保有資産額が1億円を超えるといわゆる「富裕層」と呼ばれるようになる。筆者(編集者・中川淳一郎51歳)は、30代の頃からその枠組みには入っていた。社会が認定する「富裕層」になるとどのような状況が一体起こるのか? 結論としては「ロクなことはない」である。
【写真】“富裕層編集者”の著者が移住先の唐津で過ごすスローライフの様子
5億円になると「超富裕層」になる。現在そこまで到達したかどうかはここでは述べないものの、富裕層(笑)になってから人生は一変した。それは決して良いことではなく、むしろ悪いことだらけである。まぁ、私は出自も、それからの人生も含め、「本当の金持ち」とは根本的に違う庶民であるが、それでも資産が多いことは事実なので、それがもたらす影響について書いてみる。
まず、「最近彼は羽振りがよさそうだ」ということで、飲み会に誘われるようになる。そして、会計時に本来は割り勘であるべきなのだが、なぜか私が多く払うハメとなる。たとえば6人で40000円だったとしよう。すると、他の5人は5000円ずつで、私に対しては幹事が「中川さんは稼いでいるので、1万5000円お願いします!」と演技がかった形で頭を下げてくるのだ。
まぁ、普通に割れば6667円で5000円との差額はたかだか1667円なわけで大したことはないのだが、5000円というキリの良い数字を設定したうえで、本来各人が負担すべきそれ以上の1667円を私に押し付けてくるのである。
これは正直面倒くさいし、ウザい。彼らからすれば差額は1667円なのだが、こちらからすると8335円を追加で支払うこととなる。これは2ヶ月分の水道料金に匹敵する額ではあるのだが、幹事がそのように決めたのだから従わざるを得ない。その場にいる人間も自分よりも年下であることが多いわけで、まぁ、渋々従うが、やっぱり釈然としない。
これは日々の生活にまつわる話だが、突然銀行から電話がかかってくるようになるのが本当にウザい。銀行員は、預金額が多く、それでいて口座の残高が常に増え続ける預金者に狙いをつける。その時の売り口上はコレである。
「普通預金として置いておくよりも、投資に回した方がいいです。ぜひ、直接お会いして色々な提案をさせてください」
「ちょっと忙しいので~」とうやむやにしてやり過ごそうとするも、翌週再び電話がかかってくる。そこでやり過ごすもまた翌週電話がかかる。そうなると面倒くさいので一度会うと、そこには、様々な金融商品のパンフレットと、私の資産を基にしたシミュレーションの書類が用意されている。
彼らは「普通預金の利率は低いから、放っておくよりも投資に回した方がいい」というのだが、いいか、お前らの努力が足りないから普通預金の利率が低いんだよ! と思う。それでいて、なんとか手数料収入を得るべく、日々高額預金者の口座残高をチェックし「カモGET!」と電話をしてくるのだ。
私自身、意地悪な人間ではないため、こうして営業電話をかけられ続けるとその数ヶ月後には実際に担当者と会うこととなる。そして、やっちまった……。敵は何回かの面談の末、私の嗜好を完璧に把握する。
私自身は保守的な人間であるため、「自分が安心できるようなモノ以外には投資はしない」と伝えた。そして、その際具体的なモノを挙げたが、それは米ドルである。これまでの51年間の人生でなんとなく米ドルと日本円の関係性については分かっていた。過去に円が89円の時に5000万円分米ドルに換え、120円になった時に売って1741万円儲かった成功体験があるからだ。
そうした中、日本円が141円の時に銀行員は「米ドル建ての保険を買いませんか?」と言ってきた。この時、「一度ここで買ってしまえばこのウザい電話攻勢も来なくなるだろう」、とばかりにエイヤッ! と5000万円分のドル建て保険商品を買った。これは、米の金利は保証されたうえで、換金する際の為替に従い解約できるものである。私は5000万円が20%上がる6000万円になったところで解約するよう依頼をした。
まぁ、私にとっては幸いにすぐに1ドル=158円に到達したため、すでに黒字化し、後は6000万円になるのを待つばかりではあるが、とにかく富裕層(笑)になると、このような余計な勧誘が増えるのである!
さらには系列の証券会社にも個人情報が筒抜けで、そこからも営業電話が頻繁にかかるようになる。結局彼らも会社の推奨商品を売りたいのと、個人のノルマを達成するために富裕層を利用しているだけなのだが、しつこく営業をすれば引っ掛かる私のような者もいる。
いや、当然私が「投資には興味ありません!」とピシャリと言えばいいだけなのだが、さすがに勧誘のプロ。いつしか私に5000万円を支払わせる話術を持っているのだ。というわけで、皆さん、「富裕層」という言葉に憧れるかもしれないが、ロクなことはない。ただただ面倒なだけである。
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。
デイリー新潮編集部