三菱UFJ銀行の女性行員が前代未聞の不祥事を起こした。貸金庫の中の顧客の財産を盗み出したのだ。被害者は60人以上、被害総額はおよそ十数億円にのぼるという。銀行を熟知したベテラン行員だったからこそできたあまりにも大胆な犯行。
その手口について、前編記事『貸金庫から十数億円を盗み出し…三菱UFJ元行員の調査が難航している「意外なワケ」』に引き続き、報じる。
三菱UFJ銀行といえば、日本最大かつ世界有数の総合金融グループ「MUFG」の中核を担うメガバンク。その行員が銀行の信頼を損なうような重大事件を起こしたことに、日本中が衝撃を受けた。
都内の複数箇所の支店のに設置されていた貸金庫から、顧客の現金や貴金属を元行員が盗んでいたのだ。
当該の行員は40代の女性管理職。すでに11月14日付で懲戒解雇されている。
キャリアを重ねて管理職になった“叩きあげ”のベテラン行員。銀行を知り尽くしているからこそできた犯行だったのだろう。
一般人にはなじみの薄い貸金庫。そもそも貸金庫を借りるにはどれくらいの費用が掛かるのか。メガバンクで働く高橋寛さん(仮名)に聞いた。
「一般的に一番小さいタイプの貸金庫で、年間1万数千円ほど。大きさは奥行40センチ、深さも5センチほどの箱です。そこに現金を入れるとしたら、最大で800万円ぐらいしか入りません。1億円を保管するには、相当大きな貸金庫が必要です」(以下、「」は高橋さん)
銀行の貸金庫には一般的に3つの大きさがある。前述した深さ5センチのタイプのものは一番小さいサイズ。中サイズで深さ約10センチ、一番大きなサイズのものでも深さは15センチほどしかない。
「金額は中サイズで年間約3万円、一番大きなサイズで年間約4万円前後です。ただし、東京・銀座のような特別なエリアの支店では事情が異なります。画廊や宝石商の需要もあり、絵や美術品などを保管できる大きなサイズもあるんです。
それらは年間30万円、40万円で借りることができるようで、中には1メートルの品にも対応できる特大サイズもあるそうです」
肝心のセキュリティはどうなっているのだろうか。三菱UFJ銀行の貸金庫規定には4種類の貸金庫が記載されているが、一般的な仕組みとしては全自動、半自動、手動という3タイプにわけられる。
「全自動の場合、人がひとり入れる広さの貸金庫室内で内容物の出し入れを行います。この部屋に入るには、貸金庫カードと暗証番号が必要です。これらによる本人確認が完了すると貸金庫室のドアが開き、入室することができます。
室内で再びカードの暗証番号を入力すると、機械から自分の契約した引き出しが自動で排出されます。利用客はここで初めて貸金庫の正鍵を使い、引き出しの蓋を開けることができるのです。引き出しは利用後に自動で格納される仕組みになっています。
半自動は、貸金庫室に入るために利用カードを入口で通し、暗証番号を入力するとプラスチック製鍵が発行される。そのカギで貸金庫室の自動ドアを開き、入室して自分の貸金庫を操作する。物品の出し入れが終わったら、本鍵で貸金庫を施錠し、プラスチック製鍵を返却すると退室できる仕組みです」
手動式は利用客が貸金庫カードと正鍵を窓口に持参し、行員立ち合いのもとで使用する。このとき、カードキーと暗証番号の合致を確認して、ようやく入室が許可されるというもの。
「手動式がいちばん行員が関与するため、不正操作ができるかもしれない」と前出の高橋さんは推測する。
「貸金庫の正鍵は約3センチ足らずの小さなもの、もしくはカードタイプです。ひとつひとつを共通で開けられるマスターキーは存在しません」
未利用の貸金庫の場合、本鍵と副鍵(スペアキー)は封印された状態で、貸金庫の中の銀行専用貸金庫で管理されている。契約の際にスペアキーは封筒に入れ、契約者自身で封筒に割印。さらに透明なビニール製の封筒でカバーし、ホログラム入りのシールを貼り付け、担当課の課長が割印をする。銀行の人間はもちろん、第三者でも開けられないように工夫を施されている。
封筒に入れられた契約者のスペアキーは施錠付キャビネットに納められ、まとめて管理されている。
