睡眠に関する誤解は多い。
「若者は早起きして勉強すると効率がいい」「(短時間睡眠で済む)ショートスリーパーになれる」――。こうした情報は今もネット空間などで散見されるが、科学的には否定されている。睡眠の質を高めるコツはあるのか。専門家に改めて確認した睡眠の「新常識」をお伝えする。
九州の高校では1時間目の授業前の早朝、大学受験などの対策に取り組む「朝課外」と呼ばれる非正規授業が開かれている。長年の習慣だが、熊本県の全県立高校が2022年度末で廃止するなど見直しが相次いでいる。
朝課外は以前から教員の重い負担や生徒の寝不足の一因と指摘されていた。教育ベンチャー「スタディプラス」(東京)が高校生約760人に行ったオンライン調査では、約7割が「必要ない」と回答し、そのうち約8割が「寝不足になること」を理由に挙げた。
「四当五落」(睡眠が4時間の人は合格し、5時間以上の人は不合格になる)――。受験を巡ってはこんな言葉もあったが、今は「六当五落」とも言われる。
生物学的な研究でも、人は10代後半から急激に夜型に移行し、20歳前後でピークに達するとその後は年齢とともに朝型になると示されている。1998~99年に睡眠や覚醒を制御する物質オレキシンを発見した筑波大の柳沢正史教授は「中高生は夜型で、強制的に早朝に起こせば睡眠不足を招く。早朝の勉強は効率が悪い」と明言する。
人の睡眠は人生の約3分の1を占める大切な休息の時間だ。ただ、科学的な研究のスタートは1920年代と比較的歴史が浅く、睡眠の実態は謎が多い。そのためか誤解も生まれやすい。
ショートスリーパーに関する情報もその一つだ。現代は時間対効果「タイパ(タイムパフォーマンス)」を求める意識が高まっているが、日本睡眠学会の内村直尚理事長は「訓練ではなれない」と言い切る。必要な睡眠時間は遺伝子レベルで決まっており、個々人で違うことが研究でわかっているからだ。「3時間睡眠」で知られるナポレオンも居眠りしていたとされる。
「90分サイクルで起きると目覚めが良い」との情報についても柳沢氏は「ほぼ都市伝説」と断言する。人は睡眠中、眼球がキョロキョロ動いて夢を見る「レム睡眠」とそれ以外の「ノンレム睡眠」を平均90分サイクルで繰り返す。だが同じ人でも一晩に60~120分のばらつきが出る。柳沢氏は「人がいつすっきり目覚められるのかは、よくわかっていない」と明かす。
寝だめに関する誤解もある。経済協力開発機構(OECD)の2021年の調査によると、日本の平均睡眠時間は7時間22分。調査対象の33か国中で最も短く、米国の8時間51分と比べて1時間以上の差がある。「眠れない平日に備え休日に寝だめすればよい」とも考えがちだが、柳沢氏は「睡眠不足による『負債』を返すだけで睡眠を『貯金』することはできない」と話す。
寝酒も問題だ。飲酒で中枢神経が抑制されて眠くはなるが、アルコールは体内で代謝されるとアセトアルデヒドという物質に変換され、交感神経の働きを活発にするなどして快眠を妨げる。柳沢氏は「睡眠の質は最悪で、眠るために飲酒をするなら睡眠薬を処方してもらった方がはるかに良い」と助言する。