作家・エッセイストの中村うさぎさんは、2013年に原因不明の病気を発症し入院。その後、100万人に1人と言われる難病の「スティッフパーソン症候群」の疑いがあると診断されました。入院中に心肺停止にもなった中村さんが、病床で考えたこととは── 。(全4回中の1回)
【写真】治療薬の副作用で顔がパンパンに腫れ上がった中村うさぎさん(5枚目/全11枚)
── 中村さんは、2013年の9月に「スティッフパーソン症候群」という病名がつき、しばらく入院生活を送られていました。病気を発症した当時の状況を教えてください。
中村さん: 2013年の夏ですね。急に食欲がなくなって、何も食べられなくなりました。手が震え始めておかしいなと思っていましたが、症状が夏バテにも似ていたので放置していたんです。その後、息切れがひどくなり、歩くのもつらい状態になりました。友人の医師に話したら、病院で一度診てもらったほうがいいと言われて、病院に検査にいったところ即入院となりました。
── それ以前は、体の不調などはなかったのでしょうか。
中村さん: 今にして思えば、昔から頻繁に足がつっていたんですよね。でも、当時はかなりヒールの高い靴を履いていたので、「ヒールのせいで足がつるのかな」と思って、あまり深く考えていませんでした。
── 診察をして、スティッフパーソン症候群という診断をされたのでしょうか?
中村さん:病院で検査をしてすぐに入院となったのですが、いろんな検査をしても原因が全然わからなかったんです。だから、病名はわかりませんでした。何もわからないまま、入院しているうちに、体調がどんどん悪くなっていって。体のあちこちが突っぱって、すごく痛いんです。「痛い、痛い」ってずっと言っていたんですけど、原因は相変わらずわからないので検査を続けるという日々が、2か月ほど続きました。それでも結局、病名はわからなかったですね。
── 入院中は痛み以外の症状はありましたか。
中村さん:自分では全然気づかなかったのですが、他人からみたら明らかに言動がおかしかったようです。私は公式サイトでブログを書いているんですけど、入院中に書いたブログの内容が支離滅裂だったみたいで。「この内容を本当にあげていいんですか?」ってブログの運用者が心配していたみたいです。健康になって、当時の原稿を改めて見返してみたらおかしなことを書いていましたね。でも当時は、まったく違和感をもっていませんでした。
── 記憶などははっきりあったんでしょうか?
中村さん:自分で記憶はしっかりしていると思っていたんですけど、今は当時のことがまったく思い出せないんです。認知症って、自分が認知症だという自覚はないって言うじゃないですか。言っていることがおかしい、とか辻褄があわないとか。本人にその自覚はなくて、まわりの人間だけが気づいてる状態だと思うんですけど、本当にそんな感じです。夫がお見舞いにきたら、私がベッドの上に座っていて「私は世界を救わなきゃいけないの」って言ってたらしいんですよ。大真面目に(笑)。
── その記憶もまったくないんですか?
中村さん:ないんです。夫も「この人おかしい…」と思ったらしいです。でも夫は「そうなんだ、大変だね」ってちゃんと返したみたいで。それに対して「そうなの。世界を救わなくちゃいけないんだけど、私にはその力がないの。困ったわ」って、話していたみたいです。
── そういうことを、日頃から思っていたんでしょうか?
中村さん:思わないですよ(笑)。別人にのりうつられていたみたいな感覚です。きっと、脳の機能が低下していたんだと思います。当時のことは今もいっさい思い出せないです。明らかにおかしな言動が増えてから、2週間後に心肺が停止しました。
── 病名がつかないうちに、心肺が停止したんですね。
中村さん:心肺停止になって医師が蘇生をして、3日後に意識が戻ったようです。その後、ステロイドを投与したら症状が少し緩和したので、これは自己免疫疾患かもしれないとなりました。そこから「恐らく、スティッフパーソン症候群なのではないか」と言われて、スティッフパーソン症候群の治療が始まりました。
── 心肺停止後、3日間も意識がなかったんですね。
中村さん:はい。私が意識を失っている間、まわりは大騒ぎだったと聞きました。でも、私自身は当時の記憶がまったくない、倒れたときも意識が戻ったときも覚えていないんですよね。スイッチが切れたように意識がなくなって、目を覚ましたらみんなが大騒ぎしていたみたいな。普通に寝て、普通に起きたという感覚です。「3日間、意識がなかったんだよ」と後から聞いてびっくりしました。
── 生死の境をさまよったということで、死生観など変わったりしましたか?
中村さん:意識がなかったんだよと言われても「へえ」という感じでしたね。今、生きてるわけだから。「そうだったんだ」みたいな。死にかけたことに関しては、落ち込むとか、動揺するとかもまったくなくて、他人事みたいにとらえている部分があります。それよりもいちばん落ち込んだのは、入院中に歩けなくなったことですね。
── まったく歩けなくなったんですか?
中村さん:はい。今は、ひとりでも歩けるようになりましたけど、入院したときは手足がつっぱり始めて。指はまがったまま固まって、足もこわばってまったく歩けなくなってしまったんです。だから車椅子生活になりました。
でも、当初は歩けるような気になってしまうんです。だから、冷蔵庫にあるものを取りに行こうとして、歩こうとするんだけど、転んで起き上がれなくなることがあって。「私、歩けないんだ」と実感しました。今まで普通にできていたことができなくなって、それには絶望しましたね。もう以前のような体に戻れないんだと落ち込みました。

車椅子生活が始まり、退院後は自宅でトイレにすらひとりで行けなかったという中村さん。ゲイの夫による、献身的な介護生活が始まります。
PROFILE 中村うさぎさん
なかむら・うさぎ。作家・エッセイスト。著書『ショッピングの女王』『女という病』『私という病』など。2019年に、スティッフパーソン症候群の疑いで入院。現在はSNSで、日々の出来事を発信。
取材・文/大夏えい 写真提供/中村うさぎ