「このキャビネットの開閉は、貸金庫を管理する課の課長と支店長、副支店長しかできない。ただ、事件を起こした元行員は契約者のスペアキーが入った封筒を開けたのではないかと推測しています。
契約者のスペアキーが格納されているキャビネットを開けるための鍵は、重要鍵管理機で厳重に管理されています。『いつ、誰が何時何分から何時何分まで使用したのか』など利用履歴は、すべて記録されているはずです」
だが、重要鍵管理機には、使用者の変更ができるマスターキーも存在する。これは支店長、もしくは副支店長が管理しているというが、元行員は何かしらの方法でこのマスターキーを手に入れ、重要鍵管理機の設定を変更して犯行を重ねた可能性がある。
「支店長、副支店長もなんらかの処分を受けるでしょう。『その手口なら絶対に見抜けない』となれば、処分も軽い。ただ、元行員から軽んじられていたからこそ、4年半もバレずに不正を続けられたのではないでしょうか。行員から支店長や副支店長が舐められていなければ、これだけ長期にわたる犯行は困難だったはずです」
それにしても4年半もの間、なぜ誰にも気付かれずに犯行を重ねることができるのだろうか。
「貸金庫の契約者の中には、高齢のため、出かけるのが億劫になって金庫を開けに来なくなったり、認知症などが原因で貸金庫を借りていたことさえ忘れてしまう人もいます。そのため、何年も貸金庫を開閉しない契約者がいる。十分に考えられる話です」
今回の事件は、貸金庫サービスそのものの存続にも疑問を投げかけるものとなっている。
「貸金庫の管理ルールが大幅に見直される可能性もあります。行員が関与する限り、不正行為のリスクを完全に排除することは難しいでしょう。たとえ管理ルールを変えても新たな手口は生まれ、悪事は尽きないと思うんです。絶対に不正をしない、ということは銀行業務においては難しいと考えます」
また、今回の件で貸金庫自体の信頼が失墜し、利用者が減少する可能性もあるという。
「高額な手数料を支払って利用していたのに、『裏切られた』との思いを拭えない契約者はいるでしょう。“闇バイト”騒動で自宅に貴重品を置きたくないから、と貸金庫の利用を考える富裕層は増えていたはずです。しかし今回の事件を機に、銀行も信用できないことが露呈してしまった。自分の資産は自分で守らなくてはならないと感じた人もいるでしょう」
契約者の高齢化も、貸金庫利用の課題を深刻化させる。
「昔からよくあるタイプの銀行店舗では、貸金庫が2階にあります。ですがエスカレーターやエレベータがない店舗も多い。事件後、慌てて貸金庫を確認しに来る高齢の顧客はいるでしょう。杖をついているような顧客が階段を踏み外してケガを負う懸念もあります。
そうなれば、今度は、貸金庫の場所が客本位ではない、という世間の批判も浴びる。現在でも都内の住宅地にある店舗では、事件後、階段に終日、行員を立たせて、顧客をサポートせざるをえなくなっているんです」
これらの問題から、今後、貸金庫はサービス自体が廃れていく可能性も指摘されている。
発端となった元行員は懲戒処分こそ受けたが、現在も逮捕も書類送検もされていない。インターネット上では「上級国民だから罰せられない」「身内に甘い。だから被害届を出さない」などとの投稿も目立つ。
だが、元警察官僚で、秋法律事務所の澤井康生弁護士は「銀行や警察側に特段の意図があるわけではありません」と話す。
「被害金額が十数億円と大きく、この事件は必ず立件される事案です。ただ、現行犯ではないため、現行犯逮捕もできないですし、かといって緊急逮捕できるような状況でもありません。そうなると普通に裁判所に令状請求をして、逮捕状を出してから逮捕という流れになります」(澤井氏、以下「」も)
いわゆる通常逮捕というやり方だ。令状を請求するためにはさまざまな書類を作って揃える必要がある。調査結果をもとに、警察が立証に必要な証拠を集めていく。「いつ何を取ったのか」「取ったものを何に使ったのか」、被害品目や金額の確認も必要となる。事件に関することを事細かに調べ、立件に必要な資料を全部揃えたうえで、警察は裁判所に対して令状請求する。
