まるで陣痛のよう…。彼女を襲った腹痛の正体とは(写真:Graphs/PIXTA)
20代からさまざまな婦人科系の病気に悩まされてきた女性(45歳)。最初に患ったのは子宮内膜症で、2人の子どもを出産後に発症したのが、月経前症候群だった。
いずれも幾多の試練を乗り越え「うまく付き合っている状態」だったが、再び彼女に試練が襲いかかる――。
「“チョコちゃん”しばらくは暴れないで、落ち着いていてね!」
と、自身のお腹に話しかけているのは、浜田かおりさん(仮名)。中学生と小学生の2人の子どもの母親で、夫と4人暮らしをしている。
チョコちゃんとは、かおりさんが患っている子宮内膜症の一種、チョコレート嚢胞(のうほう)のことだ。
チョコレート嚢胞は、本来は子宮の内側にある子宮内膜が卵巣で増えてしまうことで起きる。卵巣のなかに古い血液がチョコレートのような状態でたまっていくことから、こう呼ばれている。
本連載では、「『これくらいの症状ならば大丈夫』と思っていたら、実は大変だった」という病気の体験談を募集しています(プライバシーには配慮いたします)。取材にご協力いただける方は、こちらのフォームからご応募ください。
左側の卵巣にチョコレート嚢胞が見つかったのは、20代の頃。
チョコレート嚢胞が大きくなると、子宮とつながっている部分がねじれて「卵巣捻転(ねんてん)」を起こしたり、嚢胞が破裂したりする。そうなると一大事で、緊急手術が必要になることがある。そのため、かおりさんは、かかりつけの産婦人科で、超音波検査やMRI検査を受けながら経過観察を続けていた。
「緊急手術を回避するため、危ないサイズになる前に手術したほうがいいといわれていましたが、出産後もとくに問題はなかった」(かおりさん)
“チョコちゃん”はいるが、おとなしいままでいてくれる。長年患っている子宮内膜症による生理痛は、黄体ホルモンの治療やレーザー治療で落ち着いた。出産後に悩まされた月経困難症による生理前のイライラは、まだ出てしまうものの、家族はちゃんと理解してくれている――。
「快適な日々が戻ってきました。婦人科での経過観察も半年に1回ほどになり、普段は病気のことを忘れているほどでした」(かおりさん)
そんなある日のことだった。
婦人科で検査を終えたかおりさんは、主治医にいきなりこう告げられ、頭の中が真っ白になった。
「チョコレート嚢胞が大暴れしています。いつ何が起きるかわからないから、早めに手術をしましょう!」
前回の受診からまだ半年経っていない。だが、主治医の話だと、この間に、急激に嚢胞が成長したという。これには主治医も驚いていた。
「手術するしかない」
そう覚悟は決めたものの、痛みがないので実感がなかなかわかない。
そうこうしているうちに2日過ぎた頃、事件は起こった。“チョコちゃん”が、かおりさんの体の中で暴れ始めてしまったのだ。「予告もなく、突然、左の卵巣のあたりに激しい痛みが起こりました。それは生理痛をはるかに越えるもので、まるで陣痛のようでした」。
「痛い!」と、お腹を押さえてうずくまる、かおりさん。
救いを求めるも、子どもたちは学校、夫は仕事でいない――。だが、そこにはエアコンの修理業者がいた。まさかの救世主だった。「大丈夫ですか!?」。
体を丸めた状態で、冷や汗を流して痛みをこらえているかおりさんの様子に気づいたその業者は、なんと乗っていた会社の車にかおりさんを乗せ、かかりつけの病院に連れて行ってくれたのだ。
かおりさんがそのときの様子を振り返る。
「業者の方は40~50代くらい。奥さまが私と同じ病気を経験されていたことから、ピンと来たそうです」
診断の結果、幸いにもチョコレート嚢胞はまだ破裂しておらず、卵巣捻転も認められなかった。このため、その日は痛み止めの点滴をして、症状が落ち着いたところで手術し、左側の卵巣を取り除いた。
術後は順調に回復し、入院3日間で退院となった。かおりさんが受けた腹腔鏡手術は、腹部に5~12ミリ程度の小さな穴を3~5カ所あけ、そこからカメラや手術器具を入れるという手術法だ。
手術を終えた今、かおりさんは自身の病気についてどのように考えているのだろうか。
「体にいつもと違う症状があったら、早めに医療機関に行くことを心がけていたので、そのおかげで何とかなっていたのかなって思いますね。今となっては、“チョコちゃん”は暴れたのではなく、痛みを発して『もう限界だよ』って警告してくれたのだと思います」
子宮内膜症も月経前症候群も、生理のあるうちは完治が難しく、症状が完全に落ち着くのは閉経を迎えてからになる。それまでまだしばらく、病気との付き合いは続くだろうが、かおりさんには不安はないという。
「病気もまた、自分の一部。これからも、困ったときは家族の協力も得ながら、うまく付き合っていきたいと思っています」
■総合診療かかりつけ医・菊池医師の見解
総合診療かかりつけ医で、きくち総合診療クリニック院長の菊池大和医師によれば、チョコレート嚢胞の患者が救急搬送されるケースは珍しくないという。
「腹痛の女性患者が来たら『妊娠、子宮外妊娠、チョコレート嚢胞、を疑え!』というのが、救急のイロハなのです」
チョコレート嚢胞の急患は、主に「卵巣捻転」によるものだ。卵巣捻転は大きさに比例して起こりやすく、4~5センチを超えるとリスクがより高くなるという。ねじれた部分の血流が悪化し、その先にある卵巣に血が行かなくなると壊死(えし)を起こすため、緊急手術が必要だ。
ただし、卵巣はねじれたり戻ったりを繰り返すので、壊死に至るケースは実際には少ない。
「画像検査で壊死が認められなければ、痛みを止める処置を行ってひとまずは終了」だそうだ。そして翌日以降、婦人科での手術が行われる。かおりさんはこのケースだった可能性が高い。
菊池医師によれば、緊急手術だった場合、手術の難易度は上がる。
「緊急手術は予定手術と違い、患者さんの胃に食べ物が入っていることもある。その場合、窒息などのリスクが高まるので、それらの対策などを含めた術中管理が必要となるためです」(菊池医師)
したがって緊急手術にならないよう、チョコレート嚢胞があると診断されたら、定期検診で病状をしっかり理解しておくことが大事だという。
この連載の一覧はこちら
かおりさんのように突然、痛みが起こることもあるが、自身の病気についてわかっていれば、救急車を呼び、通院先の病院に搬送を依頼するなど、適切な処置を取ることができる。
チョコレート嚢胞の手術では、嚢胞だけを摘出して、卵巣を残すのが一般的。ただし、チョコレート嚢胞のなかにはがん化(卵巣がん)のリスクをともなうものもあり、危惧される場合(1%以下)は卵巣ごと摘出する手術になる。
疑問点などを主治医に聞いたうえで、最良の治療を選択してほしい。
(菊池 大和 : きくち総合診療クリニック)(狩生 聖子 : 医療ライター)