「認知症といえば高齢者だけ」というイメージがあるかもしれない。だが、実際にはたとえば40~50代で発症する人もいる。「恐れる」認知症から、「備える」認知症へと変わる「新しい認知症観」について現場を知り尽くす専門医が解説した『早合点認知症』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
若年性認知症とは、65歳未満の人が発症する認知症の総称です。
国の医療統計では、原因疾患は「アルツハイマー型認知症」「血管性認知症」「前頭側頭型認知症」「頭のけがによる認知症」「レビー小体型またはパーキンソン病による認知症」「その他原因」の順で多く、その他の原因にはアルコール性の認知症が含まれる、と出ています。
2020年時点で患者数は全国で3万5700人。これは18~64歳の人口10万人当たりでは50.9人に当たります。そのうち50歳未満で発症した人の割合が約3割とされています。
重要な特徴は、最初の受診で認知症の診断を受ける人は半数程度で、それ以外の人は、うつ病や躁うつ病、不安障害といった精神疾患と診断されることが多いという点です。
とはいえ、これはあながち誤診とは言えません。うつ病と認知症はとても関係が深く、若年性認知症も同様に考えられ、判別はとても難しいからです。
実際に、若年性認知症の初期に記憶障害があまり目立たず、意欲低下や抑うつ症状が目立つことも多いのです。そのため、年齢的にも働きすぎによる疲労などとされて、認知症の診断が遅れることもあります。
認知症と若年性認知症は、医療の点から見れば発症年齢の違いだけで、予防法や受診先、治療薬、治療ができる認知症との合併の可能性、進行を遅らせるための生活上の工夫などがおおむね同じですから、若年性認知症にも早期診断は大切です。
診断が早いほど、症状が軽いうちに今後の生活設計をし、スタートさせることができます。
自分自身、または身近な人に、認知機能が変化し、そのために暮らしに障害が出ていると感じたら、認知症疾患医療センターか、地域包括支援センターに連絡し、受診について相談しましょう。
先の医療統計で、最初に若年性認知症の症状に気づいたときの平均年齢は54.4歳と出ています。いわば当事者像は働き盛りで、資産形成や子育て、親の介護などの途中で発症し、認知症とともに生きながら、人生において重要なライフイベントを切り抜けていく場合が多くなります。
一概には言えませんが、暮らしの障害は高齢の認知症の人より複雑になることがあり、たとえば子どもの進学などに経済的な問題が生じるなど、家庭全体への影響も大きくなることがあります。
そこで、認知症の治療や、悪化予防のための持病(生活習慣病)の管理などと併行し、まずは仕事の継続や、新たな職場への就労支援など経済基盤の不安を軽減する支援が不可欠です。
就労は、社会から必要とされている存在として自信や達成感の源にもなり、生きがいの維持にもつながって、生活にハリやリズムを生み出しますから、何をおいても「無理なく働き続けられる」支援はとても大切なのです。
また、若年での認知症の発症はご本人、ご家族ともに大きなショックをもたらし、周囲から心理面の支えを必要とする場合も多いです。
診断を受けたからといって、その人らしさは変わらず、対人関係は維持できます。ほとんどの場合、ご本人に病識もあります。しかし、だからこそ周囲の態度の変化に傷つき、自身の症状に対して悩みが深い場合もあるのです。
認知症の症状や治療、生活全般について、気軽に話すことができる場所や機会が必要で、全国(都道府県ごと、一部、政令指定都市)に「若年性認知症支援コーディネーター」が配置されて、さまざまな支援を行います。
私も、若年性認知症の人の診療を担うことになれば、すぐに若年性認知症支援コーディネーターと連絡を取り合います。
そして若年性認知症の当事者の会や家族会など、同じ立場の人同士の交流が、心理的支えや情報交換に大いに役立つと聞いています。
なお、家庭内で支援や介護を担うことができるのが配偶者だけだったり、高齢の親だけだったりすることも少なくないため、若年性認知症の場合、40歳以上であれば、特定疾患として介護保険を利用することができます。
厚生労働省が「若年性認知症ハンドブック(改訂4版) 若年性認知症と診断された 本人と家族が知っておきたいこと」をまとめ、ウェブで公開しています。患者数などのデータの一部がやや古いのですが、若年性認知症で起こりやすい問題や、支援について詳しく知ることができます。
認知症の進行を遅らすセルフケアとして、これまでしてきたことを続ける、「○○し続ける」が重要です。
最近では認知症の人への公的支援も、お世話をするというより、自力で「○○し続ける」をサポートすることに重点が置かれるようになりつつあります。
ただし、まだ認知症の人を「できない人」と扱う古い慣習は一掃されてはいません。それは人の価値観のせいだけではなく、社会環境が「認知症フレンドリー」ではないせいも大きいから。
「○○し続ける」の○○は何でも、その人が認知症になる前にしていたこと、できれば「すべて」です。
人は誰でも変わり続けるので、認知症の人が新たな物事と出会い、暮らし方が変わっていくことも含めて、「し続ける」がかなうことが人として自然です。
認知症をきっかけに、たとえば仕事内容や勤め先は変わるかもしれないけれど、自分らしく働き続けることを、最も大切なセルフケアと考えていただきたいし、若年性認知症の人が望むなら、ご家族など周囲の支援者もぜひそれをサポートしていただきたいと思います。
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