってから警察署へ向かいたいと伝えたのですが、警察は「奥さんがすでに保護しているから、そのまま来るように」と。Aに対するDVについてはまったく身に覚えがないものの、私には前科があるので、取り調べが長くなるだろうと予想しながら、指示通り、まっすぐ警察署へ向かいました。
――取り調べはどのように進むのでしょうか。
西脇 最初は生活安全課の刑事による取り調べでしたね。それが終わると5、6人の組織犯罪対策課の刑事が部屋に入ってきて、「採尿に協力しろ」「お前はマエ(前科)があるから、調べないといかん」と言われました。
もちろん覚醒剤なんてやっていませんから、、結果は陰性です。結局、その日帰宅できたのは23時頃でしたね。
――西脇さんは3人で暮らしていたご自宅に帰ったのだと思いますが、Aさんと息子さんはそのときどちらに?
西脇 後から聞いた話ですが、DV被害者が使用できるシェルターにいて、その後、母子寮に移動したようです。
――今は息子さんと暮らしているとのことですが、西脇さんのDVがなかったことを証明できた流れを教えてもらえますか。
西脇 Aが警察署へ相談へ行き、私が取り調べを受けた2020年1月20日の翌日、ケースワーカーが個人的に自宅にやってきて、虚偽のDVを報告するケースが稀に存在することを教えてくれたんですよ。
突然の訪問を不思議に思っていたのですが、Aが私から暴行を受けたと訴えた2019年12月3日から1月20日の取り調べまでの間に何度か面談もあったのに、、ケースワーカーの方はAと面談をしていたのに、DVについての相談を一度も受けたことがないことに違和感を持っていたそうです。もちろん時間が空いて被害を申告することはあると思いますが。
――では、ケースワーカーの方が助けてくれたんですね。
西脇 加えて、以前Aが「マラソンに行く」と言っていた時間の通話履歴を取り寄せたところ、そのタイミングで特定の番号に発着信をしていたことがわかったんですよね。
その番号に私から電話をかけてみると、出たのは男性でした。2020年1月31日夕方のことです。最初は非協力的だったんですが、話を重ねると「(Aが)シェルターから出てきても責任を取って一緒になることはできないし、するつもりもない」と言っていました。
その後、6月24日にAに対して男性との関係についてLINEで尋ねると、彼女は“腹いせ”で不貞行為に及んだことを認めました。
――Aに不貞行為があったことはわかりましたが、西脇さんのDVがなかったことを裏付ける証言も得られたのでしょうか。
西脇 先程も申し上げた通り、Aの主張は2019年12月3日21時頃に私がDVを行ったというものです。警察の相談記録票によれば「顔面をグーで殴られたり、お腹や背中を足蹴りされたり」したとのことで、もし本当だとすると顔に痣のひとつでもなければおかしいことになります。
ところがAは翌日に私とともにカラオケに行っているんです。そのとき、顔に怪我を負った女性が来店した事実もないことを店員が証言してくれたんです。私の風貌が変わっていることもあってか、店員の方がはっきりと覚えていてくれたようで。その証言が決め手になって、7月中旬頃には警察による捜査が打ち切られ、Aは母子寮を強制退去になりました。
――その後、どのように親権を勝ち取れるのでしょうか。
西脇 離婚を見据えて話し合うなかで、2020年12月16日に示談書を作成しました。そのなかで、「離婚後の子供●●(子の実名)の親権者は父親、西脇大司とする」と明確にしました。
――示談書のなかでは、Aさんの不貞行為に対する慰謝料も定めたのでしょうか。
西脇 はい。2020年12月16日に、Aとの間で、慰謝料300万円を支払う示談を交わしました。
ただ、その後、幾度となく請求しましたが、Aからの支払いはありませんね。それから民事裁判を起こして、2024年1月29日の判決で「被告は、原告に対し、300万円を支払え」と、慰謝料請求が正当なものであることを裁判所が担保しているのですが……。
――Aさんから反論もあったのではないでしょうか。
西脇 私に脅されて示談書を書いたと主張していました。ですが、これについても「当裁判所の判断」という項目で「作成に際し、原告が脅したことを裏付けるものとはいえない」「畏怖していたことをうかがわせるような乱れはない」と結論づけられています。
――その後に支払いはあったのでしょうか。
西脇 いえ、先ほどの慰謝料は支払われておらず、養育費についても、当初は月に5000円を支払う約束だったんですが、数回の金額変更ののち1000円/月になりました。それでも払われなかったんですけどね。
それで差し押さえに踏み切ったのですが、すでに預金口座を移されていて、400円しか差し押さえられませんでした。裁判所を通じてAの住民票のある住所宛に出頭命令を出していますが、現在はその住所には住んでいないようです。相手が行方をくらませてしまうと、何もできないんですよね。
――一連の事件を振り返って、西脇さんにとってもっともつらい状況はどのようなことでしょうか。
西脇 やはり子どもと強制的に引き剥がされてしまうことですね。
私には人様に顔向けできないようなことをしてきた過去があります。更生した自負はありますが、他人から見て信頼されない部分があることも理解しています。それでも、まったく身に覚えのないDVの加害者にされ、大切な子どもとの時間を奪われるのはあまりにも理不尽ではないでしょうか。
もちろん女性と子供の保護が優先されるのは真っ当な対応だと思います。しかし、男性側が一度DV加害者だと言われてしまえば、DVがなかったことを証明するためにかなりの労力と時間を割くことになってしまいます。そうした事実はもう少し知られていいのではないか……と当事者として感じまうのが本音ですね。
(黒島 暁生)