今回はわかっているだけで被害者は60人。おまけに被害額も大きい。全て準備するのにはそれなりの時間がかかるのだ。
「立件できそうなものだけを先に揃えて令状請求をという流れになると思います。それで、とりあえず1回逮捕という形にするのではないでしょうか。とはいえ、作業量を考えると、あと1~2週間で逮捕できるか、といったらそうもいかないでしょうね」
では、元行員はどのような罪に問われる可能性があるのか。
「窃盗罪ですね。他人からの信頼を受けてなにかしらを預かった人間が、自らの占有下にあるものを着服する。これが横領罪です。銀行員が個人的にお客さんから何かを預かっていて、それをネコババすると横領になる。ただ今回の場合、顧客は行員個人に預けていたわけではない。
貸金庫の占有を持っているのは銀行の支店長です。銀行の支店長が着服していたら横領です。元行員は支店長以下の人間のため、いわゆる刑法上の占有は持っていない。占有を持っていない人間、つまり銀行員個人が支店長の占有下にある顧客の資産を盗ったので、窃盗罪になるんです」
窃盗罪の法定刑は10年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金が科せられる。今回のように被害額が多い場合は罰金刑ではなく、実刑が予想される。
元行員は 4年半の間に何度も窃盗を行なっていることから、窃盗罪が複数成立する。その場合、併合罪が適用され、法定刑が加重され、刑の上限は15年となる。
「殺人と違って窃盗罪は財産犯です。被害金額が大きいということを加味しても、懲役何十年とはならないでしょうね。普通に考えたら懲役8年~10年ぐらいだと想像します」
一方、三菱UFJ銀行には法人としての責任が求められる。
「『銀行業』という業務執行の過程で、従業員が貸金庫の中のものを盗んだのが、今回の事件。銀行は使用者責任という、顧客に対して責任を負わなければなりません。元行員による被害額が十数億円だとすると、当事者である元行員だけでなく、法人も同額の賠償金を負う必要はある。
元行員が返せないとなれば、銀行がまずは顧客に補償することになります。その後、銀行が元行員に損害賠償を求める訴訟を起こしても、元行員に支払い能力がなければ銀行は泣き寝入りするしかないでしょう」
問題はそれだけではない。金融業界に詳しいジャーナリストが指摘する。
「銀行からは契約者の被害届は出せないんです。契約者本人に被害届をだしてもらう必要がある。ですが、そのためにはいくつものハードルがあります。
被害届を出す際に、盗まれたものを具体的に申告する必要があります。高齢の契約者の場合、貸金庫の中身を忘れてしまったり、訴訟リスクを懸念して届け出をためらう人もいるでしょう。被害届を出さないケースも少なくないと思いますよ」
十数億円という莫大な財産が盗まれたにもかかわらず、加害者である元行員に支払い能力がなければ、返済の見込みはない。被害届の提出が少なければ罪状も軽くなる。いくら法律で決まっているとはいえ、被害者にとっても、銀行にとってもやりきれない状況だ。
三菱UFJ銀行の広報担当者は、次のようにコメントをしている。
「本事案は信頼、信用という銀行のビジネスの根幹を揺るがす事案です。ご迷惑をおかけしたお客様には対応して、信頼とすべてのお客様への不安を払拭させていきたいと考えます」
元行員も銀行の調査に引き続き、応じる意向を示している。
しかし、十数億という巨額の被害額、多数の多数の被害者への弁済に加え、失われた信頼を取り戻すことは容易ではない。
貸金庫の管理体制が問われた今回の事件。銀行業務の根幹である、「安全」「安心」「信頼」が大きく揺らいだ。顧客からの信頼を取り戻すためには、透明性の高い対策と信頼回復に向けた長期的な取り組みが求められる。
元行員が盗んだものは、銀行業界が最も大切にしている「信頼」そのものだったのかもしれない。
【詳しくはこちら】貸金庫から十数億円を盗み出し…三菱UFJ元行員の調査が難航している「意外なワケ」
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