「火病ってる」、「しょせん女の脳は」…。末期がんを患いネット右翼に心を支配された父の「小さな言葉」に傷つけられ続ける毎日に筆者は言葉を失い、心を閉ざしてしまった。
「父はなぜネット右翼に染まってしまったのか」、「本当に、これでよかったのか」
最後の最後まで対話の姿勢を見せることなく父を看取ってしまった筆者は答えの出ない自問自答を繰り返すことになる。
父の「死」を哀しむことができない筆者が抱えた「わだかまり」の正体は一体何だったのだろうか。
思想の違いによって分断された家族の失望と落胆、愛と希望を綴った『ネット右翼になった父』より、一部抜粋・再編集してお届けする。
『ネット右翼になった父』第12回
『父の「ネット右翼化」の原因を“憶測”で決めつけていた…生前の父と向き合うために「パンドラの箱」を開ける覚悟』より続く。
亡き父の検証。それは、墓を掘り返すような作業から始まった。
まずは、父のがん細胞が脳に転移して言葉を失う直前まで使っていたノートパソコンに、再度電源を入れた。現在主流になっているSSD(ソリッドステートドライブ=非常に高速で作動する記憶媒体)ではなく旧来のハードディスクを搭載したモデルで、起動にとても時間がかかる。
読み込みのたびにハードディスクと冷却ファンから鳴るかなり大きな異音に、病室や書斎でそのノートパソコンを前にしていた父の記憶が、病室に充満していた「死を待つ者に独特の体臭」が、まざまざとよみがえった。
そのカリカリガリガリという異音は、薄暗い部屋でヘイトなテキストを単調に読み上げるYouTube番組の音声と共に、不協和音を奏で続けていたものだ。壊れかけたノートパソコンと病に蝕まれ壊れていく末期の父。それはあまりに調和していて、正視に堪えない光景だった。
父がこの世を去る半年ほど前、その壊れかけたノートパソコンを見かねて、SSDを積んだノートパソコンを安く購入して父に贈った。末期がんの宣告後も地域の高齢者向けにパソコン教室を続けていた父だから、各種アカウントの再登録や環境移行などお手のものなはず。けれど父は僕の贈ったノートパソコンは使わずに、古びて塗装の剥げたノートパソコンを使い続けた。思えばあの時点で、父の認知機能も気力も極限まで失われていたのかもしれないが、一緒にセットアップをしようという気分には、とてもならなかった。
それぐらいのことができないほど、僕は父との間に壁を作っていたし、父も僕にそれを頼めない関係性を感じていたのかもしれない。その事実が不快な異音と相まって、改めてどんよりと重く胸を圧迫する。
もう、壊れてしまったのだろうか?そもそも父の没後、本来であればプライバシーの塊であるパソコンを起動したのは二度目だ。一度目は父がやっていた地域活動のデータを後任者に引き継ぐための資料探しと、母に一切の遺言を残さなかった父がパソコンのどこかに一行でも何か残していないかを探す作業のためだったが(結局それは見つからなかった)、その時点でもギリギリなんとか立ち上がって、フォルダ一つ開くのに数分かかるような状況だった。
起動画面を見続けつつ、5分、10分……半ばあきらめた頃、異音が少し薄れると同時に、父のパソコンは起動した。
常にOSは最新のものを使っていたはずの父だが、画面に表示されるのは、ひと世代前のOS。父らしくシンプルに整理されたデスクトップに「嫌韓嫌中」と名づけられたフォルダがあるのを見て、改めて胸のど真ん中を大槌で叩かれたように感じた。
父の右傾コンテンツ閲覧の経緯は、前出の寄稿記事の通りだ。
食事とトイレ以外はベッドの上で過ごすようになった時期に父が見ていた動画コンテンツは、主にYouTubeの嫌韓系テキスト動画。「嫌韓嫌中」の検索ワードで引っかかるような動画のほか、保守論陣のネット討論では老舗の「チャンネル桜」の番組をYouTubeに再録したものが多かったようだ。デスクトップ「嫌韓嫌中」フォルダの中には、それらいくつかのURLがセレクトされ、几帳面な父らしくわざわざExcel上に整理されて入っていた。
ブラウザのお気に入りには、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)系のまとめブログである「保守速報」。クリックすると、【海外の反応】を表題の頭にした日本礼賛の記事だったり、韓国や中国の失政を嘲弄するようなまとめ記事のタイトルが居並んでいた。
ちなみにテキスト動画の多くはデッドリンクだったが、再生可能なものをクリックしてみると、
「中国大手検索サイト百度の掲示板に、韓国は売春婦輸出大国というスレッドが立てられた」
「最悪な韓日関係に伴う嫌韓の雰囲気のために、日本人を対象に事業を展開している韓国企業が苦難を強いられている」
等々と、ネット右翼勢以外の誰も得をしない、糞どうでもいいテキストが機械的に自動音声で読み上げられパソコンから流れ出す。
耳をふさぎたい。
壊れかけたハードディスクの音と、劣化したスピーカーから流れるひび割れたヘイト音声の不協和音に、再びあのホラー映画染みた父の病床の記憶と嫌悪感が、まざまざとよみがえった。
間違いなく、父が今際の際まで視聴していたコンテンツは、いわゆる「ネット右翼的コンテンツ」。その中でも、最低品質のもの。改めて確認すると一層胸が締め付けられた。
『「支那、三国人といった言葉の何が悪いのか」…父から発せられる“ヘイトスラング”や“ネトウヨ発言”の数々』へ続く。
【つづきを読む】「支那、三国人といった言葉の何が悪いのか」…父から発せられる“ヘイトスラング”や“ネトウヨ発言”の数々